遅まきの覚悟
フィールドを覆う魔法陣がかき消え、アルが陣を降りると盛大な歓声と拍手が鳴り響いた。
誰しもが彼の凄まじい試合っぷりに魅せられたようで、立ち上がって拍手をおくる貴族までいる。
その様子をレオンはリラックスした様子で満足げに眺めた後、私に目を向けた。
「アルフレッドの実力は理解できただろう?」
首の後ろで手を組んで、観覧席で優雅に足を組むレオンの姿はすでに文官とはかけ離れた姿だが、それを突っ込む者はここには誰もいない。
「あいつは最優秀者となって神殿へ行く。これは決定事項だ。ならば次のステップの話をしようじゃないか」
「つ、次のステップ?」
「そうだよ。以前食堂で最優秀者となり大神殿へ行く必要があると言っていたな。
あの時はスバルがいたから、君はスバルの興味を不用意に引かないために話を随分とはぐらかしていた」
当時の心境を言い当てられ、私は思わず黙り込む。
レオンは「未来を思い出せない」私に納得してみせたようで、実際は聞きだすタイミングを探っていただったのだ。
「本当は何を知っているのか、もっと早くにスバルがいない所で聞いても良かったんだけどね。少し事情が変わった」
「事情?」
「そうだ。君が行くと提案した大神殿で、先日神官の1人が殺された」
『えっ!?』
思わずアイリスと声が揃ってしまったが、一体どういう事なのか。
思わずまじまじとレオンを見つめていると、モノクル越しにレオンのペリドットの瞳が細められる。
「未来を思い出す君も、全てを把握している訳じゃないんだね」
「あ、当たり前です。でも、神官が殺されたって、一体どうして……?」
「理由はわからない。ただ彼は地位のある神官で、そう簡単に害される事なんてあるはずがない。けれどそれでも殺害されてしまった」
一体何が起こっているのか全く分からない。けれどもレオンが暫く学園に姿を現さなかったのは、この事件を調査していたからなのだろう。
「バイオレット・キーライン」
聞き覚えのある単語だった。
スバルと初めて出会った時、ウィンディアナ嬢を操っていた不可解な石。
「現場にはバイオレット・キーラインが落ちていた。スバルを学園まで護衛する騎士が殺害された時もこの石があった。そして、この学園でスバルに変わって君が窓から落ちた時も。
今回の事件も前・聖女殺しの事件が絡んでいるのに間違いはない」
レオンは私の座る椅子の背もたれを掴むと、体ごと私の方へと向きを変える。
レオンとの距離は鼻先が触れ合いそうなほど間近になるけど、レオンが背もたれを掴んでいるから体を逃す事もできず、できるだけ背を仰け反らすしか方法がない。
「アンジェリカ。最優秀者として行く大神殿で何が起こる。
スバルを近付けさせないように言ったのは、前・聖女殺しが関係するから。それに関わらす事でスバルが犯人から同じように害されるのを心配しての事だろう」
当然のごとく見透かされている。
私は眼前にせまるレオンから顔をそらす事さえできず、宝石のようなペリドットの瞳を見つめ返す事しかできない。
私の行動原理の第一は、スバルを守る事だ。
だからこそレオンはスバルを近付けさせない私の行動に、前・聖女殺しの事件が関係すると考えたのだ。
アルの実力を見た今なら、アルは簡単にレオンの側を離れていい人材ではない事が分かる。
外野から見ればただの学生イベントに、ひょいと貸し出されていい程安い男じゃない。
全ては、前・聖女殺しの捜査のため。
「大神殿で、何が起こる」
事件パートを無視してゲームをしていたのを、これほど悔やむ日がくるなんて思いもしなかった。
本当はもっと早く、大神殿で犯人と思しき男に会う話をしなくちゃいけなかったはずだ。
スバルとはずっと会えないままで、アルとレオンとだけに話す機会なんていくらでもあった。
それなのに、まだ誰が最優秀者に選ばれるか分からないから。心の中でそんな言い訳をして、今日レオンに聞き出されるまでずっと黙っていた。
それは。
先の読めない展開に、私の発言で彼らを巻き込んでいく覚悟がなかったからだ。
それでも。
「———、男が、1人います」
「男?」
重い口から開かれた私の言葉に、レオンが瞬時に反応する。
「男というのは誰の事だ?」
もうそろそろ、覚悟を決めないといけない。




