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初めてのSOS



 オッドウェルの魔法がスバルの結界を切り裂いて障壁へとぶつかっていく。その箇所を狙って、スバルが聖女の力を叩き込む!

 一点集中。確かにこれなら狙いを合わせていけるし、衝撃を与える場所を違えることはない。


「でも無茶が過ぎるくない!?」


 金冠の棘が類を見ないスピードで折れていくのに真っ青になりながら思わず叫ぶ。

 もともと猪突猛進な戦闘スタイルのスバルとはいえ、いくら何でも捨て身が過ぎる!

 障壁の抵抗と、そして2人の力のぶつかり合いが激しいバーストを引き起こし、障壁を殴りつけたスバルの拳を切り裂いて行く。

 金冠の棘は残り3つ。だがもう結界が3者からなる力の奔流に押し負けだしてしまっている。

 省略詠唱の防御結界は放つそばからかき消される。

 拳を伝って制服も千切れ出し、青白く光るプロテクトにも亀裂が入いりだす。このままじゃスバルが持たない。


「アイリス! アンジェリカ!! 障壁が崩れるぞ!! スバルの元へ走れ!!」

「!!」


 レオンの鋭い声に、ハッとする。

 そうだ。亀裂が走っているのは何もスバルのプロテクトだけではない。

 私たちは爆発の震源地になっているスバルたちの元へと走り出した。


 その瞬間は、ガラスにアイスピックが突き刺さったようだと思った。

 小さな穿たれた疵を中心に、一気に四方へとヒビが入る。均一に取れてた調和が乱れ、そして崩壊する時は一瞬だ。


「うぉおおおおおおっらああああああああああああああっ!!!」


 スバルが渾身の力を込めて拳を振り抜く。

 ガラスが砕けるような甲高い音とともに、とうとう障壁に穴が空く。


「スバル!!」

「アンジェリカ!! アイリス!!」


 金冠の棘は残り1つ。

 拳を振り切った勢いで、障壁の外へと放り出されようとするスバルが、私たちに向かって手を伸ばす。

 障壁の修復はもう始まり出している。

 烈風が猛り狂う中、その風の勢いに逆らいスバルの手をつかみ返す。

 修復されるよりも早く、やっと私たちは障壁の向こう側へと転がり出ることができたのだ!

 そう思った瞬間だった。

 ガクンっと視界がブレる。


「えっ?」


 足に衝撃が走った。

 振り返ってみれば、オッドウェルが顔を血で赤く染めながら私の足を掴んでいた。


「……っ!!」


 全身がぞっと凍りつくような感覚だった。

 足を掴んだオッドウェルが、人間離れした力で私を引っ張っる。スバルとしっかり繋いだと思った手は、指先が絡んだ後、一瞬で解けて離れていく。


「アンジェリカ!!」


 私を後ろに押しやる力を利用して、オッドウェルが障壁から放り出されていくスバルとアイリスの元へと跳び上がる。


「!!」


 無防備な体勢の2人の目の前に、オッドウェルの魔法によって召喚された無数の刃が浮かび上がる。


「させませんっ!」


 スバルを守る金冠の最後の一本はもう既に折れている。アイリスはスバルを抱きしめ、刃の前に身を投げだした。


「アイリスっ!」


 逃げ場がないほどの数の刃が、華奢なアイリスの背中に向かって降り注ぐ。

 けれど刃はアイリスの血によって染まりなどはしなかった。

 全ての刃が激しい音をたてながら、紫の障壁によって砕かれる。

 私はそれを、後ろに引っ張られ投げ飛ばされた体勢のまま、オッドウェルの魔法の刃が砕けて煌めきながら粉になるのを見つめていた。

 そう。フイールドの、真ん中で。


(やばい、心臓が痛い)


 私は汗に濡れる額を拭った。

 目に入るから。それと、極度の緊張に、意識が白く飛びそうになるのを紛らわせるために。

 ドクドクと心臓が激しく高鳴っているのが分かるのに、指先が冷たくて末端の感覚がわからない。

 驚いて手を見てみると、小刻みに震えてた。

 精神よりも体の方がいち早く理解している。

 私は今、たった1人で命の危機に瀕してると。


(障壁の修復が完了した……)


 アイリスとスバルに向けられた刃を防いだのは修復された障壁の力だ。そのおかげで2人は助かった。

けれど。


(スバルが障壁の外に出た今、この障壁を壊せる人間は……)


 いない。

 私はもつれる足で立ち上がった。

 修復した障壁に気を取られていたオッドウェルが、私の存在に気付いたからだ。


「アンジェリカァ!!」


 アイリスの半狂乱になった悲鳴が聞こえる。

 私たちは2人で1つ。もし立場が反対だったら、私もきっと発狂しながら叫んだだろう。

 オッドウェルが静かにフィールドを歩く。目当ては分かっているのに動けない。

 刺激して、攻撃が始まるのが怖い。

 乱れることのない足取りで、落としていた剣の前まで行くと、いっそ優雅とも思えるようなゆっくりとした動きで折れた剣を拾い上げた。


(作戦を練らなきゃ。どうにかここから脱出するための作戦を思いつかなきゃ)


 折れた剣先が、紫の光によって補強される。

 その輝きが滲んで見えて、初めて私は自分が泣いている事に気が付いた。

 怖い。

 スバルやアイリスがいる時は、スバルを守らないとって。アイリスと一緒だからって。そうやって自分のできる限りを全うする事で頭がいっぱいで、怖いなんて感情はどこかに吹き飛んでいた。

 ヨナスと対峙した時だって、スバルを守る使命で頭がいっぱいだった。

 けれど、たった1人。逃げ場もなく、ただ殺されるだけなのかと思うと、どうしようもない恐怖を感じて怖くてたまらなくなる。


「うっ、うっ……ううっ」


 涙のせいで呼吸がしゃくり上がりそうになるのを、唇を噛んで必死に堪える。

 言葉がうまく出ないと詠唱ができない。

 自分で自分の生存確率を縮めるような無様な真似だけは絶対にしたくなかった。

 おさまらない涙をぬぐいながら、力の入らない指先に神経を集中させる。オッドウェルが襲いかかってきたら、対処しなければいけない。


「そうだ、いい子だぞアンジェリカ。呼吸を痙攣させず、ゆっくりと息を吸うんだ」


 レオンの声が聞こえる。

 障壁のそばで、顔色をなくしたレオンが私を落ち着かせようと声をかけてくる。


「お、皇子……」


 子供を褒めるような優しい声音は、限界まで張った緊張の糸を震わせるようで、再度しゃくり上げそうになるのを必死で堪える。


「ゆっくり息を吸って、吐いて……。そう、上手だ。やっぱり君はできる子だ。……いいか、そこから出る策は私たちで考える。だから今は諦めずに奴の攻撃をかわす事だけを考えるんだ。諦めるなよ。決してだ」


 私は大粒の涙を落としながら、無言で頷き視線をオッドウェルへと戻した。

 レオンのなだめる優しい言葉に、やはり策はないのだと悟る。

 もし何かしら思いつくような事があれば、レオンならなだめるよりも先に、作戦を実行するための手段を伝えてきただろう。

 スバルは障壁を破った衝撃で怪我をしたし、力を使い果たして立つことさえままなっていない。アルは全身を拘束されながら何度も大技を使ったせいで、息を切らせて足元に血溜まりまで作っていた。

 泣きじゃくりながら障壁を引っ掻いているアイリスは、連続の魔法使用で相当疲弊していてる。そして私の足元には、スバルの破れた制服からこぼれ落ちた鈴が転がっていた。


(アイリスアンドアンジェリカの召喚で、スバルに障壁の外に呼び出してもらう事も、もうできない……)


 完全にチェック・メイトだ。


「【一の災い】」

「……っ!【狂乱の嵐!】」


 立ち上った霧に肺を凍らされる前に、強風で霧を絡めとって吹き飛ばす。

 ……動き出した。


「アンジェリカ!!」


 誰かが私の名を呼んだけれど、もう誰が呼んだのかさえ分からない。


「【閃光よ、暗黒を切り裂け!】」


 紫に輝く剣を振り下ろすオッドウェルに、得意の雷による槍の召喚で受け止める。

 一度は吹き飛ばされたけれど、今度はもっとうまくやる。


「【貫け!!】」


 槍からいくつもの雷の矢が、オッドウェル目がけて発射される。剣を振り下ろした体勢じゃあ、下から迫るこの矢全てを避け切るのは困難なはずだ。

 けれど、雷の矢が引き起こした爆煙を散らすように、オッドウェルの蹴りが私の脇腹を強かに撃った。


「……っ!!」


 言葉も出ぬまま吹き飛ばされる。

 刺されたように脇腹が熱く痛い。息ができずに私は地面に転がりながらのたうち回った。


「げほっ! ううっ、ああっ!」


 あまりの激痛に動く事ができない。早く逃げるか魔法で反撃するかしなければいけないのに、体も声も自由にならない。

 涙で歪んだフィールドに、振動が走る。


「はぁっ、はぁっ」


 視線だけ動かすと、アルが魔法を放った姿が見えた。魔法を放つ度、アルに絡む鎖が邪魔して縛りがきつくなるようで、血が吹き出しているのが滲んだ視界からでも見えた。


「逃げろアンジェリカ!!」


 このままだと、アルの体がちぎれてしまう。

 それでもまだ、彼は詠唱を繰り返す。


「あ、アル……、も、やめて……」

「【閃光よ】」

「【聖エルモの火よ! 雷雲の狭間で眠る龍の声を散らせ!!】」

「ううっ……!!」


 真上に降り注いでくる雷の雨に、悲鳴を食いしばりながら体を縮める。だがアルの障壁干渉による振動で、全て数センチ先へとずれて着弾する。

 立ち上がらないと。

 震える腕に力を込めて体を持ち上げようとするより先に、オッドウェルのつま先が私の体を捉える方が早かった。


「あうっ!」


 再び地面を転げ回る。

 オッドウェルはもう、魔法よりも物理で私を殺せることを理解している。

 アルの障壁干渉で魔法の狙いが外れるくらいならと、直接手を下しにきたのだ。


「い、凍てつく……げほっ」


 近くに迫るオッドウェルに至近距離から魔法を放ちたい。でも、もう声が出ない。

 首に手を回されたかと思うと、そのまま持ち上げられ投げ飛ばされる。


「ぎゃうっ!!」


 障壁に激しくぶつかると、私はそのままずるずると倒れ込んだ。

 身体中が痛くて息もできない。苦しくてたまらない。もうこんなの終わりにしたい。

 ボロボロと溢れる涙が、熱くて燃えてしまいそうだ。

 誰かが私の名前を呼んでるけれど、もう休ませてほしい。だって、こんなに頑張ったんだから。

 瞬きを1つすると、一番大きな涙がころりと転げて、一瞬視界がクリアになる。

 その先にアルフレッドの姿が見えた。

 赤い瞳に銀に輝く白い髪。攻略対象でもないのに、私がメグミだった時からずっとお気に入りの人だった。


「アンジェリカ!!」


 まぶたが重くて、アルのすがたがどんどん小さくなっていく。

 もうバイバイなのかな。

 もっとたくさん、あなたのこと知りたかったなぁ。

 そう思うと、あれだけもう終わりにしたいと思っていたのに、不意に欲が生まれる。自然に唇が動いていた。声は出ないから、唇だけ。たった四文字を微かに震わせた。


「たすけて」




【読者の皆様へ】

面白かった・続きが気になる・今後どうなるの、と思ったら下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。

ブックマークもいただけると本当にうれしいです。


何卒よろしくお願いいたします。

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