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長い1日の終わり③おやすみ



 静まり返った廊下に声が響き、慌てて口を手で押さえる。

 けれど、どうしたって収まりがつかない。出来る限りの小声で、でもまくし立てるような勢いで食ってかかる。


「冗談じゃないわよっ、何をどう見たら私が気に入られてるように見えるわけっ。だいたい、気に入られたのは———」


 スバルでしょ!

 そう言いかけて、私はハッとして口を閉ざす。

 レオンに秘めた想いを抱くアルに、それを言い放つのは憚られた。

 残った言葉を噛み殺し、逆になぜそんな恐ろしい発想に至ったのかを問い詰める。


「そもそも、どうしてそんな事思っちゃったわけ?楽しそうに見えたとしても、あれは猫がネズミをいたぶる時の笑い方でしょ?気に入ったなんて、言い方が良すぎるわ。」


 気に入られたように見えるなんて冗談じゃない。目を覚ましてよ。

 そう付け加えると、アルはキョトンとした顔を見せ、そして小さく吹き出した。


「……なんで笑うの」

「いや、レオン様がここまで女性に貶されるのとは思わなくて。従者としては失格だが、だが……くっ、ふふっ……」


 耐え切れなくなったとでも言うように、アルは等々声に出して笑い始める。


「ふふっ……。すまない。いや、今の言葉、聞かせたらきっと真顔になって沈黙するだろうなと思ってな。フラれた事のないような方だから、見て見たかった」


 そう言ってアルはいたずらっぽい顔で笑うが、私は憮然としてしまう。


「フラれた事がないなんて信じられないわよ。みんな表面上の上っ面に騙されてるのね。あんなに傍若無人で人を食ったような性格なのに」

「手厳しいな」


 私が不機嫌に語っても、アルはまだ笑っている。


「そんなに面白い?」

「ああ。思った以上に性格を見破られていて面白い。普段は人好きする仮面をかぶり続けているような人だからな。いい理解者が増えて、嬉しいんだ」


 レオンを茶化しているようで、その目はひどく優しい。

 その眼差しに誘われるようにして、私は思わず訪ねていた。


「レオンが好き?」


 あまりのストレートな質問に、聞いた自分がビックリした。取り繕うのは苦手だけど、これはあまりに歯に衣着せなさすぎている。

 慌てて言葉を注ぎ足そうと口を開くが、その前にアルは頷いていた。


「レオン様は俺の恩人だからな。あの人がいなかったら、俺は生きてはいなかった」

「そ、そうなの?」

「ああ。だから恩義を感じているし、好きかと聞かれれば、もちろん好いている。そうでもなければ従者なんてしてないさ」

「そうなんだー」


 自ら質問しておきながら、相槌が棒読みになってしまっているのは許して欲しい。

 だって。だって私の内心は、今とんでもなく大変な事になっているのだから。


(いやああああああ!!!アルがっアルがレオンを好きなことを認めたよおおおおお!!!)


 私の目に狂いはなかった。

 やはりアルはレオンを愛しているのだ!

 レオンの性格に振り回された私としては、人格者であるアルがレオンを好きなのは一抹の不安があるものの、それでも私はレオン×アルフレッドのカップリング信者なのだ。

 アルがレオンを好きだと言うのであれば、私はレオン×スバルルートを潰してでも、レオン×アルフレッドを推してみせる。

 私の目の奥が急に輝いたのに気付いたのだろうか。

 アルは唇に人差し指を当てた。


「だが、今の発言は秘密にしてくれ。じゃないと調子に乗られてロクな目に合わない」


 レオンの性格を知った今なら分かるだろう?

 言外にそう匂わせ、片目を瞑るものだから、私もとうとう吹き出してしまった。


「分かったわ。秘密ね。約束する」


 共犯者になると、心理的距離が縮まると言う。正しく今の私たちがそれだ。


「今日のことを、許してくれるか?」


 最初の頃よりもリラックスした表情で、アルが再度聞く。

 もう許さざる得ないと、私は苦笑いで頷いた。


「仕方ないわ。私を助けてくれた、アルの顔に免じて許してあげる。でも、二度目はないんだからね?」

「肝に銘じるよ」


 そして、アルは私の額に触れた。


「ア、アル……?」

「顔面からこけた時に擦りむいたんだな。まだ赤い」


 3階から落ちたところをアルに助けてもらったくせに、勝手にこけて怪我をした場所だ。

 突然の振る舞いに動揺するも、アルは一切気に介さない。

 擦りむいた額がむき出しになるよう前髪をかき揚げ———、そのままソッと唇を寄せてきた。


「えっ、えっえっ?!」


 額にキスされる?! そう思って硬直する私に、アルはただ、擦り傷に向かって息を吹きかけた。

 少しヒリ付いていた箇所が、冷たい風に晒されたように感じた。そして、風が去った後には痛みも違和感も待ったく感じなくなっていた。


「我が君がアンジェリカを気に入ってるのは嘘じゃない。どうしてかな。どこも似ていないはずなのに、我が君が慕っていたあの人に、何となく似た雰囲気があるんだ」


 私はもう、気に入られてなんかいないとか、あの人って誰とか。そんな反論をする余裕もなかった。

 ただかき揚げた前髪を下ろし、優しい仕草で整えてくれるアルを唖然と見守る。

 そして、誰の眠りも妨げない小さな声で囁いた。


「おやすみアンジェリカ。ゆっくり休んでくれ」


 アルの手によって、扉がそっと閉められる

 共用廊下の常夜灯の明かりが細くなり、そして見えなくなる。

 室内には、アイリスを起こさないように明かりが抑えられたランプだけ。


 私は胸を押さえた。

 私がときめいてどうする。




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