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天敵だもん。身構えたってしょーがない


流れる水のような動きだと思った。

刃を潰した剣がアルの脇腹を狙って打ち込まれる。それに対してアルは小さく踏み込む位置を変えただけだ。

狙いがズレた剣はアルの服を引っ掛けることもなく空を切る。

その隣を、一歩二歩三歩。

傍目にはただ軽く歩いただけのように見えた。

それほど自然な流れでアルは対戦相手の背後を取って、そして同じように刃の潰れた短剣を頚動脈に突きつけていた。


「……? 何故制止がかからない。殺すそぶりまで必要なのか?」

「っ、そ、そこまで! そこまでだ!」


アルの怪訝そうな言葉にハッとしたように、教師が慌てて制止の声をかける。

アルが短剣を首元から放すと、生徒は安堵するように崩れ落ちた。


「大丈夫か?」


立ち上がるよう手を差し伸べるところに、制止が遅れた教師がツカツカと勢いよく歩み寄る。


「オルフェーズ! どういうつもりだ?これは心体を競う為のものだが、魔法術を競うものでもある! さっきから見ていれば何だ。魔法一つ使わず、剣技ばかり。それも短剣だなんて、剣技であるかも疑わしい」

「得意の道具を使用して良いと聞いておりましたが」

「もちろんそうだ。長剣のみを扱えとは言わん。だが王道を扱えん奴は基礎がないも同じだ。オルフエーズ、あまり調子に乗っていると本番で痛い目にあうぞ」

「はぁ」


指導なのかいちゃもんなのかも分からない教師のセリフに、アルは曖昧に相槌を打つ。

面倒に思っているのを表情に出さないようにする為か、その顔は真顔である。


「良いか。心技体を競うんだ。苦手な科目から逃げていては、お前の評価は上がらんぞ。次の対戦者が来るまで、そこの角で腕立てをしていろ! サボるなよ!」


一方的に憤慨したままそう言い捨てると、教師は隣の区画を見に去っていく。

アルは教師の後ろ姿にため息を一つ吐くと、言われたように講堂の角へと向かった。


「なんてヤツなの!」

「ア、アンジェリカ?」


突然背後から声をかけられたアルが驚いたように振り返る。

私はムッとした顔を隠しもせず、憤慨したままアルに詰め寄った。


「試合に勝つルールは相手からの降参・審判判断・継続不能の3つ。魔法を必ず使わないといけないなんてルールどこにもなにのに、どうしてアルが罰を受ける事になるわけ?!」

「アンジェリカ、どうした。何故そんなに怒ってるんだ?」

「アルさん! 当たり前じゃないですか!横暴です、さっきの教員。一体何の恨みがあるって言うんでしょう!」

「ア、アイリス」


怒れる女性陣に囲まれ、アルはたじたじと講堂の隅に後ずさる。

アルに怒っても仕方ないのは私もアイリスも分かってはいるものの、あの見事な試合運びを見た後だとさらに憤懣遣るかたない。

一体あの教師は何が不満だったと言うんだ。


「アルも黙ってないであんな理不尽、言い返してやれば良かったのに!」

「落ち着いてくれ。理由は分かる」

「アルが目をつけられる理由? レオンの従者だってこと、皆が大体知ってるじゃない。それなのにアルが目を付けられるなんて事ある?」

「ある。それは俺がレオン様の息がかかった者だからだ」


思いもしないアルの返答に、私たち2人はキョトンとしてしまう。


「どういうこと?」

「セレスティア学園は地位のある貴族のご令息やご令嬢が通う場だ。もちろん教員側も相応の地位のある人間。もしくは血筋の者で構成される。

つまり、第6皇子であるレオン様の政敵である家系の人間もこの学園には居るという事だ」

「さっきの教師もレオンの政敵ってこと?」


アルは緩く首を振った。


「そこまでしっかりした事は調べてみなければ分からない。だが、そういう人間もこの学園には多くいるということだ。あの教師がそちら側の人間だったとしても、何の不思議もない。

俺の存在がレオン様に迷惑をかける事になってはならない。大人しく任務を完遂する」


だから、まぁ落ち着け。

落ち着かせるよう両手を掲げるアルに、私たちも憤りは続いているものの何とか息を整える。


「ふう。私たちはセレスティア様の陣営にも睨まれてますし、肩身の狭い身。あまり目立つのは得策じゃありませんものね」

「そういう事だな。ところでスバル殿はどの陣にいるか見つかったのか? って、ア、アンジェリカ!? 何故泣く!?」

「うううっ、泣いてない〜!」


アルの何気ない一言がクリーンヒットして、私は再度半泣きになりながら鼻を啜った。


「アルさん、現状何も変わってなくて、アンジェリカも私も焦ってるんです。スバルさんがどこで何をしているか動向も全く分かりませんし……」


流れそうになる鼻水を必死で啜る私にハンカチを差し出しながら、アイリスも眉を八の字にしてため息を吐く。

ビリーがスバルの側にいてくれたとしても、私たちはスバルのサポートをするためにこの場に存在しているのだ。

その肝心のスバルがいなくては、私たちは存在価値がないに等しい。


「せめてスバルが今何をしてるかだけでも分かれば良いのに……」


そうすれば、スバルの為に何か少しでもサポートしてあげる事ができるはず。

そう思って俯く私たちに、アルは首をかしげる。


「スバル殿が今何をしてるかなんて、答えは一つしかないだろう?」

「えっ?」


下を向いてたはずが、驚きで勢いよくアルを仰ぎ見る。


「ど、どういう事です? アルさんは何か知ってらっしゃるんですか?」

「ど、ど、どういう事なの!? アル、スバルと会ってたの!?」


アルに縋り付くばかりの勢いで迫る私たちに、アルは少し怖気付いたように後退したが、すぐに体勢を持ち直す。


「俺もスバル殿には会えていないが、最後の会話を思い出せばスバル殿が何を考えてるかなんて————」

「あーーーーーーーーーらっ!こんな所にレオン様から認定されなかった聖女の金魚の糞が落ちてるわぁ!」


アルの言葉を裂くように響いた声の主を見て。


「うげ」


思わず盛大に顔をしかめてしまった。


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