ルートは私の手から離れていった
ワー、パチパチパチ。
レオンが面白げに頭上で高らかに拍手を鳴らす。
アルはしばらく無言で話を聞いていた後、ぎょっとしたようにたじろいだ。
「……ん? え? 俺? 俺ですか?」
「そうだよ。アルフレッド。お前は選ばれた。任務遂行よろしく頼むよ」
「いや、いやいやいや待って下さい我が君。俺はここの学生ですらないんですよ?」
私たちの事態が飲み込めないポカンとした顔に、焦ったようにアルが言う。
けれどそんな訴えを許容してくれる人間が、レオンであるはずがない。アルだって分かってはいるが、反論せざる得ないのだろう。
案の定、レオンはニンマリとチェシャ猫のように笑った。
「もちろんそうだ。だからお前はここの学生になるんだよ。良かったな、スバルと歳が近くて。2歳くらいならサバもよみやすいだろう」
「お、俺はこの学園に入れるような人間では……。それに俺がスバル殿の護衛をしているのは、多くの学生が知っています」
いつも冷静なアルを困らせるのが楽しいとでも言うように、レオンはアルの陳述を、小虫を手で払うが如くたやすく撃ち落としてゆく。
「それがなんだ。学生になればより近くで護衛し出したと思われるだけだ。それにアル、お前に与えた姓は、この学園に入れない程安いものではないぞ。分かっているだろう?」
その言葉に、アルはぐっと言葉をつまらせた。
ゲーム『スカイ・アース』の中では、アルは主人公の攻略対象ではない。レオンの従者として登場するだけの脇役だ。
ほとんどの脇役に苗字がない。それにも関わらず、アルにはフルネームが存在する。
レオンがアルに苗字を与えたってどういう事だろうか。
けれどその疑問を口に出すより先に、2人の会話は進んでいっている。
「私は学園長に根回ししておこう。アル、お前は数日後にはここの学生だ。私はさすがに生徒役はやれないからな。選抜戦、しっかり優秀者をもぎ取ってくるんだぞ」
「……不正扱いにならないのでしょうか」
「馬鹿を言え。正々堂々の勝負で勝ち取った勝利に不正も何もあるものか。くれぐれもスバルに怪我を負わさないように気をつけて」
「スバル殿が聖女の力を発揮して、それでも勝利をとなれば、傷つけないお約束は出来かねますが……」
2人の会話を聞いていたスバルが、不思議そうに口を挟む。
「アルフレッドってそんなに魔法術強いのか?」
それは私もアイリスも疑問に思っていた事である。
側室の子と云えど、第6皇子であるレオンの従者を務めているのだ。それなりに実力があるのは当然だろう。
けれど、聖女の力を持つスバル相手に、勝つ事を約束出来る程の実力を持っているのは本当なのだろうか。
レオンはスバルの質問に待ってましたとばかりに頷いた。それは確実に自慢できるものに対して質問された時と、同種の喜びに満ちている。
「アルは強いよ。魔法術だけじゃなく、体術も優れている。おそらくこの学園の中の誰よりもね。もちろんスバルの聖女の力を解放されたら危ういだろうけれど、それでも覚醒したてで石の媒介も持たないスバルよりは強いさ」
「へぇ……」
スバルのアルを見る目がギラリと光った。
アルもその目に気付いたようで、受けて立つと言わんばかりに真っ向からその視線を受け止める。
(おいコラやめろ似た者主従! スバルをこれ以上焚きつけないでよ!)
私の心の叫び声は誰からも気付かれない。
アルとスバルは、護衛する者される者の関係のくせに、何故か出会い頭から相性が悪い。
今も、胸を借ります。みたいな爽やかさはカケラもなく、お互いやってやんぜと言わんばかりの笑みを浮かべている。
「まぁこれで最初の問題点は解決だね」
2人の様子に気付いているのかいないのか。あっけらかんとレオンは笑う。
「で? アルが優勝して、それで大神殿に行けば良いのかな? それともスバルを優秀者に選ばせない事だけが目的?」
ごもっともな質問である。
神殿では、あの謎の人物が待ち構えている。
スバルには決して会わせてはいけないけれど、レオンたちはどうだろう。
『謎の人』は、事件解決の糸口を握ると言うよりも、犯人そのものな人物なのだ。で、あれば、レオン達に会わせない手はない。
ただ一つ心配事があるとすれば、このルートは私のゲームをプレイした内容から大幅に外れている。
スバルが選抜戦で負けて優秀者に選ばれず、大神殿へ行かなかったルートもある。
けれどそこにアルが生徒として参戦し、代わりに大神殿へ向かうなんてストーリーや選択肢は存在しなかった。
(もう、私のプレイした記憶からストーリーの先を知ることは出来なくなる……)
プレイした知識は役立つかもしれないけれど、今後は先に危険を察知する事はできないのだ。
(こうなったら私も犯人探しに積極的に参加して、犯人を捕まえる方がスバルは安全かもしれない……)
瞬間的に覚悟を決めた。
「アルが優秀者に選ばれたなら、アルとレオンは大神殿へ行って。私も一緒に行くから」




