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一瞬の邂逅


 何の示し合わせもない全員からの拒絶に、レオンは一瞬黙り込んだ。


「……理由を聞こうか」


 全員からの一斉の反論に、ヒクつくこめかみを指で押さえつけながらレオンが問いかける。

 私たちは顔を見合わせた。


「いやだって、皇子に何かあったら、この後の俺らの首が飛ぶじゃん」

「そうですよ。私たちはこの事件後にアルさんが苦しまないようにと、未来のために動くのに、それなのに不安を増やしてどうするんです?」

「おお……、猪突猛進が取り柄の君たちが先を考えるなんて、この短期間の成長ぶりに胸が熱くなる思いだよ」

「皮肉はやめてよね」


 わざとらしい仕草で今度は胸を抑え出したので、すかさずにツッコミを入れる。


「……お前たちは満身創痍にもほどがあるだろう。この中で私が一番に動ける。ここは力を合わす時じゃないのか?」

「力を合わす」


 ポカンとした表情でレオンの言葉を復唱した後、アイリスはハッと手で口を塞いだ。

 わかる、アイリス。あまりに皇子らしからぬセリフに驚いたんだよね。

 渋い顔で私たちを睨みつけるレオンに、初めて彼の動揺を感じた。

 アルは長くレオンの従者として仕え、信頼の厚い優秀な右腕なのだ。そんな人間が、自分の知らない姿になって暴れている。動揺しないはずがない。

 でも。


「皇子。アルを助けるなら、皇子は絶対アルから傷を受けちゃダメ。助かったアルがどんな思いをするか考えて」

「それはここの誰が傷付いたとしても同じ事だ」

「そう思う。だから、皇子はいつもみたいに考えて。それで私たちに指示を与えて。誰も傷付かないで良いように、そんな策を考えて」


 アイリスの治癒魔法でようやく少しだけ動くようになった体を引きずって、私はレオンの手を握った。

 許可もなく皇子の手を握るなんて不敬罪もいいところだけど、そんなのもう今更すぎる。

 力の入らない震えた指先だけれど、その手をレオンは振り払わない。けれど苦々しい顔で苦笑する。


「誰も傷付かない策だと。お前たちは私を神の使いか何かと勘違いでもしているんじゃないのか?」


 力の入らないレオンの手に、アイリスの手が重なる。


「アイリス、君まで無茶を言うつもりか?」

「いいえ、無茶ではありません。第6皇子であるが故に、その非凡な才能を隠さざるを得ない貴き人。貴方の額には叡智の星が輝いています」

「アイリス……」


 わざとらしい美辞麗句を言うじゃないかと口を開き駆け、レオンはハッとアイリスの瞳に息を飲んだ。

 いつも黒曜石に輝くアイリスの瞳が、深い緑の光を放っていた。


「私どもは貴方の叡智を信じます。貴方の指先は灯台の灯。貴方の言葉はいずれ黄金のワインとなるでしょう」

「アイリス……? アイリス、今の君は……誰だ?」


 アイリスは静かに微笑む。


「優秀な君主よ。私は失われた者だが、いつか汝らの前に現れる者だ。それまでカミラの娘たちと共に、聖女にまつわる隠された真実を解き明かせ。神秘のヴェールを剥ぎ取り、全てを白日の元へと晒せ。お前は残る最後の鍵だ」

「何のことを言っている? カミラの娘? 聖女の真実? 失われた者が現れるなんて、私を謀ろうとしているのか?」


 そしてレオンは気付く。

 アイリスの異変にうるさい娘が声を上げないことに。間近にいるお人好しな聖女が何の反応も示さないことに。

 そして、あれほど激しく格闘していた二匹の狼が、空中で身をよじる姿のまま動きを止めている。

 全ての時が静止していた。

 あまりのことに、唾を飲み込む喉が大きく動く。


「……どういうことだ」


 だがレオンの問いに答えることなく、アイリスは言葉を続ける。


「新しい聖女は顕現し、白い狼は自我を成して現れた。もはや宿命は定まり、その道から逃れることはできない。だが私の育てた種は比翼となって芽吹いた。汝らはそれを良き道へ進むための力として使え。さぁ、今日に限っては恐れを捨て前へ進め。いつか命を落とす者がいたとしても、それは今日ではない」

「預言者めいた勿体ぶった言い方をするな! 一体何の話をしている! 貴様は一体何者だ!」

「叡智なる者であれば、いずれ分かる。引き返す術はないと心得よ。進むだけが汝らに与えられた光。だがそれは、後退した途端見失う儚い光だ」

「答える気はないのだな」


 睨みつける先に、いつも優しい眼差しをした少女はいない。底の見えない深い森のような瞳をした、得体のしれない何かがいる。


「ならば最後に一つ尋ねよう。育てた種は《比翼》として芽吹いたと言ったな。……彼女らは、自らの主人の記憶がないと言っていた。まさか貴様、アンジェリカたちの———!」

「レオン? 大丈夫かよ」


 さっきから全く動かなくなってしまったレオンに、スバルが心配げに肩をたたく。


「っ!?」


 その振動に、レオンは大げさなほど体を震わせた。私も、そしてレオンの手を握るアイリスも、その大げさな驚きぶりに思わず顔を見合わせてしまう。


「ぷ、プレッシャーかけて悪いとは思ってるのよ」


 けれどレオンを信じているのは本心からだ。だからアイリスも強く皇子の手を握る。


「ですが私たちは、レオン様の指示を信じています」

「アイリス……?」


 私はともかく、アイリスから尊敬を抱かれていることなんて今更なのに、レオンは戸惑ったようにアイリスを見つめる。

 この状況で一番の最善を導き出すことが出来るのは間違いなくレオンだ。それはフィールドに封じ込められた私たちにはよく分かっている。


「レオン」


 スバルがアイリスの手の上からレオンの手を握りしめる。

 今や3人が、同時にレオンの手を握りしめている状態だった。


「……お前たちの言いたいことは分かった」


 力の籠らなかったレオンの指に、痛いほどの力がこもる。


「命を落とす者がいたとしても、今日ではないと言ったな化生の者め……! 比翼を進むべき道の力として使えと言うのなら、その言葉、甘んじて従ってやろう」

「皇子?」


 なんだか意味の分からない言葉を吐き捨てたかと思うと、ペリドットの瞳が激しく燃え盛っていた。


「誰も傷付かない策などない。だが、最悪を回避する策を一つ考えた」

「レオン!」

「皇子!」

「レオン様!」

「喜ぶな。最悪を回避するだけで、この策だって危険が伴う。スバル。まずは君が聖女の力で長距離からオッドウェルに致命傷が入らないよう援護するんだ。だがアルフレッドにあまり理性が残っていなかった場合、この茶々入れに怒りの矛先がスバルに向くかもしれない」


 それはまずいのではないか。そう言いたいところをグッと堪える。

 レオンの説明はまだ終わっていない。


「そこで君ら二人の出番だ。アイリス。アンジェリカ。君たちは基本の範囲であれば全てのジャンルの魔法が使えると言っていたな」

「え? ええ」

「多少の得手不得手はありますが、基本の範囲でなら操ることは可能です」

「なら精神系統の魔法もいけるな」


 私は即座に頷いた。レオンが何をしようとしているのか見えてきたからだ。


「魔法は五大要素のエレメントから外れれば外れるだけ、コントロールも危険度も増す。それは十分わかっていることだと思う。形のない精神系統の魔法はコントロールの難しい、暴走の危険性をもっとも孕むものの一つだ」

「アルの精神に入って、彼を連れ戻してくるのね」


 私の即答に、レオンは一瞬言葉に詰まったような様子を見せたがすぐさま頷いた。


「……そうだ。1人がアルとの精神の道を作り、1人が中に入って奴の理性を連れて帰ってくるんだ。奇跡的に精神系統の魔法を操ることのできる人間が2人もいる。成功率は格段に高い」

「……嫌なことを聞くけどさ」


 まだあまり魔法の知識のないスバルが、複雑そうに口を開いた。


「それって、途中で道が切れたりとか、アルフレッドの理性を探し当てる事ができなかった時とかってどうなんの?」

「……」

「……それは、えーとですね……」

「聞かない方がいい。この作戦でいく。スバル、人の心配よりも自分の心配をしろ。君の方が物理的な危険は多いんだからな。先だって、君があの2匹の間にうまく割り込めるかが最初の勝負だ。こちらの魔法をアルに察知されないよう、オッドウェルを使って上手く気を引いてくれ」

「わ…かった」


言いたいことは数え切れないほどあるはずなのに、スバルは無理やり口をつぐんだ。今は、各自が最大限にできることをやるしかないのだ。


「くそっ! アルフレッドの馬鹿野郎! 元に戻ったら絶対土下座で謝罪させてやるからな!」


そう毒付きながらタンザナイトの輝きを放つ小石を取り出すと、ふとスバルは私たちへと振り返った。


「俺たち協力し合う約束したろ。だから、アイリス。アンジェリカ。無事に戻ってくるって信じてるからな」




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