スバル、初戦開始!
陣の中に足を踏み入れると、やはりそれなりの緊張がスバルを襲った。
アルフレッドのように、最初から落ち着いてフィールドに向かう等できそうにもなかった。
観覧席をチラ見すると、席ではアイリスとアンジェリカが、何故かトーナメント表に祈りのポーズを捧げている。
何を考えているのかさっぱり分からなくなる事もある二人なので、今更何をしているのか深く考える気もしない。
(それよりも試合だ。集中しろ、集中)
陸上時代、たった一回の試合で最高のタイムを出すためにも、緊張感はスバルの敵でもあり、友でもあった。
張り詰めた緊張は精神を高め、いつもスバルの精神を束ねた。束ねられた神経は紙縒られ、そして針へと変わる。
その鋭い針先はスターターピストルの音と共に、自己最高を目指すスバルの全てを解放させるのだ。
対戦相手が応援を受けながらフィールドに上がってくるのを見ながら、スバルは腰ベルトに吊り下げた小さな袋に手を伸ばした。
相手選手のリゴンは、小柄な体型に合わせた剣より重量の軽いレイピアを扱うが、スバルにはそもそも扱える武器がない。
地球で武道の経験もないスバルが、そう易々と武器を操れるようになるわけがないのだ。むしろ素人が闇雲に振り回せば、結果自分が怪我をするだけである。
スバルの腰に差した形だけの初心者向け片手剣に、リゴンは憐れむような目線を向ける。
扱う武器だけで、すでに剣技のレベルに大きな差がある事を見抜いているのだろう。
この試合が一方的な暴力にならないかを心配しているような顔だった。
(完全になめてる……。そりゃそうだ、元の技量が違うもんな。でもオレ、あいつらの言葉を信じてるんだよ)
食堂でレオンとアルフレッドが言った言葉がずっと心に残っていた。
聖女の力を覚醒させれば、大人と5歳児との力の差を埋める事が可能かもしれないと。
(皮肉だけどな。アルフレッドに勝ちたいのに、あいつらの言葉を支えにするなんて)
けれどその言葉のおかげで、ビリーとの特訓で折れそうになる心を何度も立て直してこれたのだ。今からだって遅くない。起死回生の手段を自分は持っているのだと。
(だからオレ、ビビんなよ! やるべき事はやってきたんだ! 最優秀者、目指すんだろう!)
袋越しに指先に伝わる小さな粒の存在。それがこの試合を戦うスバルの全てだ。
スターターピストル代わりの審判の手が、高々と掲げられる。
開始の合図は、ピストル音とかわらずスバルの精神を解放させた。
リゴンは剣を抜き、静かに構えたまま動かない。
実践経験が多くないスバルでも、踏み込めばリゴンの間合いで返り討ちにされると嫌でも分かるピリついた空気だ。
「なら、遠隔から攻めるのが王道だろ。【大地に根服ものよ、その身を震わせ成長しろ!!】」
スバルの魔法が完成し、リゴンの足元から石のフィールドを叩き割るようにして植物の根が現れる。
鍛え上げられた成人男性の腿ほどの太さを持つ根は、スバルの意思に反応しリゴンの動きを拘束しようと襲いかかる。
「確かに僕の動きを止めるのが先決。悪くない判断だけど遅いよ! 【強化!】」
省略化詠唱のもと、リゴンの持つレイピアの細い刃渡りがソードのように太くなる。
その厚い刃は根を易々と切り裂き、切り裂かれた根は分断された先から消滅していく。
「ちっ!」
「レイピアじゃ切り裂けないと思ったんだろ。僕はスピード重視だからレイピア使いなんだけどさ、動き回る事さえしなければ、十分に大剣を操るくらいの力はあるんだ」
根が完全に消滅しきるのを見届けてから剣をレイピアに戻し、リゴンは首をかしげた。
「そんな詠唱の長さじゃ、何がしたいかバレバレだ。シノノメは聖女だからって、入れられるシードを間違えられたんじゃない?」
詠唱の長さは使用者の熟練度によって変化する。技能が上がれば詠唱をどんどん省略化し、瞬時に魔法を起動させる事ができるが、熟練度が足りなければその分詠唱は長く必要となる。
リゴンの言う通り、長い詠唱は内容から目的を読み解きやすく、それは手の内を明かしている事に他ならないのだ。
「うっせー! 【青き閃光よ、轟き行け!】」
「ほらやっぱり。熟練度が足りないんだ。詠唱を少し短くしただけで……」
リゴンの頭上に影が落ち、その合間から激しい轟音と共に雷が落ちる。しかし。
「こんなに威力が落ちてる」
落ちきる前に、レイピアの切っ先が雷を真っ二つに切り裂いた。
「う、嘘だろ……」
挑発に乗って詠唱を多少省略したものの、これほどあっさりと回避されるとは思っていなかったのだろう。唖然とするスバルに、やれやれとリゴンは首を振る。
「嘘なもんか。強化の効果が続いているのは事実だけど、それでいなせるくらい、君の熟練度が足りなかったんだ。……シノノメ、大怪我する前に棄権した方がいいんじゃない?」
キケンの3文字にカチンとくる。
「なんだよ……、揃いも揃って棄権しろ棄権しろって……!」
「それが君の実力なんだから仕方ないじゃない。棄権しろって言ってくれた人がいたのはその人の優しさだと思うよ?」
「嫌だ! オレは! 絶対に! 棄権しない!!」
「……驚いた。聖女ってもっと賢いと思ってたけど」
「オレは聖女になったつもりはねぇ!」
スバルの叫びを無視し、リゴンはレイピアを正眼に構える。動体視力に優れたスバルの目は、リゴンの足に力がこもるのを見逃さなかった。
次はリゴンの反撃の番なのだ。踏み込んでくる!
「くそっ【大いなる原始の力よ———】」
「炎の魔法。言っただろ、遅いんだって」
詠唱が終わる前に、リゴンはすでにスバルの目の前にいた。
鋭いレイピアの剣先が、凄まじい速さでスバルの心臓を貫く。
そして、衝撃と共にスバルの体とリゴンの剣先の間に光が現れる。
「プロテクトの起動。あっけなかったな。審判合図を……」
「合図はまだだ。これはプロテクト起動の光じゃねーよ。やっぱアレだな、どこの世界でも慢心した奴には隙があるんだな」
「なん…だって……?」
言われて気づく。
スバルとリゴンを別つ光は、プロテクトの青い光ではなく———紫の光。
聖女しか持たないと言われる紫の瞳、スバルの瞳の色に間違いなかった。
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