終わらない試合
「【閃光よ、荒ぶれ】」
オッドウェルの左手から雷風の魔法が放たれると、暴風は螺旋の竜巻となり、雷を纏いながらスバルへ襲い掛かる。
「【大地の息吹は命なり、我が身を守る盾となれ!】」
命じられた大地がスバルの身を守る為、津波のようにフィールドを捲り上げ現れる。その土壁にはスバルの持つ石が埋め込まれ、紫の光で補強される。
「うまい!」
観覧席からスバルのテクニックを讃える歓声が上がる。
彼が扱う熟練度の低い魔法では、オッドウェルの攻撃を防御する事はできないだろう。一回戦を注目して見ていた人間なら、容易に想像がつく。
スバルだって身をもって承知しているからこそ、そこに石を使う事で力の補強を行ったのだ。
1回戦と同様に、スバルの力はオッドウェルの攻撃を止める。かと思った。
「なっ!」
土壁は暴風にめちゃくちゃにすり潰され、雷の力によって粉砕される。その勢いでスバルはフィールドの端まで吹き飛び、陣が作り出す障壁へと叩きつけらた。
「スバル!!」
私とアイリスは観覧席から身を乗り出してスバルの名を呼ぶ。
叩きつけられた事で一瞬息が詰まったのだろう。何度も空咳を繰り返しながら、それでもスバルは気丈に立ち上がった。
「……アンジェリカ」
アイリスの震える声が私を呼ぶ。アイリスの恐怖に、私はゆっくりと頷いた。
「オッドウェルの魔法に、紫の光が見えたわ……」
そう。オッドウェルの左手から放たれた魔法が、スバルの聖女の力で補強された土壁を壊した時、その風と雷には紫の輝きが見えていた。
互いの力がぶつかり合い、スバルの力が競り負けたのだ。
「オッドウェルの左手には、バイオレット・キーラインが埋め込まれてた……」
だからなの? キーラインを媒介にした力がオッドウェルに付与され、スバルと同じように魔法が強化されたというのだろうか。
「もしそうなら、まずいな。聖女の力が相殺され、純粋な魔法力勝負となればスバルに勝ち目はない」
「な、なら、プロテクトを早く起動させて、この勝負を終わりにすれば……!」
スバルが不要に傷つく前に、試合を終わらせれば良いんだ。アイリスが懇願するようにレオンに訴えるが、レオンは静かに首を振った。
「私もそれが一番だと思っているが、スバルがそう簡単に諦めるとは思えない。ギリギリまで奮闘しようとするだろうね。君たちもそれを危惧していたからこそ、スバルに選抜戦自体を放棄して欲しかったんだろう?」
思わず黙り込んでしまう。
そうなのだ。スバルが負けず嫌いで性根が熱血漢だからこそ、私たちは彼が危険に飛び込むのを恐れ、聖女の力の説明さえ遠ざけていたのだ。
「こんなことになるなら、ちゃんと使い方を説明してあげてれば良かった……」
「アイリス……、私たちが教えてあげれるのはあくまで力の基礎。スバルはその力のほとんどをもう手にしてる。私たちが説明してたところで、今の現状は変えられない……」
悔しいけれど、そうなのだ。私たちはあくまでサポート役。スバルの力を劇的に伸ばすような事はできない。
悔しさで、観覧席の手すりを握る手が震える。
「アイリス、不用意に自分を責めるのはやめなさい」
黒曜石の瞳に真珠のような涙を浮かべるアイリスに、レオンが優しく諭す。
「前向きに考えると良い。試合中なのが幸いして、スバルはプロテクトを身に付けている。致命傷を負わせようとしてもプロテクトが作動するし、その時点で試合は終了する」
レオンの冷静な言葉にハッとする。
確かにそうだ。いくらスバルを害したくても、プロテクトがあればスバルの身は守れるし、試合終了宣告はプロテクトの作動が条件だ。
「そ、そっか! どちらにしよ、スバルが必要以上に傷付く事はないんだ! こんなに観衆もいて、それ以上のことなんてきっと出来ないよね!」
「レ、レオンさまぁ」
「おっとっと。泣くんじゃないアイリス。大丈夫だ」
ホッと力を抜いた私たちを余所に、スバルはオッドウェルに向かって駆け出した。
同時に幾つかの石を取り出して、力を発動させているようだった。
「スバルは可愛い顔に似合わず体当たりの特攻型だな。至近距離で直接打ち込みに行く気だ」
レオンの言葉通り、遠距離での勝負に分はないとふんだのだろう。
オッドウェルに直接、一点集中させた自分の力を叩き込んでプロテクトを作動させるつもりなのだ。
「甘すぎる。近付く前に討ち取られるぞ」
「【響け】」
スバルの足元が大きく揺れる。バランスを崩して立ち止まるスバルの元へ、オッドウェルが剣を抜いて駆け上がる。
「くそっ!」
負けじとスバルも腰の片手剣を抜く。危うい手付きで数回切り結ぶが、容易く剣は跳ね上げられ、スバルの後ろへと飛ばされた。
間髪入れずに唱えられた風の魔法がスバルの足をすくい、スバルは仰向けに背中から地面に倒れこみ、苦痛の悲鳴をあげる。
「うあぁっ!」
オッドウェルが動きを封じるために、スバルの手首を踏みつけたのだ。
そして、そのまま真上から垂直に、オッドウェルはスバルの心臓目がけ剣を振り下ろす!
「スバル!!」
青白い光が剣先とスバルの体の間で発動する。
制服の下に仕込まれたプロテクトが作動したのだ。
「お、終わった……」
踏まれたスバルの手が心配だけれど、それでも試合が終わった事への安堵感の方が強かった。私とアイリスから、安堵のため息がそろってこぼれ落ちる。
けれど、いつまで経っても試合終了の宣告がなされない。
「……?」
オッドウェルの剣先は、まだスバルの心臓の上から退いていなかった。
それどころか、更に力が込められている。
「ちょっと!? どう言うつもり!? 審判はなんで終了の宣言をしないの!?」
観覧席からも、不審に思うざわめきが広がっている。
試合終了を求め、更に声を張り上げようと観覧席から身を乗り出して、ドキリとした。
オッドウェルの左手が光っている。
その紫の光はじわじわと広がりを見せ、近くの審判を包み込み、更に領土を拡大させようとしている。
「な、なに……、どう言う事なの?」
「キーラインの光が、広まっていく……」
「アイリス、アンジェリカ! 一体何が起こっている!」
レオンが私の肩に手をかけた瞬間——————、オッドウェルを中心とした紫の光が爆発的に高まり、天に駆け上った。
そして私たち観覧席ごと、キーラインの光に呑み込まれたのだった。
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