青い薔薇の花言葉
課外学習をかけた選抜戦。
これはゲーム内でもイベントとして発生する。
課外学習先は都心部から外れた郊外にある大神殿。
この国のあらゆる力の源が眠ると言われる聖なる泉を内包し、そしてその力を持って聖女を召喚する。
大神殿の内部は守秘義務で守られており、通常第三者に公開されない。
けれど神殿の重要性を理解させるため、能力のある選ばれた人間にだけに、その秘匿は明かされるのだ。
私がメグミだった頃、ただの課外学習のイベントだと思ってストーリーを進めていた。
けれど、このイベントは想像以上に重要なイベントになる。
何故なら、大神殿でとある男と出会う事になるからだ。
その男は、前・聖女を殺した犯人と思われる謎の人物。
名前も顔も分からない。ただ全編を通じ、聖女殺しのストーリーには必ず絡んでくる男。
事件を追うスバルの前に何度も立ちふさがり、そして、幾度となくスバルをBADENDに導く男。
絶対にスバルに会わせてはいけない人物なのだ。
(せめてイライアス・ジェーンに会う事ができたら。そうしたらストーリーチェンジが行われて、あの謎の人物とスバルの縁を切る事が出来るかもしれない……)
そう。イライアスと出会う予定の立たない現在では、スバルが選抜戦を勝ち抜き、成績優秀者として神殿へ行くなど絶対にあってはならない。
魔法学を学び出したばかりとはいえ、スバルは聖女と同等の力を持つ者として召喚されたのだ。本来の力を解放すれば、優秀者に選ばれるのも夢ではない。ってゆーか、実際にゲームの中では優秀者に選ばれるルートもある。
「ウィンディアナ嬢の取り巻きが、選抜戦のどさくさに紛れてスバルを傷つけないか心配よ。私はスバルは棄権した方が良いと思ってる」
「ヤダよアンジェリカ。棄権なんてかっこ悪いだろ」
謎の人物の事は伏せ、私はスバルに棄権する事を促すが、すぐさま本人から反論が返ってくる。
「カッコ悪くなんかない。怪我をしないことの方が大切じゃない」
「怪我が怖い理由で棄権する男なんていないね。俺だってコツコツ勉強してるんだから、自分の実力がどの程度か知りたいじゃん」
そう言ってスバルは笑う。けれどその実力が下手すると他を圧倒してしまう可能性もあるのだ。
少年らしいワクワクした感情を隠さないスバルは輝いて見えるけれど、私の心配は膨らむばかりだ。
何とかして説得を試みるものの、参加を決めているスバルの耳には一向に届かない。
「スバル、実力なんてその内テストも始まるんだから、そこで試せばいいんだってば」
「テストより、実戦の方が面白いだろ?」
「ふーん」
しばらく無言で私たちのやりとりを見守っていたレオンが口を開く。
その透き通るようなペリドットの瞳には、探るような色合いが乗せられていた。
「そうまでして止めるんだ。アンジェリカ、他に何か理由でも?」
人の腹の内を探りなれた、権謀術数に長けた男の質問だ。穏やかさを装いながら、冷たい目線が『隠し事を明かせ』と告げている。
私は思わずたじろいだ。
謎の人物の事は、いつかレオンやアルに話そうとは思っていたけれど、それはスバルがイライアス・ジェーンと出会ってからだとも思っていた。
スバルもいるところで謎の人物の話しをして、万が一にでもスバルが興味を持ったりしたら大変な事になる。
でも、このままだとスバルは選抜戦を力の限り戦い抜いてしまうかもしれない。
私は強く拳を握り、緊張を溶かすように唇をかくる舐めた。
「理由は……、あるわ」
「『未来を思い出した』ってやつかな?」
レオンは間髪入れずに核心を突いてくる。私は頷いた。
「……詳しくは思い出せないけど。この選抜戦、スバルは優秀者に選ばれちゃダメ」
「優秀者に選ばれるって……、俺、魔法学習い始めたばかりだぞ?」
スバルは驚いて優秀者に選ばれるはずないと言う。
けれど、レオンもアルも、私の危惧を正確に理解しているようだった。2人の顔付きが険しくなる。
「スバル殿は聖女の力を持つからな。ウィンディアナ令嬢にかけられたバイオレット・キーラインの力も無意識に相殺してしまう程の力を秘めている」
「普通に考えたら、5歳児が大人に立ち向かうようなものだけど、スバルの眠った力を考えると奇跡も起こり得るという訳か……」
このままスバルに棄権するよう、2人で説得してくれないかと願う。
けれど、レオンは更なる疑問を口に乗せた。
「しかし、何故スバルが選ばれてはいけない? 理由は本当に思い出せない?」
純粋に疑問に思って言っているのか、それとも見透かしているのか。
だが今はその疑問がスバルを危険に晒すかもしれないのだ。
ありのまま伝える事の出来ないもどかしさと苛立ちのまま、私は感情のまま男性陣を叱責する。
「とにかく! 絶対にスバルを優秀者にしちゃダメ!
スバルも絶対参加するって言うなら、ウィンディアナ嬢やその取り巻きから守ってくれて、尚且つスバルが聖女の力を発揮しちゃった時でもスバルから優秀者をもぎ取れるくらいの力を持った味方が現れない限り、選抜戦の参加なんて認めない!!」
「アンジェリカ、無茶苦茶言ってるわよぉ」
「スバルがどんなに参加したいって言ったって、これが絶対条件なんだから!」
私に一体何の権限があってスバルの行動を制限しようと言うのか。
分かってる。私には権限も決定権もない。私の立場はあくまでスバルのサポートであって、保護者ではないのだ。
分かっていてても、スバルをこのまま危険な目に合わすような事なんて出来ない。
「アンジェリカ……」
私の目に浮かぶ悔し涙を見て、アルもスバルも戸惑ったように言葉を途切れさせる。
「アンジェリカ、私たちはスバルさんに何かを強制するなんて出来ないのよ?分かってるでしょう?」
アイリスが優しく諭すように言った。
いつもは私の非礼を叱りつけるはずなのに、滲んだ涙を見て、背中をゆっくり撫ぜてくれる。
「アイリス……」
分かってる。分かってるんだけど……。
そう言いかけた時、ポンとレオンが手を打つ音が大きく響いた。
「なるほどアンジェリカ。君の望みを全て叶える事が出来るかもしれないぞ」
「はぁ……? こんな無茶な話、どうやって叶えるって言うのよ」
レオンの得意満面の笑みに、私は胡乱げな視線を投げつける。
すると呆れたように首を振られた。
「何だ何だ。自分で言いだしておきながら。いや実際、それを叶える事が出来る人物が1人だけいる事に気付いたんだよ。知りたいかい?知りたいだろうとも。紹介しようじゃないか。
私の右腕にして、最も信頼できる部下であり友人。その名もズバリ、アルフレッド・オルフェーズ君。その人だ」




