負けたくない
アルフレッド・オルフェーズ。
白い髪が銀のように輝き赤い瞳を持つ、第6皇子の従者であり側近。
選抜戦の初戦に参加するため陣の中に入っていくアルフレッドは、本試合にも関わらず落ち着いたものだった。
レオンの命令で年齢を詐称して学園に入学してきたアルフレッドだが、その年齢差はスバルと2つしか違わない。それなのにアルフレッドはまるで大人の男のようにふるまっていて、しかもそれがみょうに様になる。少年というより青年という言葉の方が、アルフレッドを指し示す言葉としてしっくりとくる。
そんなところもスバルにとってライバル心が刺激される原因の一つではあるのだが、それだけではない。
もう一つ。
スバルはさりげなく観覧席に目をやった。
視線の先の観覧席には、先ほど風の魔法を送った時と変わらず、文官のような姿をしたレオンと黒と金のメイド服の少女たちの姿が見えた。
アルフレッドの試合が先に始まる事に気付いたのだろう。
3人はいつもの如く、ワイワイと騒いだ様子でアルフレッドのいる陣を指差している。
(アンジェリカの髪の色、眩しいな……)
先ほどスバルを見つけて喜んでいた事など忘れたように、今のアンジェリカは夢中でアルフレッドに声援を送っているようだった。
小動物のような動きにあわせて揺れる金の髪が、今日の晴天を弾いてきらめくようにスバルの目に映った。
アルフレッドへのライバル心がアンジェリカを起点としている事に、スバル自身ももう気が付いている。
出会ったばかりにも関わらず、身を呈してかばってくれたアンジェリカに、スバルの気持ちが傾かないはずもなかった。
粗忽者で、楽観的な割に心配性。けれど誰にでもおおらかで平等なアンジェリカを好きになるのにそれほど時間は必要なかった。
そしてそれはアルフレッドも同じなのだ。
アルフレッドは腕の中で恐怖に震えながら、それでもスバルの身を一身に案じるアンジェリカに心を奪われていた。
同じ人間を好きな者同士だ。
アルフレッドがアンジェリカに密かに心惹かれる様子が、スバルには手に取るように感じ取ることが出来た。
アルフレッドはアンジェリカを好ましく思ってはいるものの、特にどうにかなろうと動く気配は見せない。
(でも、アンジェリカの方がどう思うかは分かんねーじゃんか)
選抜戦、アルフレッドが最優秀者となり大神殿に行くと言った時、アンジェリカは彼が最優秀者になる事に疑問を抱かなかった。
レオンがアルフレッドは優秀だと言ったからかもしれない。
けれど、アンジェリカの中で、アルフレッドに対する確かな信頼があった事に間違いはないのだ。
(オレが大神殿に一緒に行くって言った時はあんなに止めた癖に、あいつが行くのは信頼し切ってまかせたんだ……)
大神殿でどんな危険が待ち構えているのか、スバルに分かるはずもない。
それはアンジェリカだって同じ事で、何が起こるかまでは彼女も分かっていなかった。
そんな正体不明の危険からアルフレッドは必ずアンジェリカを守ると約束した。
その時のアンジェリカの顔は————。
(くそっ)
その後に起こったアンジェリカとの口論は、今思い出しても顔から火が出るほど恥ずかしい。
ただのやきもちだったのは自覚している。
アンジェリカとアルフレッドの仲が、急速に近付いていくような焦燥感から思わず口を挟んでしまったのだ。
アンジェリカがスバルの身だけをひたすらに案じてくれている事は分かっていた。
それは出会った時から変わらない。
けれどスバルがアンジェリカから欲しいのは、母や姉のような庇護的な感情ではなく、信頼なのだ。
アルフレッドに身をまかせるのと同等の信頼が欲しいのだ。
焦りは強い苛立ちに変わり、心配しているだけのアンジェリカに我侭を言って当たってしまった。大失態だ。
だからこそ、挽回するためにもスバルは力をつけたかった。
心配されるだけの男じゃないのだと、アンジェリカに分かってもらいたい。
ビリーが優秀な魔法学の使い手である事は、学園内の周知の事実だ。
だからこそスバルはビリーに頼み込み、早朝から学校が終わってから夜遅くまで、魔法学と聖女の力について学べるだけ学んだのだ。
(アルフレッド、あんたにだけは絶対に負けたくねぇ!)
スバルが睨みつけた先で試合は既に開始され、アルフレッドの雲のように白い髪がふわりと流れていた。




