愛か呪いか
選手控え室まで駆け下りた階段を、今は必死になって上っていく。
「そのヨナスとか言う男がオッドウェルにキーラインを埋め込んだのか?」
「ヨナスが直接埋め込んでるところを見たわけじゃないです。でも私にキーラインを埋めて操ろうとしたんだから、ヨナスがやったって考えるのが自然だと私は思ってます」
「なんだと!?」
階段を上る足を急に止めて、レオンが振り返る。
「ちょっ、あっぶな! 皇子、急に止まらないで! 急いで下さいよ!」
突然止まったレオンの背中に衝突しそうになって、私は慌てて急ブレーキをかける。ていうか、止まってる場合じゃないんだから急いで急いで!
足踏みして先を急かす私に、レオンが厳しい瞳で睨みつけてくる。
「えぇ……? な、なんなんです?」
今更無礼を咎められても困る。
困惑気味に問いかけると、レオンはいい加減にしろとでも言わんばかりに眉間のシワを深めた。
普段が険しい表情を作る性格の人でないので忘れがちだが、怖いくらい整った容貌に厳しさが合わさると、とんでもないくらい迫力が出るからいけない。前に進みたいはずなのに、思わず後ずさりをしてしまう。
「キーラインを埋めようとしただと?」
「埋められてないですよ!? どこにも埋め込まれてないですし、操られてないですから! 誤解しないで皇子!」
まさか私が操られてレオンを誘導しようとしているなんて考えられては面倒過ぎる。慌てて弁解するが、レオンの表情は強張るばかりだ。
「馬鹿者、そんな事を心配しているのではない! 何故君はもっと自分を顧みない!」
「え…えぇ……? だって、スバルは命を狙われてるんですよ?」
「それが何故自分を投げ打ってまで行動する理由になるんだ」
突然私の行動原理を問いただされても困る。
だって放っておけばスバルは死んでしまう可能性が強いし、私はスバルを守るって決めているのだ。
「……だから、何故それ程スバルを守る事に固執する? アンジェリカがそこまで身を張る必要がどこにある? サポート役の世話係だからか? 名を明かせない君たち主人の命令だからか?」
記憶にロックがかかった私たちアイリスアンドアンジェリカの主人。
スバルのサポートをする為にここに派遣された理由は、私たちの主人からの命令があった事が始まりだ。
けれど。
「今はそんな話しをしてる場合じゃないでしょう!? 早く戻ってスバルがどうなってるのか確かめなきゃ!!」
今はそんな話しをしている場合じゃないのだ。早く進んで欲しいと懇願するようにレオンに訴える。
レオンはしばらく沈黙した後、深いため息を吐くと再度階段を駆け上りだした。
「君はスバルを愛しているのか……、それとも呪いにかかっているのか一体どっちなんだ……」
「えっ!? なんか言いましたか!?」
「君の足は短いから、置いていかないように気を付けねばと言ったんだ!」
「はぁ!? 何ですかそれ! よりにもよって今言う事ですか!?」
「いいから黙って足を動かせ! 急いでるんだ!」
「なっ! それ私のセリフ……!!」
私たちが選んだ先は、結局元の観覧席に戻る事だった。
1階のフィールドに出る出入り口は選手以外厳格に封鎖されており、ここを突破するには一悶着起こすより方法がない。
レオンの権力を使えば通過できなくもないが、来賓には数多くの名だたる貴族が集まっているのだ。そこにはもちろんレオンの政敵もいる。彼らはレオンの行動を、攻撃する格好のチャンスと捉えるだろう。
それなら観覧席に戻って、一度現状を把握しようという事になったのだ。
もしかしたら、スバルは自分の力でオッドウェルを退けるかもしれない。
そんな希望を抱きながら、私たちは観客席のある入り口まで辿り着いた。
「アンジェリカ!」
鈴の音ような声が聞こえたかと思うと、勢いよくアイリスが私の胸元へと飛び込んできた。
「突然走り出したりして、心配したじゃない……どうしたのこの傷!!」
私の顔を見た瞬間、アイリスが悲鳴をあげる。
レオンとアイリスの反応を見るに、どうも私の両頬にはしっかりとヨナスの指型の痣が残っているようだ。
「相手の実力を見誤っちゃったと言うか……」
「何が見誤っただ。どんな実力差があろうと突っ込んで行く猪だろうが」
「なんですって!?」
顔を真っ青にして私を心配するアイリスを安心させようと濁した言葉に、レオンが突っかかってくる。
なんなのださっきから!
そんなやりとりを気にも留めずに、アイリスは静かに私の両頬を優しく包む。
「【慈愛を持って癒しを与える】」
アイリスの両手が柔らかく光り、私の両頬が暖かい光に包まれる。キーラインの眩しい光に目を開けていられなくなったのとは違い、アイリスが放つ光は蛍の光のように柔らかい。
目を閉じて私を癒すのに集中するアイリスの顔がよく見える。
心さえ安らぐような癒しの時間は直ぐに過ぎ、その時にはもう私の顔は全く痛まなくなっていた。
「アンジェリカ、あなたの性格は良く知ってるけど、お願いだから無茶ばかりしないで。私たちは2人で一つなんだから」
「うん……。ごめんねアイリス」
青ざめた顔が可哀想で、私はアイリスをぎゅっと抱きしめる。
「アイリス、スバルの試合は始まった?」
「ええ。二人が席を外してから暫くして。相手はレオン様の予想通りオッドウェルがスバルさんの対戦相手になったわ」
「戦況はどうなっている?」
「スバルさんが善戦しています。1回戦の時と同じように、攻撃を回避しつつ反撃の数を細かに増やす事で、相手の消耗を狙っています」
「オッドウェルがバイオレット・キーラインで操られている可能性がある」
「えっ!?」
驚くアイリスに私はフィールドを指し示した。
「アイリス、オッドウェルの左手の甲にキーラインが嵌ってるのが見えたの。今までの戦いの中で、何か不自然な動きはあった?」
「不自然な……? ううん、そんな様子はなかったわ。ただ、あれだけスバルさんを叩きのめすって言ってたから、始まる前に何か会話をするかと思ったけど、そんな事もなく淡々と試合が始まったのが気になったくらいよ。後は普通に勝負してるみたいだけど……」
アイリスがそこまで言った時、観覧席がワアッと湧き立った。
驚いてフィールドを見ると、スバルが陣の壁まで吹き飛び叩きつけられていた。
「スバル!!」
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