魅力も過ぎれば不具合だ
話を振られたアルは、力なく笑う。その苦笑とも取れる笑いに、レオンが眉間にしわを寄せる。
「アル? どう言う事だ? 私に何か報告していない事があるのか?」
「報告は一度上げましたよ。ただ、そんなに何度も報告しても意味ある事では無かったので……」
「一回しか報告してなかったの? アル、甘過ぎるわよ」
「なんだ?どの報告のことだ?」
ますます分からないとばかりにレオンは首をひねる。
スバルはこの話をするのもうんざりだと言わんばかりの顔で教科書をめくり出し、いつも優しいアイリスも、今は下を向いてエプロンのフリルの裾を黙っていじっている。
「アイリス……、いつも味方の君まで……。一体どうしたって言うんだ?」
「ヘルフバーン家のご令嬢の件です」
混乱しきりの主人を哀れに思ったのか(甘過ぎるぞアル!)、思い出すヒントを与える。
「ヘルフバーン? ヘルフバーン家のご令嬢がどうしたって言うんだ? 確かに報告は受けたけれど、あまりにどうでもいい事だったから———」
「我が君があの場を丸く収めようと思って行った言葉を、ご令嬢は信じていらっしゃると」
「ああ、そう言ってたな。可愛いじゃないか、頬を染めながら私の言葉をすんなりと信じて」
「その言葉が問題だっつーのよ。なんて事言ってくれたのよ!」
初々しいヘルフバーンご令嬢の姿を思い出したように笑うレオンに、私は思わず敬語も忘れてテーブルを叩く。そのあまりの剣幕に、流石にまずいと思ったのか、レオンは私の方へ身を乗り出した。
「え?私そんなおかしな事言った?」
「ええ、お言いになられましたとも。彼女をその気にさせるような事をねっ」
「えぇぇ? アル、私が何て言ったか覚えてるかい?」
「覚えてますが……」
言っても良いんですか?そうアルは目で訴えるが、レオンははっきり思い出せないのだから仕方ないだろうと促す。
「我が君がそう言うのなら」
嫌そうにそう言うと、アルは思い出すように少し斜め上を見上げ、深く息を吸い込んだ。
「『自分は聖女を守る為、極秘の任務でこの学園に来た。だが、目覚めた貴女の瞳は、紫ではないもののまるで聖女のような輝きに満ちている。何者かが貴女を襲った理由は、貴女を聖女と見間違えたからに違いない。可愛い人。何か思い出したら真っ先に私に伝えて欲しい。他の者には何も言わず、真っ先にこの私に。何故なら私は聖女を守る者だ。そして貴女の美しさは聖女のようなのだから————』」
「あー、分かった分かった分かった。もうそれ以上再現しなくていい。思い出した。思い出したから」
淀みない口調で再現してみせるアルに、レオンは焦って待ったをかける。
「この世の5本指に入る恥ずかしい事の1つは、自分の甘言を他人に復唱される事だな、まったく」
少し気まずそうに咳払いした後、すぐさま気を取り直したようにレオンは首を傾げた。
この男のメンタルは鋼で出来ているに違いない。
「でもそれが何だって言うんだい? 周りの誰が敵かも分からない状況なんだ。彼女が操られる寸前の事を何か思い出したら、真っ先に教えて欲しいと思うのは当然だろう?」
「ええ当然でしょうね」
「だろ? ほら、一体私の何がいけないって言うんだ」
「その下手な口説き文句がいけないっつってんのよ!」
自分に非はないと言わんばかりに椅子の上で身をふんぞり返す姿に、私は思い切り噛み付いた。
「へ、下手な口説き!? 失礼だなアンジェリカ! 私の口説き文句で落ちなかった女性はいないぞ!?」
「実績もってんのに、どうして分かんなかったのよ! その通りよ! 落ちちゃったのよ彼女!」
それの何が悪いのか。混乱しきった皇子を見兼ね、アイリスが口を挟んだ。
「レオン様……。魅力とは時に罪なものです……。ヘルフバーン家のご令嬢、ウィンディアナ様は、レオン様に魅了され、全てのお話を受け入れられたのです……」
「うん? 彼女は私を好きになったのかい? でもそんな事、良くある事だろう?」
死ぬほど自惚れたセリフだと思うけれど、この皇子にとっては真実に他ならないのだろう。
私はドスの効いた声で、アイリスを促す。
「アイリス。もっと端的に言ってやって」
「ウィンディアナ様とその取り巻きの方々は、自分こそがレオン様にふさわしい聖女だと仰って、日々私たちに嫌がらせをしております」
これ以上ないほど的確に、アイリスは言い切った。




