電光石火
「さすがは私のアルフレッドだ。主人とて鼻が高、い………、アンジェリカ、アンジェリカ! なぜそんなギラついた目つきで私を見る……?」
「えっ!? あ!? そ、そんな目つきしてました!?」
若干青ざめながら身を引くレオンに、私は滴り落ちそうになったヨダレを隠しつつ懸命の笑顔を浮かべる。
選抜戦、初戦に選ばれたのはアルだった。
アルの試合の場所は3つ並んぶ陣の真ん中で、私たちがいる観覧席からでもよく見える。
3つの試合が同時並行で進むため、他の陣にも選手たちが初戦を勝利で飾ろうとそれぞれが気合を入れている。
そんな中でアルは一切緊張の色を見せず、その凪いだ様子は独特の存在感を放って周囲の目を引きつけていた。
「してたとも! 空腹の獣が獲物を狙い定めるような目つきをしてたぞ!?」
「いやだ皇子、一介の女中にそんな目つきできる訳ないじゃないですか! 逆光のせいかな?」
「太陽はこちら側だバカタレ」
私とは真逆の方角を親指で指して罵られたが、こちらはそれどころではない。
(だってだって、アルがただ目立ってるだけで自慢げだなんて、アルの事大好きじゃない! たまらんわ〜。そうよレオン、あなただけのアルフレッドよ! きゃーっ! だからもっと褒めて自慢してー!!)
スバルとの喧嘩でそれどころではなかったのと、この主従もお互い近くにいなかったものだから、私にとっては久しぶりの萌え供給なのだ。空腹の獣のようにギラついてしまうのも致し方がない。
「なんなんだ、時たま見せるそのゾッとする表情は……」
口元に浮かぶニチャニチャとした薄ら笑いに、レオンがますます引いた様子を見せる。
普段ならムカつくだろうその様子も、アルが絡むとなると全く気にならずむしろ愛おしいくらいだ。
素晴らしい。カップリングとは何と尊いものなのだろう。
「気にしないで……。気にしないでください。幸せを感じるとこんな顔になるんです」
「幸せなのに……?どこか神経の繋がりに難でもあるのか……?」
「あっ、試合が始まりましたよ!」
真剣に考え込みそうになっているレオンを、アイリスの声が引き戻す。
それぞれのフィールドで、審判が開始のサインを高々と掲げた。
その合図と共に、どの陣営の選手も素早く動き出す。
「アルーーー!! 頑張ってーーー!!」
「アルフレッドさーーん!!」
相手選手がアルを中心に円を描くよう走り出す。その手には刃が潰された長剣が握られている。
武器の使用は許可されているが、命の取り合いになってはいけない。武具には相手に致命傷を与えないよう処理がなされているものだけを使用する。
そして選手の制服の下には万が一に備えた術式プロテクターが仕込まれているので、お互い安心して全力を出す事が出来るのだ。
「アルフレッドの対戦相手はクオン子爵の次男坊だな。ふん、さっそく剣に魔法の上乗せか。剣術が得意と見える」
長剣にかけられたのは風の魔法だ。さっきスバルが使って見せた初級のものなどではない。
術を受けてスピードが上がった剣先が、まるで伸びるようにアルの胸元めがけて襲いかかった。
そのスピードは尋常じゃない。打ち出された斬撃が、私の目には残像としてしか捉えられない。
けれどアルにとっては違うのだろう。あっさりと初撃を躱し、バク転の要領で大きく背後へと飛ぶ。
「逃げずに打ち合え! オルフェーズ!」
「打ち合いには向かないんだが……」
気合いのひと吠えに応えでもするように、アルは両腰に収めていた二本の短剣を引き抜く。クオン卿が持つ長剣に比べると、まるで果物ナイフのような頼りなさだ。
「だがまぁ、打ち合いがお望みであれば……」
軽業師が得物を操る手さばきで、短剣をクルリと回して見せる。
そして左側だけ柄を逆手に構え直した瞬間、アルは飛び出した。助走なしの、突然のトップスピードだ。
「速い!」
観客の誰かが歓声をあげる。
一瞬でクオン卿の懐まで入り、肩関節を狙って短剣を繰り出す。だが既の所で長剣が短剣を弾く。
アルはその勢いに流されるよう体を回転させたかと思うと、逆手に持った第2刃で卿の喉元をかき切ろうとする。
「【焔よ!】」
「【消化!】」
近距離のアルを焼き尽くそうと、極限にまで最略化された呪文でクオン卿の体から炎が吹き出す。
だがそれも一瞬のこと。
アルの同じく最略化された呪文が炎を打ち消す。そして————。
「そ、そこまで!!」
審判のコールが響き渡たった。
そこには倒れこんだクオン卿の首に、短剣を食い込ますアルの姿が。
いや、正確にはクオン卿の制服の下に仕込まれたプロテクトの術式が作動し、首の周りに青白い光が作動している。
その光がアルの短剣を受け止めていた。
あまりに短い時間で行われた出来事に誰も声を上げられず、他の陣でも試合は続いているというのに会場はシンと静まりかえる。
だがその内まばらな拍手が起こると、それは盛大な歓声に変わった。
「えっえっえっ!? もう一回戦終わり? アルが勝ったの?」
「ア、アルフレッドさん……、むちゃくちゃお強くないですか……?」
周りの盛り上がりでようやく試合が終わった事を実感した私とアイリスは、混乱した頭でレオンを見る。
アルが強いのは練習試合中でも見てきたつもりだった。練習に手を抜いたていた訳ではないんだろうけど、こんなに他を圧倒するような実力を持ってるなんて知らなかった。
「何を今更。聖女の力が顕現したスバルでも最優秀者にさせない。だが大神殿へも行く。それが今回の目的だろう?生半可な者を推薦しても意味がない」
私たちの驚きっぷりに、レオンは肩をすくめて呆れて見せる。けれどそんな様子からも、アルに送られる歓声に対しては満更でもないのだろう。
心地よさげに耳を傾けている。
「そ、それはそうだけど……」
「アンジェリカ。食堂で詳しくは話さなかった大神殿行きについて、一体何を知っている?」
自分の懐刀が浴びる歓声をお気に入りの音楽のように聴き入りながら、レオンは冷たい刃物のような冷静さで私を見やる。
突然の温度さに付いて行けず、私は一瞬にして固まった。




