ピンチが去ってくれないの
「歪み……。なんだか小さく発光して見えるけど」
そして確かに、障壁の厚さが微妙に歪んでいるようにも見える。
「そうだ。それが歪みだ。発光して見えるのは恐らく障壁の強度が歪み、細かなスパークが発生しているせいだろう」
「障壁の厚みがすり減ってるようにも見える。でも、どうしてあそこだけが……?」
弾かれた礫の箇所だけが歪みを生んでいる理由が分からない。
スバルはオッドウェルの魔法を聖女の力で何度も弾いているのが、その衝撃を受け止めている障壁には異変は何も生じていない。
納得できずにいる生徒の表情を経験豊富な教員が読み取るように、レオンはすぐに言葉に補足を入れてきた。
「力の四散だ。礫は一点集中だったが、魔法同士をぶつけあって相殺された後では、障壁に到着した時のエネルギー量が足りないんだろう」
「それじゃ、障壁は壊せないって事じゃない」
「力が足りないだけだ。スバルとキーラインの力を、一点同時に障壁へ直接ぶつけろ。おそらく、障壁は2人の力に耐え切れる程の強度はない。崩壊はせずとも、脱出の穴を作る事くらいは出来るはずだ」
「まって待って、点同時!? スバルとオッドウェルの!?」
あまりの無茶な要求に、私は思わず悲鳴をあげる。
スバルはともかく、オッドウェルにどうやって障壁に攻撃を向かわせられると言うのだ。
それに、百歩譲ってオッドウェルが障壁に攻撃したとしても、そのチェンスに呼吸を合わせるのは至難の技だ。
「無茶を言っているのは分かっている。だがオッドウェルに近づく事が出来ないなら、障壁を破るしかお前たちの生き残る手段はないんだぞ!!」
レオンの言葉にゾッと背中が凍りつく。
確かに。私たちにはもう後がない。
スバルを助ける事も出来ず、私たち3人はオッドウェルに……ううん。違う。キーラインを操る者に、殺されてしまう。
やるしかないんだ!
「! アンジェリカ!」
私は大きく左へと跳んだ。オッドウェルの詠唱が聞こえたからだ。
私がさっきまでいた床が、焔の魔法でやけ焦がされる。その熱波を感じながら私はすぐ近くに寝そべるアイリス目掛けて走りだした。
「【援護を求める!】起きてアイリス!!」
追撃の雷の魔法を防御しながら、私はアイリスの土埃に汚れたエプロンを引きずるようにひったくる。
吹き飛ばされた時に頭を切ったのだろう、ひっぱり起こしたアイリスは、額を血で真っ赤に染めていた。
「アイリス……!」
彼女の体はくったりとして、気を失ったまま目覚める気配がない。
「【風の演舞!】」
私の力だけではアイリスを運べない。アイリスの体を少しでも軽くするため風の力を纏わせた。
本当なら、頭を打ってる可能性のある人間を下手に動かすもんじゃない。けれど今はそう言っていられない。
風の力で軽くなったアイリスを抱え上げながら、次はスバルの元へと向かう。
私たちがバラけていたって、オッドウェルには敵わない。レオンの言う通り、スバルとキーラインの力を重ねる事が必要なら、私とアイリスでオッドウェルの攻撃の向きを調整するのだ。
だがオッドウェルも黙って私の動きを見ているわけじゃない。
本命のスバルより、動いているものを本能的に狙っているのか、紫の光に補強された剣を片手に私の元へと向かってくる。
万能型サポートキャラとして、基本的な事は全てこなせるよう設定されてるアイリスアンドアンジェリカでも、オッドウェルと切り結べる程の剣術なんて持ち合わせていない。
けれど背中から防御膜ごと切りつけられるなんてのもごめんだ!
「ごめんアイリス!」
風の魔法をまとっているから衝撃は少ないはず。アイリスをスバル目掛けて放り投げ、私は雷の召喚を急ぐ。
「【閃光よ、暗黒を切り裂け!!】」
間一髪で一本槍の雷の召喚に成功し、振り下ろされた剣の初撃を受け止める。けれど踏ん張るだけの体重が足りずに易々と吹き飛ばされた。
「あうっ!」
まるで鞠のように何度も地面をバウンドして、ようやく止まった。目も回るが、打ち付けられ続けた体が、もう限界だと悲鳴をあげる。
「アンジェリカ!!」
レオンの声が遠くに聞こえる。
オッドウェルが迫ってきているのだ。早く逃げないと。
でも強く胸を打ったせいか、ゼイゼイと吹子のような呼吸しか出てこない。魔法を唱える声が出ない。
なんだろう。さっきよりも目が霞んで周りがうまく見えないし、そこら中が痛んでるはずなのに、あんまり痛みを感じない。それよりも体に鉛がくくり付けられたみたいに、重くて少しも動かない。
「逃げろアンジェリカ!!」
レオンの叫ぶような声も、どこか遠くで聞こえる。
そんな中で砂利を踏む音が聞こえたのは、オッドウェルの靴が、私の目の前にまで迫っていたからだろう。
ヒューヒューとか細い呼吸を繰り返しながら、私は視線だけで上を見る。
オッドウェルの剣が、再び私に向かって振り上げられていた。
逃げられない。
振り下ろされる剣を、痛みを待つしかない。
頭が真っ白になって、ただ何も出来ずに恐怖のまま現実から逃げるように強く目を閉じた。
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