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シオン・カライト、彼女の名前


「! レオン!?」

「今の声は……!」


 疲れ果てていたことも忘れ、一斉にみんなが立ち上がる。私もバネのように上半身が持ち上がった。


「姉様……っ! みんな!!」


 それは間違いなくレオンの声だ。私たちは希望に湧き上がる。


「待って! レオンは1人で戻ってきたりしてないでしょうね!?」


 フェリシア皇女の心配とは裏腹に、血塗られた祭壇の部屋に駆け込んで来たのはレオンだけじゃない。

 黒い艶やかな髪を揺らした、スバルと同じ紫の瞳を持つ少女。

 懐かしい、メグミの頃にはよく街中で見たデザイン。いわゆるセーラー服に身を包んだ美少女が、レオンと共に駆け込んできたのだ。


「聖女様だ!!」


 一目見て気が付いたヒューイが歓声をあげる。

 聖女は血濡れた祭壇に一瞬ひるんだものの、更に奥にいる私たちの姿を捉えると、躊躇なくレオンと共に走り寄って来た。


「ごめんなさい!! まだ人が残ってると思っていなくて!!」


 可憐な鈴を転がすような声だった。年の頃は私と同じくらいだろうか。背中まであるストレートの黒髪が、色白の彼女によく似合っている。

 事態も忘れ、私もヒューイもウォーレンも、聖女の美少女ぶりに思わずポカンと見とれてしまった。


「姉様! 怪我はない!? 大丈夫!?」


 唯一レオンだけは聖女は眼中にないようで、体当たりをしそうな勢いで障壁に迫って来る。

 そのレオンに慌てたように、フェリシア皇女が障壁まで駆け寄った。


「怪我はないわ! あなたは!? 大丈夫なの!?」

「僕は大丈夫! 西側の結界に行く前、聖女が一1人で神殿へ向かってるのに合流できたんだ」

「1人で神殿へ向かっていた?」


 障壁がなければきっとレオンを抱き上げていただろうフェリシア皇女は、ふと顔を向けた。

 雄鹿のようなスピードで駆けるレオンに離されまいと必死で着いて来たのだろう。

 汗ばみ、肩で息をする聖女に、フェリシア皇女は苦々しげに告げる。


「聖女様。なぜこのような事態になっているのです。世界樹の扉がこれほどまでに開かれたなど、かつて聞いたことがありません」

「あなたは第2皇女のフェリシア・スカーレット・アレクサンド様ですね。私に言いたいこと、全部わかってます。本当に……、本当にごめんなさい!!」


 真っ青になりながら、聖女は懸命に頭を下げた。薄い肩が震えているが、涙をみせずに謝罪する姿に、フェリシア皇女は眉を寄せる。


「……この話は後でしましょう。今あなたの務めに言及している時間はありませんから。顔を上げて下さい聖女様」

「私は……、私はシオン・カライトです。敬語も不要です皇女様。シオンとお呼びください」

「シオン、分かったわ。あなたは1人で神殿に向かっていた。責任を感じて神官たちを振り切ってここに来ようとしたのね」


 フェリシア皇女の言葉に、シオンが頷く。


「でもその話も後ね。シオン、この障壁がわかる?私の友人のアンジェリカが言うには、この障壁を壊すには聖女の力が必要らしいの」

「私の力が?」


 驚くシオンに、フェリシア皇女は私を呼んだ。


「アンジェリカよ。私の友人で、色んなことに造詣が深いの」

「こ、こんにちは。アンジェリカです」


 おずおずと頭を下げると、シオンも同じように頭を下げた。なんだか久しぶりに日本人同士のコミュニケーションをとったような感慨深さを感じる。


「あの、この膜を壊すのに私の力が必要とは……?」


 フェリシア皇女の色々を端折った説明に、シオンは不安げな表情を見せる。そりゃそうだ。きっとこんな事態、聖女といえども初体験に決まっている。

 それに、平和な日本からやって来た少女が、こんなに勇気をだして行動していることの方がすごい。


「今は時間がなくて掻い摘んでの説明になるんですけど、聖女の力と、この紫の力を持つ存在の力がぶつかり合えば、障壁は破壊することが出来るんです。ただ修復するのがすごく早くて、壊れたらすぐに出ないとまた閉じ込められることに」

「修復するのか?」

「そう、それにまた閉じ込められて大変な目に……、ううん。この話は気にしないで」


 慌てて話を切り上げる。


「とにかく、そうやって破壊するのが唯一の方法なんです。聖女様は力の媒介になる石はもうお持ちですか?」

「は、はい。ここに召喚されてすぐに」

「召喚されてすぐ?」


 この聖女、もしかしてものすごい優秀なんじゃないだろうか。

 けれどシオンは戸惑った様子を隠さない。


「あの……?」


 その態度に、どうしたのかと声をかけるが、返答は意外なところから飛んで来た。


「その紫の力を持つ存在って?」

「え?」


 レオンだ。


「だから、聖女は連れて来たけど、その紫の力を持つ存在ってどこだよ」

「何言ってるんです。ここにいるでしょうが。必死になって倒した目玉の怪物が」

「倒してんじゃん」

「え?」

「だから、その紫の力を持つ存在。姉様たちと一緒にやっつけたんだろ?」

「え? うん……」

「なら聖女はいても、もう一つの力がないから障壁は破壊できないってことだろ! このバカ!!」

「こら! レオン!!」

「だって姉様! こいつバカなんだもん!!」


 ビシッと指を突きつけながら、バカバカ連呼されても怒りの気持ちも湧き上がらなかった。

 本当だ……。

 私たちは……、ううん違う、私は化け物を恐怖のあまり、後先考えずに滅してしまった。

 本来なら、あの目玉の攻撃をノロノロかわしながら、聖女の到着を待つべきだったのに。

 今度は私の顔が真っ青になる。


「アンジェリカ! 聖女が本当に到着するかも分からなかった中で、あいつと同じ空間にいつまでもいられなかった! それはみんな理解しているわ!」

「で、でも……。わ、わたし諦めないって…わたしが、い、言ったのに……」


 あまりの責任の重さに、舌が回らない。

 そんな私を見て、フェリシア皇女は叱咤する。


「そうよ! 諦めないんでしょう?私もグレイソン兄様の生死を確認するまで諦めないわ」

「フェリシア様、何かお考えが……?」


 長年護衛してきたウォーレンが、何かに気付いたように問いかける。


「ええ。あるわ。いないなら、いるようにすればいいのよ」

「まさか……」


 ヒューイの顔が引きつる。


「ええ。どれかの扉をこじ開ける。今から開きそうな扉を全員で探すのよ!!」


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