息つく暇もなく
陣が解除され、スバルが若干ふらつきながらフィールドから降りていく。
順番待ちでフィールド外部に残っていたビリー・パーカーが、よろける足取りのスバルを出迎えてくれていた。
空に浮かぶトーナメント表に明かりが灯り、スバルの名前は点灯しながら、対戦相手が空欄の2回戦へと進んでいく。
そこまで見て、対戦中止まりきっていた息を吐き出した。
「か、勝ったぁ〜〜〜」
観覧席からこぼれ落ちそうな程身を乗り出していた私を、レオンがたしなめてくる。
安堵なのか、それとも聖女の力を使えるようになっていたスバルへの衝撃なのか、情緒がまとまらないまま全身から力が抜け、へなへなとその場に崩れ落ちる。
「勝ちました……」
どこか魂の抜けた声を出すアイリスに、私は半笑いで頷き、もう半分は泣きそうになっていた。
私たちの想いも知らず、周りの観客たちに負けない程の拍手を贈りながら大笑いしているのはレオンだけだ。やけにキラキラした瞳で、レオンが興奮したように話しかけてくる。
「まさかスバルが魔法だけじゃなく、聖女の力も見せてくれるとはね! アイリスにアンジェリカ、知っていたか!?」
「まさか……。私たちあの食堂の一件から、今日ようやくまともに顔を見れたくらいなのに、知ってるはずがないじゃないですか……」
脱力しきった力のない声で反論する。
その隣りで、同じようにくったりと萎れているアイリスも頷いた。
「そうですよ。聖女の力を扱いやすくする為に、小石を宝石に性質変更させて使用するなんて……。基本をバッチリ押さえてます。一体どうやってここまで出来るようになったんでしょう……」
「確かにね。他に知識ある協力者がいない事には、スバル一人が力を得られるとは考え難い……。君たちはスバルに知識を与えるのが役割なのだろう? なら君たち以外に一体誰が……?」
「……っっっ!!!」
純度100%の混じり気ない純粋な疑問は時として人を貫く鋭い刃にもなる。
皮肉のない珍しいレオンの言葉に、私たちは無言で胸を押さえる。
「聖女については文献も少ない。集める手間もさる事ながら、それを解読して解説出来る人間となると相当優秀なはず。本当にサポート役を任されている君たちが導いたんじゃないのかい?」
「ううぅっ」
「やっ、やめて! それ以上言って私たちのメンタルを壊しにこないで!」
アイリスが胸を押さえたまま、半分魂が飛んだ様子でシクシクと涙を零している。その横で私も存在意義破壊に押しつぶされそうになりながらも、更に言葉を続けそうなレオンに必死で待ったをかけた。
「うーん……。本当に君たちがスバルに手ほどきした訳じゃないのか」
「事実を事実と確認させるため、本人の口からその事実を肯定させようとするなんて、敗者に鞭打つ行為とは思わないんですか!?」
「そんな大げさな。そんなに苦しむくらいなら、もっと早くにスバルに力の使い方を導いてやれば良かっただろう」
私たちの激しい苦しみ方に若干引いた素振りではあるが、それでも他者の痛みに共感しようと、ヨシヨシと背中をさすってくれるが、そういう事ではない。
「下手に力の使い方なんて覚えたら、スバルの性格じゃあ危険に飛び込んで行っちゃうじゃない……」
「そうですよ、それでなくともスバルさんは通常の魔法学の知識もこれからなのに……。もっと色々覚えてからでも良いじゃないですかぁ」
「何というか……君たち二人は母親のような事を言うね」
「母親だなんて」
多少過保護の自覚はあるが、スバルは命を落とすかもしれない運命を持っているのだ。ちょっとぐらい過保護にしたっていいじゃないか。
そんな思いでレオンを見返すと、その背後に初戦勝利の処理が終わったアルがこちらへやって来るのが見えた。
「アルフレッド」
私の視線に気付いたのか、レオンもつられたように背後を振り返りアルの名を呼んだ。
「騒いでいるのが遠方でも丸見えでしたよ我が君」
近づいて来たアルに試合の疲れなどは微塵も見受けられない。
半分だけ後ろに流された白い髪は相変わらず銀糸のように輝いているし、赤いルビー色の瞳は呆れたように騒ぐ私たちを見下ろしていた。
「ち、違う違う、騒いでなんかないから!」
「アル聞いてやってくれ。この2人がスバルに聖女の知識を与えられなかった事でメンツが潰されたと言っている」
「メ、メンツとか、そんなんじゃなくて……!」
なんて言い方をするのだ! 私たちはただ、スバルに聖女の知識を与えられる存在でありたいと思っているだけだ。
しかし私が憤慨してみせるよりも前に、アルはああ、と頷いてみせた。
何故かアルに納得されてしまうと、レオンに思われるよりも傷付いたような気持ちになって、私はがっくりと肩を落とした。
「それは仕方ないでしょう。スバル殿は意地でも2人の講義を受けようとはしなかったはずですから」
「……へ?」
少しいじけたような気持ちでいた私の頭上で、アルがサラリと告げる。
その言葉の意味を求めて顔を上げると、アルは私に向かって笑いかけて見せた。
「言っただろ? 悪いようにはならないはずだと」
「え?」
「嫌が応でもこの試合に耐えられるだけの力は付けて来ると思っていた」
「えぇ!?」
確かに。アルは練習試合中にそんなような事を何度か口にしていたように思う。
オッドウェルがスバルを叩きのめすと宣言しても、悪いことにはならない。大丈夫だと言っていた。
アルはレオンに向き直る。
「おそらく力を貸したのは、スバル殿の級友であるビリー・パーカーでしょう。彼は出自こそ庶民ですが、その卓越した魔法のセンスと頭脳を見込まれてこの学園に在籍しています。もし、スバル殿の聖女の力を文献等から探り導けるとしたら、身近では彼しかいないでしょうね」
「なるほど。確かにパーカーの優秀さは王宮にまで伝わってきている」
「そこまで知ってて、何で黙ってたの!?」
ずっと悩んでいただけに、淡々としたアルの報告に、黙っていられたという怒りよりも混乱が勝る。
オッドウェルの暴力に一方的にさらされるかもしれない心配は尋常じゃなく苦痛だったのだ。
混乱に目元を潤ませる私に、アルはバツの悪そうな顔で謝罪した。
「すまない。……言ってしまうとスバル殿の努力が水の泡だ」
「なるほど。良いところを見せたい相手に、裏方をネタばらしされてたんじゃスバルも浮かばれないものね。なんだアル。随分塩を送るような真似をするじゃないか」
ニヤニヤとした顔でレオンがアルの顔を覗き込む。その視線をフイと顔を背けて交わして見せると言った。
「……元から、勝てる勝負だとは思っていないので」
「ん?待て、アルフレッド。お前……」
レオンが言い切る前に、館内放送が鳴り響く。第2試合に出る予定の選手を呼び出す内容だ。
「ああ、呼ばれてますね。行ってまいります我が君」
「……アルフレッド。お前はまだ……。いや、この話しは後でしよう。今は勝ち上がって優秀者の称号を取ってこい」
「必ず。それでは失礼致します」
家臣の礼を取って見せた後、アルは私たちに軽く挨拶をして立ち去って行く。
「全く優秀なくせに難儀なヤツだ」
「……どうかしたんですか?」
2人の間に一瞬顔を覗かせた緊迫感が何だったのか、恐る恐る問うてみる。
レオンは私の顔をマジマジと見つめた後、深いため息を吐いた。
「な、何です、人の顔を見て思い切りため息吐くなんて!」
「私にとってはどちらも可愛い2人なんだ。ならいっその事、私が原因を奪ってしまうのはどうかと思ったんだよ」
「はぁ……?」
「何でもない。アイリス、こっちに来て私を慰めてくれないかい?」
「えぇ?レオン様どうかなされたんですか?」
素直なアイリスが、心配そうにレオンに寄り添う。
自分も色々と悩んだり凹んだりしている最中でも、人を慰めに駆け寄ってしまうのがアイリスだ。
「ちょっと、皇子が慰められないといけないような話ありました?」
アイリスの慰めの声は優しく心に染み入るので、ついつい側に置きたくなる気持ちも分かるが、無意味に呼びつけるのはやめて頂きたい。
そんな思いを込めてレオンを睨みつけ、私は凍りついた。
何故なら、向かいの観覧席に見覚えのある灰色のフード姿を見つけたからだ。
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