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いざ神殿へ!!


 神殿に距離が近付くにつれ、森に火の手が回り出しているのに気がつく。

 激しく揺れる馬上で、噛みそうになる舌を懸命に動かしながら消化の魔法で道を開いていく。


「君はまだ年若いのに優秀だな! レオン様が連れていくように言ったのは正解だったかもしれん」


 手綱をさばきながら器用に火の粉を避け、ウォーレンが感嘆の声をあげる。

 ありがたい言葉だけれど、今はそれどころじゃない。こっちは早くレオンのお姉さんに追いつかないと、この精神世界で処刑されてしまうかもしれないのだ。

 精神世界なんだから処刑されてもそれは現実じゃない。

 ただ、例えば首を落とされたとして、私がそれでも毅然とこれに痛みはないと思っていられるかが問題だ。

 少しでも死のイメージを持ってしまえば、首を落とされた瞬間に本当に死んでしまう。

 精神世界とはそういうところなのだ。


「まだ皇女様は見つからないんですか!?」

「この炎の中だ。そう離されている訳でもないはずだ。それにヒューイだろう。先に炎を消化した跡もある」


 言われて気付く。確かに、私たちよりも前に、ここを通った形跡がある。


「それじゃ早く早く!! あっ!!」


 更に急かそうと顔を上げた時、前方を走る3頭の馬を発見した。


「フェリシア様!!」


 同じく気が付いたのだろう。ウォーレンも声を上げる。

 そして私たちが見たのはそれだけじゃなかった。

 フェリシア皇女を囲む2人の騎士の馬の脚に、タコのような黒い触手がまとわりついていた。


「【閃光よ】」


 激しい轟音を響かせ、得意の魔法が触手をあっという間に丸焼きにする。

 けれど巨大な頭部のような本体が、すぐさまその触手を千切って次の触手を繰り出してくる。


「気持ち悪っ!!」


 あまりにもグロテスクな見た目に、背筋がゾッと毛羽立った。

 ヒューイとドミニクと呼ばれていた騎士たちが、剣を抜いて触手を切り刻む。その隙に、ウォーレンはフェリシア皇女の元へと馬を走らせた。


「フェリシア様! ご無事ですか!?」

「ウォーレン!? あなたレオンはどうしたの!?」


 怒りに目を剥くフェリシア皇女だが、その姿に怪我はなさそうでホッとする。


「レオン様はご命令の通り、市街の避難確保に向かわれました。私はレオン様の命で、この娘と共にフェリシア様をお守りに参りました」

「この子と?」


 驚きに怒りも忘れ、皇女は私をまじまじと見つめた。


「彼女の魔法は確かなものです。それを見抜かれたレオン様が、皇女様の力になるよう寄越したのです」

「力になるようって……、かわいそうに。レオンに無理強いされたのね」


 驚きから一転、困った様子を見せるのはさすがレオンのお姉さん。彼の性格を知り尽くしているのだろう。

 その言葉に私が大きく頷くより先に、ウォーレンがスラリと剣を抜いた。


「それよりもフェリシア様。この魔物は一体……? 最近また魔物が出るようになったと聞いてはいましたが、こんな不気味な奴らは見たことがない」

「分からない。私も初めてみる存在よ。でもどうも、神殿を中心に現れたみたいね」

「神殿から?」


 不気味な魔物が聖なる場所から現れた?

 でも確かに。魔物の進行方向を考えると、そう思わざる得ない。


「神殿にいるグレイソン兄様が心配よ。早く助けに行かなくちゃ」


 クッと親指の爪を噛み締め、ふと、フェリシア皇女は顔を私に向けた。


「そうだわ。あなた、なんて名前なの?」

「えっ? えっと、アンジェリカです」

「そう、アンジェリカって言うのね。ねぇアンジェリカ、あなたレオンに無理強いされてここまで来たんでしょう。うちの弟が勝手でごめんなさい」

「と、とんでもないです!」


 皇族が庶民に真っ向から謝るなんてと、私は反射的に首を振る。


「でもアンジェリカ。申し訳ないんだけど、もう引き返すのも危険ね。ここからは戦いながら進むしかないわ」


 そう言って剣を抜くフェリシア皇女に、私はゆっくりと頷いた。

 フェリシア皇女の言う通り、来た道はもう炎に包まれ、そして正体不明の魔物までが現れているのだ。私一人帰る術なんてない。


「肝の座った娘だな」

「フェリシア様といい勝負だ」


 魔法の詠唱のために指先に集中する姿に、ヒューイとドミニクが呆れたように呟く。


「できる限り馬で魔物を振り払い、宮殿へ急ぐ。いくぞ!!」


 フェリシア皇女の掛け声で、全員が馬に鞭を入れる。

 巨大な頭部だけの魔物が、口の中から闇のような色をした触手を伸ばすが、障害物走の要領で、馬は軽々と飛び越えていく。

 背後から足を取られないよう雷魔法で触手を薙ぎ払うと、更に馬たちは速度を上げて加速した。


「あなた戦い慣れてるのね! どう? これが終わったら騎士隊の試験受けてみない? 私推薦するわよ!」

「無理です! 私、もう守らなきゃいけない人がいるんで!」

「それって、あなたを守っていなくなったっていうお友達?」

「その人じゃなくて、私が守ってるのは聖……っ」


 グッと言葉を途中で噛み殺した。

 いけない危ない。ここの聖女はまだスバルじゃなくて前・聖女なのだ。

 危うく話を更にややこしくするところだった。


「スバルっていう、私の大事な人です! 私、彼を守らなきゃ」


 呑み込んだ言葉を変えて続けると、フェリシア皇女は目を丸くしてみせた。


「アルって友達はあなたを守って、あなたはスバルっていう男の子を守ってて。それで今はいなくなったアルを探して……? 関係性が何だか複雑ねぇ」


 そうなのだろうか?自分では全く分からない。


「【消化!】」


 横殴りで吹き付けてくる炎を鎮火させながら、私たちは猛スピードで神殿へと向かう。

 神殿の前に佇む巨大な門が見えて来たが、その門も今は瓦解して何の役割も果たせていない。それどころか、何体もの魔物が絡みつくように門のいたるところにへばりついている。


「完全詠唱で焼き払います。時間を稼いで!」

「わかった!」


 力の落ちる省略詠唱じゃあ、この数をいなす事はできない。

 ヒューイとドミニクが間髪入れずに門へ向かって駆け出していく。私を乗せたウォーレンが、フェリシア皇女に結界を張った。

 さすが皇女を守る選ばれた騎士なだけあった。2人は門に群がる魔物に切りかかりながら、魔物を一箇所に誘導してくれている。

 そして私の詠唱の終盤を聞きつけ、門から身を翻して距離をとった。


「【均衡を破り、稲妻雷鳴落雷破壊。呼び覚ます竜の目よ。空と地、そして光を見よ。暗黒を切り裂く閃光を見よ!!】


 一瞬、空が激しく輝く。そして次の瞬間、激しい落雷が魔物たちを打ち砕いた。


「やるな!」


 ウォーレンが後ろから歓声をあげた。

 ここ最近実践続きだったせいか、自分の魔法力が以前より上がっているのを感じる。

 私は大技に息を弾ませながら、フェリシア皇女に目をやった。皇女もこちらをみて頷くと、すぐさま門を駆け抜ける。

 紫の光に覆われた神殿はもう目の前だ。

 扉が半壊した神殿へ、私たちは馬から降りることもなく、なだれ込むように突進した。




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