その戦いの結末は
リゴンの剣はスバルの体を貫いてはいない。
剣と体、その間に存在する、スバルの瞳と同じバイオレットの光が激しくスパークする。
「どういうことだ！？ 防御魔法なんて詠唱していなかったはずだ！！」
リゴンの激しい動揺をよそに、スバルがむき出しの手でレイピアの刃を鷲掴む。
刃は潰されているが、それを逆手に取って素手で掴む行為は基本反則行為とみなされる。真剣ならば、指が切断されているからだ。
そのため、そういった反則行為が行われれば、行った生徒のプロテクトが反応し、その場で一時中断が宣言されるのだ。
けれど、スバルのプロテクトは作動しない。
「シノノメ……！ 反則行為だぞ！」
「違うね！ オレは素手で掴んでるわけじゃないからな！」
「ならなんで……！」
言いながらも、リゴンは即座に理解する。
スバルの胸を貫いたと思った時と同じ、刃とスバルの間に紫の薄い膜が邪魔をしているのだ。
「やっと捕まえたぜ！」
戦闘経験のないスバルにとって、はなからリゴンのスピードについて行けるはずがない。であるなあらば、戦法は自ずと定まってくる。
まずはリゴンの動きを止める。そして—————。
「そして、僕の動きを止めれたら、その後に何らかの策があるって事だよね！ 悪いけど、動きを封じ続けるのって簡単じゃないんだよ！」
リゴンが剣を引き抜く動作をやめ、一気に踏み込む。
「なっ！？」
掴んでいたレイピアが、スバルの腕と指の可動範囲を超えた逆回転を見せる。
気がつけばスバルの体はレイピアを軸に宙を舞い、背中から激しく地面に叩きつけられていた。
「いてぇ！」
「これで終わりだ！」
リゴンが高く飛ぶ。
全体重をかけ、一点集中でスバルの張った正体不明の膜を破るつもりなのだ。
「終わらせねぇって……」
痛む背中をかばいながらも、スバルは中腰のまま初めて片手剣を抜く。
「言ってんだろ！！」
そのままリゴンに向け、遠心力の要領で剣を投げ飛ばす。
だがリゴンはそれを滑空中にも関わらず、易々とレイピアで受け流した。瞬間。
「うああああっ！？」
スバルの片手剣とリゴンのレイピアが触れ合った瞬間、まるで雷に打たれでもしたような衝撃がリゴンを貫く。
バランスを崩し、リゴンは受け身を取る事なく落下した。
「どうだ！ これで決着だ！」
「げほっ！ まだだ！」
叫ぶスバルにリゴンが叫び返す。
「【閃光よ！】」
「っ！ やべ……！」
倒れながらも間髪入れずに攻撃してくるリゴンに、スバルは咄嗟にベルトから下げた袋に手を入れた。
先ほどスバルが放った雷とは桁違いの威力を持つ雷魔法が、スバルの体目がけ落ちてくる。だがそれもスバルの体を打つ前に、バイオレットの膜によって轟音を立てながら打ち消された。
「はぁ、はぁ……。やっぱり、詠唱をしていない……。ならなんで剣も魔法も届かないんだ……？」
スバルに雷を落としている間に体勢を整えたリゴンは、既に動揺から立ち直っている様子だった。
「くそ……。動揺から立ち直るのが早すぎんだろ……」
レイピアを構えつつ、冷静に状況を分析しようとするリゴンにスバルは鋭く舌打ちする。
「何かタネがあるはずなんだ。落ち着いて、見極めろ……」
自身に言い聞かせながら、再度リゴンはレイピアを繰り出す。
咄嗟に前回りの要領で回転してスバルが逃げるも、リゴンは容赦無く追ってくる。
落ちた片手剣を拾い上げ、追撃の構えをとって見せるものの、1割も防ぐ事は出来ずにただスバルの膜だけがスパーク音をたてながらリゴンの剣先を防いでいる。
「うっ！」
だがその膜の防御も長くは持たなかった。リゴンの剣先がスバルの制服の脇腹部分を引っ掛け破る。
「よし！」
観客席のどこからか激しい悲鳴が聞こえてきたが、リゴンは無視した。
膜は明らかに効力を失ってきている。
スバルがもう一度正体不明の力を使わなければ、勝利はもう目前だ。
そして、その正体不明の力の源も、段々と検討が付き出していた。
「どうしたシノノメ！ もう一度膜を張って見せればいいだろう！？」
（やれるものならやってみせろ！ 武術の嗜みもないお前が、さっきから何を庇ってるのかくらい、こっちはお見通しだ！）
煽りながら、リゴンは正確にスバルの動きを見定める。
さっき、スバルが雷魔法を回避した時に見せた動き。腰ベルトに吊った小袋の存在。
慣れない動きでスバルはその袋を、いや、その袋の中身を守ろうとしている。
（つまり、その中身がなければその力は使えないって事だ！）
あとはその中身をスバルに使わせさえしなければ良いのだ。
リゴンとスバルの力量差なら、それは難しいことではない。
「くそっ！ 何でバレてんだ！」
焦ったようにスバルが片手剣を振り回すが、その剣はたやすくレイピアに弾かれる。
「これで本当に終わりだよ、シノノメ！」
スピードを増した鋭い剣先が、スバルのベルトごと袋を切り裂いた。
その袋の中から飛び散ったのは、小指の先ほどの石。幼児が形の良い小石をポケットいっぱいに詰め込んだような、何の変哲もない多量の小石だった。
何故こんな魔力も何もこもっていない石ころをシノノメは守ろうとしたのか。そんな思いに捕らわれながらも、リゴンはスバルのプロテクトを起動させる為、最後の一歩を踏み込んだ。
「ああ。終わりだ」
はじめてスバルが終了の同意した。その瞬間。
リゴンの周囲が青く燃える。
（違う、これは青じゃない。これは—————）
紫の炎だ。
そう気付いた時、周囲に撒き散らされた小石は宝石の輝きを放っていた。
「オレが狙って当てようとした所で、あんたなら触らず簡単に避けちゃうだろ。だから自分から当たりに来て欲しかったんだ」
何の魔力もこもっていない只の小石と判断した。
（だから僕は、この小石を避けていない————！）
撒き散らかされ、降りかかってきた細かな礫までを、リゴンは払い落とす事をしていなかった。制服にも、小石の細かな粒が幾つも引っかかっている。
慌てて払いのけようとしたが遅かった。
紫の輝きはリゴンを包み、そして弾ける。
「……っ！！」
激しい爆破音と煙幕が収まると、そこにはプロテクト起動による青白い光に包まれた、膝をつくリゴンの姿があった。
「終了！ そこまで！ 勝者、スバル・シノノメ！」
審判の声が鳴り響くと、スバルはヨロヨロとたたらを踏み、耐えきれなくなったように地面に尻餅をついた。
汗まみれの体に、流れてくる風が心地良い。
「っあぁ〜、疲れたぁ……」
リゴンの慢心に付け込んだ辛勝と言っても過言ではないが、それでも何とか一回戦の突破である。
スバルは誇らしい気持ちのまま、観覧席を振り仰いだ。
レオンが大笑いしながら頭上で拍手しているのが見える。
そしてその横で、満面の笑みで手を振ってくれるはずのいつもの2人組が、何故か半泣きの顔で固まっていた。
「……？」
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