叫び声は拳の中に
ここ、セレスティア学園は5つの塔で形成されている。
『月の塔』『星の塔』『風の塔』『花の塔』『光の塔』
入学の際にそれぞれの個性や性質によって、これから学園生活を送る塔が選ばれる。
主人公のスバルは光の塔に選ばれ、ここで学園生活を送るわけだが。
「ここ……、エレベーターとかってないの?」
うんざりしているのが明らかに分かる声でスバルは階段を見上げた。
塔と呼ぶだけあって、学園は縦に長い。つまりどうしても階段が多くなるのだ。
嫌になる気持ちも分かる。毎日この階段の上り下りは辛い。
「エレベーター…?」
アイリスが首をかしげる。
『スカイ・アース』の世界は魔法の力で科学と似た技術が再現されている。(例えば最初に私が立ち寄ったトイレなんかもそう)
けれど全てが同じ名称をつけられている訳でもないので、たまにこんな風に言葉の齟齬が生まれることもある。
「あ、そっか。エレベーターなんて言っても伝わらないよな」
困ったように頭をかくスバルに、私は安心させるよう説明する。
「大丈夫。スバルのクラスは3階だから、そんなに階段使う必要はないわ。それに、上に行くのにはちゃんとリフトがあるから安心して」
「そうなのか?」
予想通りスバルは安心した表情になる。
まぁ14階層もあるこの塔で、エレベーターの代わりになるもがなければ悲惨よね。
「そしてスバルさんの部屋は10階層から始まる寮の12階ですわ。その時はリフトで移動することになると思いますから、またリフトの使い方をご案内しますね」
私はもう完全にスバルを呼び捨てにしているが、アイリスはまだ思い切ることが出来ないようだ。
階段で3階のクラスへ向かいながら、アイリスがサポートキャラに相応しく説明を行う。
「このセレスティア学園は一般人は入学はおろか、学園内に足を踏み入れることすら叶いません。みんなそれぞれ高貴な家柄の出身で、身元がしっかりしています。要人のご子息ご令嬢が多いので、王宮を凌ぐほど警備が厳しいと言われてるんですよ」
だからこそ、力と命を狙われるスバルが身を置く場所としてふさわしいのだ。
学園の外へ出る時は、見えないけれど護衛がつくようになっている。
「オレ一般家庭出身なんだけど、そんなボンボンばっかの場所でうまくやれっかな……」
憂鬱そうにスバルがぼやく。
スバルは短距離走が得意で、いつも一人グランドを走り続けていて、友達も少ない設定だ。
人見知りの強いスバルは、自分と全く家庭環境の違う人たちとの間でやっていけるか不安なのだろう。
(でも大丈夫!! 安心してーーー!!)
もう口に出してしまいたいのを、ぎゅっと拳を作って耐える。
そう、大丈夫なのだ。安心してほしい。
何てったって、新しいクラスにはビリー・パーカーがいるのだから!!
ビリー・パーカーはこの学園唯一の一般家庭の男子学生であり、攻略対象の一人なのだ!
一般家庭というより、どちらかというと貧しい家の出身なのだが、その類まれな魔法技術を買われ、貴族の出資を受けてセレスティア学園に入学したという背景を持つ。
高貴な設定を持つ攻略対象が多い中で、その素朴さに癒されると言った声は耐えない。
ビリー×主人公は、かなり人気のあるカップリングなのである。
(だから大丈夫! 心配しないで! たとえ攻略できなかったとしても、親友になるのは間違いないから!)
不安げな表情のスバルの横顔を見ながら、私は再びギュッと拳を握りしめた。