やめてそれはおばけ屋敷のやつ
紫の光が障壁となって私たちを拒むのではないかという懸念は、本当に私のただの懸念に終わった。
私たちが神殿の扉へ駆け込むと、そこに紫の光は存在せず、そして神殿内は意外なほどに静まり返っていた。
「な、なんだ?」
ドミニクの呟きが、神殿内にウワンと響く。
それほどまでに、神殿の外とは比べものにならない程、恐ろしい静寂だった。
神殿に入ったと言っても、そこはすぐに祭壇に繋がっているわけではない。
扉をくぐった先には天井の高い大広間があり、その両端からは2階へと続くアーチ型の階段がある。そしてその1階と2階の階段の中心には、奥へと続く廊下が長く伸びていた。
そこに、誰もいない。
本来なら訪問する信者のために神官が控えているだろうし、今この緊急事態に避難したとしても、全く荒れていないこの空間は異常そのものだ。
全員、その違和感を感じているのだろう。
先ほどまでの勢いとは違い、ゆっくりと確かめるような動きに変わっている。
「……行きましょう。ここでじっとしていても意味はないわ。グレイソン兄様を探さないと」
皇女はそう言うと、ひらりと馬から飛び降りた。
そしてしばらく考えるように眉を寄せたのち、馬の手綱を手放した。
「馬を繋いでみすみす魔物の餌食にはできないわ。帰りまでこの子たちが近くにいれば、口笛で呼び寄せることもできる……」
魔物と炎の海の中で、どれだけ馬が逃げ切れるか。又は逃げ切れたとして、私たちが戻ってくる頃までに口笛が届く範囲にいるかどうか。それは賭けのようなものだ。
けれどこの神殿の中を馬で闊歩すれば、狭い廊下で互いに身動きが取れなくなる可能性もある。
他に方法もない。私たちは無言で馬を降りる。
なんてかっこいい言い方をしたものの、私だけは案の定、エプロンの紐を持ち上げられて降りる補助をしてもらった訳なのだが。
「ひとまず、祭殿へ向かいますか?」
ヒューイの小声の提案に、フェリシア皇女は頷いた。
「あの、グレイソン皇子はそもそもなんで神殿に?」
グレイソン皇子が祭殿にいるのが分かっているかのような確信的なやりとりに、私もヒソヒソ声になりながら質問する。フェリシア皇女は少し考えるようなそぶりをした後、素直に質問に答えてくれた。
「今日はね、神殿と皇族のみが行う神義の日なの。極秘だから内容までは言えないんだけれど」
「神義の日、ですか」
「大げさな言い方だけどね。もう形骸化して、本来の意味はなしてないんだけど。年に一度、皇族の代表者が一人、神殿へ訪問するの。だから私たちは神殿から離れたところで待機してたのよ」
そういえばレオンが皇族として予習をするためについて来たって言ってたっけ。
それは神義の日のことだったのだと理解する。
「形骸化してるとは言っても、今回の神義は聖女様がいる。生きてる内に聖女に会えるなんてそうそうないことだから、だから今回の神義の日に、お父様は第3皇子でも一番優秀だと買ってるグレイソン兄様を任命したの」
「……えっと、聖女様って、いなくなったらすぐ次の聖女様が召喚されるんじゃないんですか?」
生きてる内に聖女に会える方が珍しい。でもスバルは前・聖女が殺害された後すぐに召喚されたのだ。
聖女の召喚はさほど珍しいことではないと、私は無意識に思っていた。
そんな私をフェリシア皇女はキョトンとした目で見つめると笑い出した。
「いやだ。そんな都合よくポコポコ聖女を召喚できたら誰も困らないわよ。聖女が召喚されるのはぎりぎり——、おっと。ダメよ。アンジェリカったら、極秘って言ったじゃない。聞き出し上手なんだから」
自ら口を滑らせている訳じゃないと、たしなめるように指を振る。
「とにかく、神義は基本祭壇で行われるの。だから私たちが一番最初に探すのは祭壇よ」
彼らは神殿の構造を理解しているのだろう。祭壇へ向かう足取りに躊躇はない。
階段を上がることもなく、1階の奥へ続く長い廊下を迷うそぶりもなく歩いていく。
「フェリシア様」
「ええ。気付いてるわ」
等間隔に設置された薄暗い蝋燭のような光の影に、張り付くように蠢く「何か」がいる。
ゾッと背筋を震わせながら、魔法の種類を考える。
建物内での不用意な魔法は、自分たちを生き埋めにしかねない。
「不気味なくらい大人しいわね。様子を伺ってるのかしら……」
その「何か」は、確かに私たちを襲ってくるでもなく、遠巻きに私たちの行方を追っているようだ。
その不気味な静けさに、嫌な予感がおさまらない。
そうこうしている内に、廊下の突き当たりまで来た。左右に扉があり、どちらに進めば良いかと皆を見るが、彼らの視線は突き当たりに飾られた、棚の上の石像に注がれていた。
「えっと、これってもしかして……」
もしや、RPGなんかでよくあるやつだったりするんでしょうか……?
私の疑問が言葉になるよりも先に、大樹をモチーフにした石像に、フェリシア皇女の手がゆっくりとかかる。そして撫でるようなそぶりしてみせると、カチリと何かがハマる音が異様に大きく響いた。
どこからか、ゴウンゴウンと重低音の音が響き、そして音が止む。
ヒューイが無言で棚を動かし、その下に敷かれた絨毯をめくりあげると、そこには人一人が通れるくらいの入り口があった。
「アンジェリカ、巻き込んでおいて申し訳ないんだけど、今日見て聞いた事は全部秘密にしておいてね」
フェリシア皇女が苦笑しながら人差し指を口に当てた。
もちろん私は頷くしかないが、これって、後で闇討ちで殺されたりしないよねと、ちょっと不吉な気持ちにさいなまれなくもない。
けれど後戻りはもうきかないのだ。
ドミニクがゆっくりと入り口を開く。横開きではなく、縦に開く扉に勝手に閉じないように衝立を噛ませると、剣の柄に光の魔法を灯した。
「行きましょう」
地下に降りる階段の先は、真っ暗闇で何も見えない。
先陣を切るドミニクにヒューイが続く。その後ろにフェリシア皇女が躊躇することなく足を進めた。
「先に行け。最後尾は俺が守ろう」
ウォーレンのありがたい申し出に、小刻みに何度も頷きながらフェリシア皇女の後を追いかける。
階段に降りると、ひやりと冷たい空気が頬を撫ぜた。
皆何も喋らず、無言で階段を降りていく。人数分の足音だけが響くはずなのに、それだけじゃない音がどこからともなく聞こえてきて、ブルブルと体が震えた。
正直ホラーは得意じゃない。
涙目になりながらも足を進めるしかなく、前方のドミニクが灯す光だけを必死で見つめていると、ふと、更に前方に薄明かりが見えたような気がした。
進んでいくと、それが気のせいではなかったのだと確信する。
扉だ。
その奥に続く部屋の明かりが、扉の隙間からほのかにオレンジの色になって溢れているのだ。
「着きました」
ドミニクの囁きに、フェリシア皇女が頷いたのが空気の流れで分かった。
ゆっくりとドアノブが回され、そして開かれた先は、鼻につく、血の匂いがした。




