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とうとうこの日がやって来た!



心配するな、大丈夫だと、そうアルは言っていた。

けれど実際に心配しないでおくのは中々難しいことである。

吸い込まれそうな程晴れ渡った青空に打ち上がる花火を、私とアイリスは2人並んでぽかんと見上げる。

課外学習をかけた選抜戦の当日が、等々やってきてしまったのだ。


学園内には様々な用途で活用される施設が多々用意されている。

今回の選抜戦で使用されるグラウンドは、見た目はまるで古代ローマの闘技場。

円形のグラウンドをぐるりと取り囲むように、後ろに下がるにつれて背が高くなる観覧席が用意されている。

小さな魔法陣が何組も描かれていた講堂ばかりを見てきたので、グラウンドに用意された3組の大型魔法陣を見ると、等々本番が始まるのだと実感した。


私は目の前の空っぽの席を眺め、そしてため息を吐いた。

私たちが座る付き人席は、主人の席近くに用意されている。なので本来は私たちの前にはスバルが座るはずなのだが、その席は今も空っぽのままなのである。

周辺を伺えば、生徒席だけではなく、関係者席や来賓席も多くの人でごった返し、その顔は全て楽しげな笑顔を浮かべている。

それもそのはず。

選抜戦はセレスティア学園大注目の的の行事。

様々な血筋や家柄で彩られた生徒やその関係者達が一同に集まるのだ。

そこでは貴重なコネクションを作ろうと根回しに奔走する者もいれば、相手を出し抜く為の謀略や企みが、人当たりの良い笑顔の仮面の下で渦巻いている。

選抜戦で最優秀を競うだけではなく、渦中の外でも見えぬ戦いが繰り広げられているのだ。

その生き馬の目を抜くような熾烈な争いを、私たちは主人がいない観覧席から、何をするでもなく両手で頬杖をつきながらぼんやり眺めているしかない。

突然、隣の空席が音を立てた。


「おやおや、随分辛気臭い顔をしてるね。選抜戦はセレスティア学園随一のお祭りじゃないか。羽目を外して楽しまないと」

「レ、レオ……!」

「おっと、それ以上名前は叫ばないでくれよ。私も今はお忍び中なんだから」


思い切りの良い音を立てて座った隣人が、たしなめるように唇に人差し指を当ててみせる。


「レ、レ、レ————、いや、何意味不明な事やってるんです?」

「はっはっは。久しぶりに会ったっていうのに、相変わらず辛辣じゃないかアンジェリカ」


そう言って快活に笑うレオンは、外の出店で買ってきたのだろう飲み物や鳥の串刺しやらを私たちに手渡してきた。


「お忍びに意味不明はないだろ?十分意味のある事じゃないか」


でも学園ほとんどに顔は知れ渡っている筈なのに、今更お忍びもくそもないんじゃないかな。

同じように思ったアイリスも、不思議そうに首をかしげる。


「よく見るんだ2人とも。身の内から醸し出る高貴さを押し込めるには随分時間がかかったが、今日の私はそこらにいる一般貴族そのものだ」

「えぇ……?」


何を言っているのかとも思ったが、確かに今日のレオンは服装が違う。

まず、いつも身につけている王族の紋章が入ったマントが今日はない。それに珍しくシルクハットのような形の帽子で、レオンの特徴の燃えるような赤毛は隠されているし、片目にはモノクル眼鏡が装着されている。

普段は騎士団を率いてるというだけあって、甲冑こそ纏ってないが騎士団の制服に近い物を着用しているが、今はどちらかと言うと文官に見えるような服装だ。


「イメチェン?」

「それで頷いたらバカにする癖に何を言ってる」


間髪入れずに戻ってきた返答に、皇子相手にそんなバカにするような事言ってたっけと思ったが、とりあえず笑って誤魔化す。


「でもレオ……、じゃなくて、えーと。どうしてそんな格好をしてるんですか? お忍びって言っても、生徒にはお顔はバレていらっしゃるでしょう?」

「おっ、流石はアイリス。よく聞いてくれたね」

「ちょっ、ぐえっ」


アイリスのその質問が嬉しかったのだろう。レオンは嬉々として頷くと、私に上から覆いかぶさるようにしてアイリスの元へと身を寄せる。


「生徒にはバレてるだろうが、その身内にまで諸手を振って第6皇子がここに居るとは教えたくない。

関係者や来賓として子供達の運動会を見にきてるなんてほんの建前。ハイエナたちが利益になる相手を探して鼻を鳴らして嗅ぎ回ってる。

もちろん生徒以外で私だと気付く人間も大いにいるだろう。だがこうも分かりやすくお忍びの格好をしていれば、それに気付かぬ振りで「第6皇子」の私に堂々と話しかけてくる奴は野暮って事になる。マナー違反だ」

「そうだったんですね。今日はお忍びの格好までされて、どのようなご用件なんです?」

「そりゃあスバルの勇姿を見物しに来たんだよ。もちろんウチの可愛い従者の活躍もね」

「そういえばアルフレッドさんのお席にも、お付きの方が何名か座ってらっしゃいましたね」

「アルにやったオルフェーズの姓は、権威ある公爵家の姓だ。本来ならもっと華々しくしないといけない所だが、ヤツが好まないから人数は最小限に絞ってある」

「アルフレッドさんらしいエピソードですねぇ。でも姓をあげたって事は、元々アルフレッドさんのお生まれは———」

「おもっ重いっ!重いからぁ!飲み物ひっくり返しちゃう!」


覆いかぶさられて、背中でレオンの上半身を受け止める格好になってた私は、等々黙っていられず無茶な姿勢に悲鳴をあげる。

さっきレオンから受け取ったばかりの飲み物も食べ物も、ひっくり返してダメにしてしまいそうだ。

バタバタ暴れ出した私をイジメっ子みたいな顔をして、レオンはわざとらしく私の背中で頬杖を付く。


「アルはちょっと特別な生まれでね、私が保護したんだ。まぁ詳細は伏せるけど、優秀な奴だから、今回の優秀者は安心してアルに任せていればいいさ」


そう言って、ようやく私の背中から体を起こしたレオンは、おやっと片眉を持ち上げた。


「なに……、次は何……?」


重石から解放されてやっと背筋を伸ばせるようななった私は、レオンが見る方向に目を向ける。

その視線の先はグラウンド——、私たち観覧席のちょうど真下の魔法陣の前に、何人かの生徒が並んでいる。

その列の中にいたのは。




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