ごめん、ヘソピは結構痛いかも
「……なにここ」
目が覚めた時、眼前に飛び込んできたのはひたすらに白い空間だった。
何もなさ過ぎて、上下の感覚さえ麻痺してきそうだ。
ズリッと音を立てながら足を前へ滑らせる。あまりに白い世界すぎて、床が存在しているかも不安になる程だった。
「アルーーーーーッ!!! アルフレッドーーーーーーーッ!!!」
果ても見えない白い空間に向かって呼びかけてみるが、シンッと静まりかえって応える者はいない。
「まさか失敗した……? ううん、そんなはずない。道は完璧に繋がってたもの」
訓練以外の実地で、人の精神世界に入るのは実はこれが初めてだ。
精神系統の魔法は危険を伴うから、そう簡単に使用するものではないし、今まで特段誰かの精神世界に入らなければならないような状況になったこともない。
精神世界は十人十色。人によって全く異なる精神世界が展開される。
「だからって……、こんな何もないだなんて……」
愕然としてしまう。
この白い世界で感じるのは、寒々しさと、なんだか虚ろな空っぽさ。どこか投げやりな世界観。
まさか、これがアルの本質だとでも言うんだろうか……。
ふと湧き上がった疑問に、すぐさま首を振って否定する。
アルは確かに読めないところもある人だけれど、出会った時からずっと優しい人だった。だから、ここが彼の心の中心なはずがない。
「そう、アルは今理性が薄れてる状態なんだから。アルの理性がいる心の中心を探さなきゃ!」
両頬を勢いよく挟んで自分に気合をいれる。
時間はないんだ。へこたれている暇なんてない。
基本的に精神世界は階層になっている。ここが今の表面的な精神世界なら、下に向かって降りて行くのが一番効率的。
「アル!! 緊急事態だから、ゴメンだけどちょっと乱暴に行くね! ちょっと痛いかもだけど、ピアス開けるようなもんだから!!」
何もない空間にそう呼びかけ、私は地面らしき場所に向かって強く足踏みした。
「【土喰らいの蛇よ、口を開けろ!】」
瞬間、私の足元が崩れてぽっかりと大きな穴が開く。
「やばっ」
思ったよりも大きな穴ができてしまって焦るが、それも後の祭り。私はそのまま下へと急降下する。
耳ピアスじゃなくて、臍ピアスくらいには痛かったかもしれない。
けれど次の瞬間には切り替える。ここは精神世界。怪我なく着地できると思えばその通りになるし、少しでもひるめばその通りの怪我を負うだろう。
だから大丈夫。次に見えてきた階層が、たとえ火の海であろうとも、ちっとも熱くもないし怖くもない。
でも、ただ言わせては欲しい。
「極端なのよーーーーーっ!!!」
音もなく着地する。
良かった。私って羽のように軽いからって思い込めて。
ホッと息を吐いたのもつかの間、私はキョロキョロと辺りを見回した。
さっき上から落ちてきた時は燃え盛る炎が見えたんだけれど、今はただ何事にもなっていない町並みが見えるのみだ。
「あれ? 絶対気のせいじゃなかったはずなんだけど……」
意味が分からなくても、精神世界に理屈をつけようとしてはいけないのかもしれない。
私は続く町並みの中を、アルを探して歩き始める。
町並みを観察して分かったのは、ここはレオンがいる城の城下町ではないことだった。
建物のデザインが都心部のそれとは違って古さを感じる。それに、遠くに見えるのは神殿だろうか。だとすればここは、私たちが目指していた、選抜戦を勝ち抜いた者だけが招待される神殿の門前町ということになる。
スバルが召喚された、ゲームの始まりの町。
「それがどうしてアルの精神世界に?」
ここは、おそらくアルの記憶をもとにした世界だ。想像だけでは構築できない、建物や町並みの細部までがしっかりと再現されている。
アルはここにいたことがあったのだ。
「……何も知らない。当たり前なんだけど……」
なんだかんだと一緒にいた割に、お互いのことを話す時間なんてなかったし、仕方のないことだ。私も特別にアルの過去を聞き出そうと思ったこともなかった。
以前アルはレオンが恩人だと言っていて、それだけは萌えの供給としていつか知りたいなと思ってたくらいなのに。それなのに。
「なんでだろ。なんでちょっと寂しい気持ちになってるんだろ……」
アルが見当たらないから、心細い気持ちになってるのかな?
意味もわからず胸をさすると少しだけ暖かくなってホッとする。暖かく。ん?
「暖かい? って、えっ! あっ、これレオンの記憶!? 記憶が何かに反応してんの!?」
胸を撫でた左手に、ほのかに明るい光が灯っている。
「ここにレオンも来てる? や、王子だからそれくらいはあって当然? アルだって従者なんだから、付いて来ててもおかしくないか……」
何年くらい前の時の記憶なんだろう。そう思った時だった。
突き上げるような激しい揺れ。その瞬間、遠方の神殿から、紫の壁が立ち上げるのが見えた。




