また一つ新しい厄介事が
露骨に見下した、こっちの神経を煽るようなクスクス笑い。
私たちに嫌がらせをするのが楽しくって仕方ないといった顔。
魔法陣の光で気付くのが遅くなってしまったが、私が今心底天敵と思っている4人組みの登場である。
きつい目つきと赤毛の巻き髪を持つリリセラに、ふっくら丸くて色白のエディエット。ウィンディアナの騎士を自認している黒髪のオッドウェル。
取り巻き3人に囲まれた中心にいるのは———金糸のように美しい髪をかき上げながら、細身の長身でモデルのような立ち姿———レオンのうっかり口説きに心を奪われてしまったウィンディアナ・ヘルフバーン嬢だ。
赤毛のリリセラが、わざとらしく手で鼻と口を覆う。
「いやね、清掃員は何してるのかしら」
不愉快そうに眉をひそめ、清掃員を探すように周囲に目を配る。
訳がわからずポカンとしている私たちに、察しが悪いと言わんばかりに大きなため息を吐く。
「金魚の糞なんて清流を汚すだけでしょ。汚れる前に早く片付けてもらわなくっちゃ」
(ム、ムカつくーーーーー!!!!)
スバルの金魚の糞呼ばわりしたから上手いことを言ってるつもりなのかもしれないが、ウィンディアナ嬢の取り巻きであるあんた達だって、同じ金魚の糞じゃないのよ!!
そう言ってやりたいが、そこは身分差。恵がいた日本ではないのだ。
「本当だ〜! どうりで嫌な臭いがすると思ってたのよね! こないだだって、この子すっごい卵臭かったもん!」
丸顔のエディエットは取り巻きの中では妹分のような存在だ。無邪気にキャッキャ笑いながら、子供のようにわざとらしく鼻をつまんで見せる。
てか、私が卵臭かったのは、あんたらが私の頭上で生卵割ってみせたからだが!?
怒りに震える私の手を、アイリスがそっと握った。
「アンジェリカ、アルさん。こう仰られてますし、もう行きましょう」
アイリスは取り巻き達の言葉を逆手にとって、とっとと退散する道を選んだようだ。もちろん私に異論はない。
「そ、そうねアイリス。これ以上お邪魔するもの申し訳ないし、それじゃ私たちこれで失礼いたしま〜す」
へらへらと笑顔を取り繕いながら、私は両手でアイリスとアルの手を握る。
アルはこの後も練習試合があるけど、何も言わずに着いてこようとしてるので、おそらくこの面倒な現場に一人取り残されたくはないと思っているのだとう。
とりあえずそろそろと距離を取ろうとする私たちに、それまで黙っていたウィンディアナ嬢が声を発した。
「お待ちなさいあなた達。まだ退出の許可は与えてなくってよ」
清掃員掃除しろって言ってたじゃん!退出許可と同義語でしょう!?
そう思うものの、やはり身分にはかなわない世知辛い世の中なのだ。(BL恋愛ゲームのくせにと思わないでもない)
私たちは肩を落とし、諦めて立ち止まった。
「……ナニカゴヨウケンデモオアリデスカ?」
できるだけ感情を削ぎ落とし、油挿しが必要なほど軋んだ動きで肩越しに振り返る。
ウィンディアナ嬢は自慢の髪をまた一つ大きくかき上げてみせ、そして顔を背けるようにして頬に手を当てた。
「レ、レオン様は……?」
「はい?」
「レオン様は、本日はいらっしゃってないの?」
「ええと……」
「ウィンディアナ様の質問にはさっさと答えろ、このグズが!」
照れたように頬を染めるウィンディアナ嬢にポカンとしていると、黒髪のオッドウェルがすかさず怒鳴ってくる。
細身の神経質そうな狐顔で、この系統が好きな人は絶対ハマるような顔立ちをしているが、私は心の中で常中指を立てる程にこいつが嫌いである。
「我が君はここにはいない。用があってしばらく学園に来る事はないだろう。アンジェリカを怒鳴りつけるのはやめろ」
「オルフェーズ……!」
怒鳴りつけられた私をかばうように、アルが一歩前へ出る。
「貴様、いつも忌々しい奴だ。一体いつになったら男の聖女なんてふざけた人間の護衛を辞め、正式にウィンディアナ様に仕えるつもりだ」
こめかみに青筋を浮かべながらオッドウェルがアルを睨みつける。
取り巻き達からすれば、レオンの直属の従者であるアルの存在は特別なのだ。アルがウィンディアナ嬢を護衛する事で、名実共にレオンの聖女を名乗る事が出来ると思っている。
(ウィンディアナ嬢は本気でレオンに惚れちゃってるとして、取り巻き達は王族であるレオンとの繋がりが欲しくて必死なとこもあるんでしょーよ)
冷めた気持ちでオッドウェルの激昂を眺める。隣に立つアイリスの目も死んでいる。
「スバル殿はれっきとした聖女だ。侮辱は控えていただこう」
「れっきとした……?」
一斉に取り巻き達が笑い声をあげる。
「おいオルフェーズ、本気でそんな事思ってるのか? お前シノノメの魔法学の成績を知らないのか?あいつの評価はマイナスC。十分すぎる程の劣等生だ! そんな奴がれっきとした聖女なんて笑わせるぜ」
言って、わざとらしく笑いで浮かんだ目尻の涙を拭うフリをする。
スバルは慣れない世界で懸命に努力しているのだ。そんなスバルを知りもしないで、こんな風に馬鹿にされる言われなんかない。
「スバルは努力してる! スバルの魔法実験邪魔して評価を落とさせたくせに!」
「なんだお前、侍女のくせに俺に意見するつもりか?」
「ちょっとどう言うつもり!? 生意気ね!」
我慢できず思わず言い換えしてしまった私に、一斉に非難と脅しの声が上がる。
一瞬怯みそうになるが、私はきつく睨みかえした。スバルを馬鹿にするなんて絶対に許さない!
「なんだお前、自分の身分が分かってるのか?」
「あっ、アンジェリカ!」
オッドウェルが私の腕をつかもうと手を伸ばす。捕まえられて殴られるのかもしれない。
私はその迫る衝撃に体を震わせ、流石ににらみ続けることも出来ず思わず目を閉じた。
アイリスが私をかばうように、ぎゅっと私の体を抱きしめる。その感触に、私もアイリスを抱きしめ返す。
だが私の腕は捕まえられる事はなく、私たち二人に衝撃が走ったりもしなかった。
「オッドウェル」
静かな声だった。
「アンジェリカとアイリスは、我が君の大切なご友人。乱暴な真似は控えていただこう」
今まで聞いたこともない、ぞっとする程に冷たいアルの声だった。
おそるおそる目を開いて見ると、私に伸ばした手を、手首の位置でアルに掴まれたオッドウェルがいた。
アルがどんな顔をしているのかは、背中になって私には分からない。けれど顔を見なくても、冷たい声とオッドウェルの青ざめた顔を見るだけで、今までになくアルが怒っているのだと察知できた。
「う……、オ、オルフェーズ、レオン皇子の名の下に勝手ばかりしやがって!」
掴まれた手を振りほどくと、忌々しげにアルを睨みつける。
アルは私の前から微動だにしない。
「オッドウェル、もうそこらでお辞めなさい」
張り詰めた空気を解いたのは、ウィンディアナ嬢だった。
「どうやら次の練習試合が始まるみたいだわ。わたくしレオン様に相応しい人間である為にも成績を落としたくはないの。自分の陣に戻る事にするわ」
「さ、さすがですウィンディアナ様! なんて気高い方だ!」
「ほ、本当ですわ! 素晴らしい自己研磨です!」
「すごぉ〜い! エディエット勉強苦手だから、ウィンディアナ様尊敬しちゃうぅ」
リリセラとエディエットが、我に返ったようにオッドウェルの賛辞に続く。
ウィンディアナ嬢は聞いているのかいないのか、無言のまま颯爽と金の髪を翻し、与えられた自分の陣の元へと歩き出している。
「これって……」
「ウィンディアナ様の助け舟かしら……?」
お互いを抱きしめ合いながら、唖然とした気持ちで私とアイリスが呟くと、聞こえたのかオッドウェルが足を止めて振り返る。
ぎくりとして身を震わすも、オッドウェルは私たちではなくアルの元へと詰め寄った。
「いいかよく聞けよ。俺はお前もシノノメも、全く認めてないからな。ウィンディアナ様はお優しい人だ。彼女に免じて仕方ないから今日のところは引いおいてやる」
立てた人差し指でアルの肩を強く小突きながら、オッドウェルは狐が獲物を嬲るように笑う。
「その代わり選抜戦、楽しみにしてろ。お前が聖女と言い張るシノノメを、俺が立ち直れないくらい徹底的に叩きのめしてやるよ」
「なっ!」
思わず前のめりになった私達の前に、アルが制するよう静かに腕をかざす。
アルだってスバルの事が心配のはずなのにどうして。
静かに怒っていたアルだったはずなのに。仰ぎ見ると、アルは不敵に笑っていた。
「出来るものならやってみればいい」




