雪解け
能天気なメロディーが流れ出し、私たちはフリル過多、機能不全のメイド服のスカートをひるがえす。
「何が知りたい? 聞きたいの? 疑問をそのままにするなんてナンセンス! その場で聞くのがセンスあり! 困ったことがあればいつでもどこでも! アイリスアンドアンジェリカに尋ねてねん☆」
最後はお決まりの猫の手ポーズで、私とアイリスはスバルの目の前に降り立った。
「アンジェリカ!? アイリス!?」
スバルの驚きも分からないでもない。
私たちは突如として空間を切り開いてスバルの前に現れたのだ。
「【閃光よ!】
スバルの心臓を狙う剣に魔法を放つ。横からの衝撃波に、拍子抜けするほど容易く剣が折れる。
「【脅威の矢よ!】
オッドウェルを中心に取り囲むよう、無数の氷の矢が襲いかかった。しかし剣を折られた事で体勢が自由になっていたオッドウェルは真上に飛んでこれを避ける。
そして私たちはスバルとオッドウェルの間に割り込む事に成功した。
「もう大丈夫よスバル!」
「お怪我はないですか!?」
「2人とも、何で陣の中にいるんだよ!?」
何とか体制を立て直そうと片膝をつきつつも、未だに状況が判断できないスバルに私たちは微笑みかけた。
「スバルと初めて会った時、アイリスが渡したベルの力よ」
「これの……?」
そう言って、さっき私たちに促されるまま振ってみせたベルを、スバルはまじまじと見つめる。
一見ただ凝った装飾の、何の変哲も無い呼び鈴に見えるだろう。けれどサポートキャラとしてのアイリスアンドアンジェリカから渡されたこのベルは、2人を呼びつけるアイテムなのだ。
私たちはその使命にふさわしく、スバルが私たちを必要として鈴を鳴らせば、いつでもどこでもスバルの元へ現れて、問題を解決する為サポートするのだ。
「【焔よ! 風の方位よ!】」
「スバルさんがそのベルを、ずっと持っていてくれているのは感じていました。このベルの前では距離も障害も関係ありません。いつでもどこでも、私たちはあなたをサポートします。その為のアイテムなんです」
牽制代わりの魔法を放ち、オッドウェルとの距離を広げる。
その間にアイリスはスバルの隣にひざまずき、ベルの効果の説明と傷を検分していく。
「【慈愛を持って癒しを与える】」
淡い暖かな光がスバルを包み込むと、それまでに受けた打ち身や切り傷から回復したのだろう。今度はよろける事なくスバルが立ち上がる。
「だからって何で来たんだよ!」
「こんなのもう試合じゃないじゃない! オッドウェルはキーラインに操られて、本気でスバルを狙ってる!」
試合の邪魔をするなと言われる前に、分かってもらおうとスバルに告げる。
「そんなの分かってるよ!」
「えっ!?」
思わずオッドウェルから目を離して振り返った。
久しぶりに真正面から見たスバルの顔は、あの日食堂で喧嘩した時と同じ、悔しげに歪んでた。
「オレだって馬鹿じゃないんだ。試合の途中でオッドウェルが操られてる事だって気付いてたし、この空間がおかしくなってるのだって感じてる」
「ならなんで……」
「そこまで分かってられるなら、私たちが来た意味だって」
分かってられるでしょう?
「危ないだろ!!」
アイリスがそう続けるよりも先に、スバルが声を荒げる方が早かった。
「どうして……! どうしていつもいつも、自分よりオレを守ろうとするんだよ! こんなところまで来て、2人が怪我でもしたらどうするんだ!!」
「怪我でもって……スバルは命を狙われてるんだよ!?」
「そうですよ! 怪我どころじゃないんですよ!?」
「だからって、2人が巻き込まれる必要なんてないだろ!」
これじゃあ食堂の時の再現だ。
私たちはスバルのサポート役で、そんな私たちにとって、スバルは一番大切な存在なのだ。どうしたらそれを分かってもらえるんだろう。
でも今は食堂の時のように喧嘩をしている時間はない。
折れた剣の先を魔法で補完し、オッドウェルが私たちに向かって走り出してくる!
「【庇護を求める!!】
アイリスが盾の魔法を放つ。
身長を超える魔法陣が展開され。オッドウェルの進行を足止めようとするが、紫に輝く剣が魔法陣を切断する。
けれどそれは予想の範疇だ。
「【絡め取れ!!】」
「【閃光よ、吹き上げろ!!】」
切断された魔法陣の文字が鞭のようにしなり、オッドウェルの手足に絡みつく。そして地下に召喚した雷が、間欠泉のように噴出する。
轟音が響き渡り、爆炎の煙と土埃が周囲に立ち込めた。
「アンジェリカ……、手応えは?」
「多分ダメ。最後に抵抗があって貫けなかった」
キーラインの力だ。
スバルの聖女の力に匹敵するあの力が、オッドウェルを強固に守っている。
「アイリス! アンジェリカ!」
フィールドの外からの呼びかけに驚いて振り返ると、そこにはレオンの姿があった。
3階の観覧席から召喚のため飛び降りた私たちとは違って、通常の方法でフィールドまで降りて来たのだろう。
「レオン様! そんな所にいては危ないです!」
「危ない訳があるか! そもそも何も貫通できないから困っているんだろう!」
「レオン!」
スバルがレオンの立つ陣の瀬戸際へと駆け寄る。
「この2人をここから出してくれ! 狙われてるのはオレなんだ! オレだけなんだよ!!」
「スバル……」
その訴えのあまりの悲痛さに、私たちは言葉を失う。
スバルの聖女の証である紫の瞳が歪んでいるのは悔しさじゃない。苦痛と、悲しみだ。
スバルは聖女の力を持つとはいえ、元は地球から召喚されたただの男子高生だ。
争いごとの経験なんて少ないだろうし、ましてや命を狙われるような事なんて、今まで生きて来た中で起こるはずもない事なんだ。
だから、守ってあげないとって。
怪我をしないように。傷付かないように。私たちが、私が守ってあげないとって、ずっとずっと思ってきた。
「2人は関係ないんだ! オレの為に傷付けたくないんだ!!」
でももしかしたら、それはとても独善的な考えだったのかもしれない。
命を投げ打つ者よりも、命を捧げられる人の方がずっと苦しいのかもしれない。
「【凍てつく礫よ】」
収まりきらない粉塵から、紫の光が一瞬見えた。
「やめろ!!!」
一歩も動けず、氷の礫に貫かれる。
そう確信した瞬間、礫が目の前で弾けるようにして四散した。
銃の跳弾のように礫があちこちへと飛び散り、陣の障壁にぶつかってようやく消滅する。
その消滅を見届けて、ようやく気が付いた。
私の前に、紫のシールドが生まれていることに。目の前で宙に浮いた石がゆっくりと回転する。
スバルが媒介として操る紫の宝石。
「……タンザナイト……?」
「……迷惑なんだ。サポート役なんて」
「スバルさん?」
スバルの呟きに、アイリスが不安げに声をかける。
「スバル」
レオンが低く、制止するように声をかける。
「だってそうだろ……。変だよ。サポート役だからって、命をかけてオレを守ろうとするなんて」
スバルは深く俯いてしまっていて、表情が見えない。けれど、強く握りしめられた拳が、小刻みに震えていた。
「オレは頼んでない。オレの為に命がけで守ってくれなんて、オレは頼んでないんだ」
「スバル、気持ちは分かる。だが今はそんなことを言っている場合ではないだろう?」
「こんなことならアンジェリカもアイリスも! 誰もオレは必要な———」
「言わないで」
正面から、私はスバルを抱きしめた。
私たちの身長差だと、どれだけスバルが俯いていてもその顔がよく見える。
ほらやっぱり。
そんなことが言いたいんじゃないって顔してる。
「……アンジェリカ……」
スバルの大きな紫の瞳が、滲んだ涙でキラキラと瞬いていてとっても綺麗だ。
ともすれば美少女のようにも見える整った中世的な顔立ちが、今は驚きに彩られている。
「ごめんね。私がずっと追い詰めてたんだね」
食堂で喧嘩したとき、蚊帳の外だって怒ってたよね。あの時、ずっと悔しそうだと思ってたけど、本当はそうじゃなかったんだね。
私はスバルを守ることで頭がいっぱいで、スバルの気持ちを考えることもしなかった。
「重荷だったよね。ごめんね」
「ちがっ……!」
反射的に言い返そうとするスバルを、再度強く抱きしめることで言葉を封じた。
「ちがくなんてない。私が分かってなかったの」
「違う、アンジェリカ……、オレは……」
「気を付けろ! 2陣目がくるぞ!!」
詠唱なしで放たれた、キーラインに込められた力の源流が押し寄せる。
ハッとしたスバルが手を掲げ、タンザナイトの輝きが私たち3人の前に現れる。けれどそれだけじゃ力負けしてしまう。
『【援護を求める!!】』
私とアイリスの詠唱が揃う。
スバルの力を中心に、私たちの防御魔法が重なり合い展開する。
「3人とも!!」
レオンの叫ぶ声が轟音に飲み込まれ、ほとんど何も聞こえない。けれど私たちが協力して作った障壁は、軋みながらもなんとか持ちこたえている。
今度はスバルがきつく私を抱きしめた。
「ごめんな」
「? スバル? なんでスバルが謝るの?」
謝罪の意味がわからず問い返す。
スバルはもう、少女のような顔ではなかった。そこには、青年になろうとしている少年の姿があるだけだ。
「守ってくれることに感謝もできないダメなやつで」
そんなことないと、驚いて首を振ってみせるけどスバルも静かに首を振り返す。
「私が押し付けてたの! スバルの意志も意見も全部無視して、全部自分の為だけにしてたことだったの!」
スバルの初試合が終わった時、レオンは私たちがまるで母親のようだと言った。
その言葉に間違いなかったんだ。
私たちは、ううん。私は母親だった。何もかもを無視して、自分の思い通りにだけ動くよう言い聞かす悪い母親。
「ごめんね。協力し合えば良かったんだよね」
予兆もなく、大きな涙が一粒溢れた。
その涙を見たスバルが大きく顔を歪めるけれど、それは涙をこらえる為だと、私はもう知っている。
涙を隠すように、スバルは私の肩に顔を埋めた。
「うん」
そっと片手をとられる。
その暖かな手の持ち主はアイリスだった。
アイリスの優しい微笑み。
この手があったから、ずっとここまでやってこれた。
「スバルを守るよ。だからスバルも私たちを守ってね。3人でこの結界から出よう」
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