長い1日の終わり①
私は与えられた自室のドレッサーの前で、髪を梳いていた。
アイリスは疲れ果て、設置されたベッド1つですっかり寝入ってしまっている。
起こさないよう、最小にまで絞ったランプの光がユラユラと揺れ、私の影が波を打つ。
飴色のアンティークなドレッサー。細かな彫刻があしらわれ、一目で高価な物だと分かる。
備え付けの鏡に映った私の顔は、随分と疲れて青ざめて見えた。
(長い1日だったなぁ)
私はぼんやりと日中のことを思い出す。
あの後———、そう、レオンが私たちに、言葉は違えど利用するつもりだと宣言したあの後だ。
女生徒は無事に目を覚ました。
そして、思った通りと言っていいかもしれない。
彼女は全く何も覚えていなかった。むしろ、見知らぬ私たちに怯え、半ばパニックになっていた。
『誰なの?爺やは? あなたたち、まさかヘルフバーン家の娘と知って、私を誘拐するつもり?!』
彼女が叫び声をあげそうになるのを、アルが間一髪で口を塞いで止める。
けれどその行為が彼女の更なる恐怖を煽る。
全力で暴れ出した女生徒に、レオンが慌てて身分を明かす。
『落ち着きたまえ、ご令嬢!我々は怪しいものではない。この紋章は分かるだろう?キミはヘルフバーン家の娘だと言ったね。なら、私の顔も、少しは覚えがあるのではないかな?』
女生徒の顔が、怪訝そうなものから、ハッと気付いたものに変わり———、そして頬を赤らめたところまでを見納め、私はゆっくりと頷いた。
よし、逃げよう。
『スバル、彼女は何も覚えてないみたいだし、もうここにいる必要もないわ。行きましょう』
こっそりスバルに耳打ちし、アイリスに目配せをしてゆっくり扉まで下がる。
『え?ここにレオンたちを置いていってもいいのか?』
『良いに決まってるわよ。事件を追いかけてるのは彼らであって、私たちじゃないもの。それに、こんなところ誰かに見られて変な噂でも流されたら、ロクなことにならないわよ。只でさえスバルは注目されてるんだから、意味不明な因縁つけられるなんてゴメンでしょ?』
レオンもスバルが無用な注目を浴びる必要がないと分かっているのだろう。
ジリジリと後ずさる私たちに気付いていつつ、苦笑いするだけで何も言わない。
そして私たちは医務室から脱兎のごとく退散した。
その後は何となく教室に戻る気持ちにもなれず、私たちはスバルに学園中を案内して回った。
最後にスバルがこれから暮らす寮へと連れて帰ったら、そこにはレオンとアルが待っていた。
どうやらレオンはアルを連れて、スバルを護衛するために、自身も寮内に住まうことにしたらしい。
元々身分ある家の子どもたちが集う学園だ。
寮の中には客室も多いし、高級ホテルかと突っ込みそうになるほど、立派な部屋も用意されている。
すでに学園長にコネで話をつけたそうで、私は改めてレオンの持つ権力にゾッとする。
すぐさま使用人の為の区画に引っ込もうとしたところを、エプロンの後ろのリボンを引っ掴まれて捕まった。
『スバルをサポートするのが仕事だろう?なら、私たちと同じく、スバルの近くにいなきゃ意味ないんじゃないのかい?』
ニッコリ口角の上がる、紳士的だと思っていた、悪魔の笑顔。
私とアイリスはヘラリと曖昧に笑いながら、頷いた。
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