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鵲橋の星合

作者: 蛙雲

初投稿になります。


七夕の日に書きました、七夕の物語です。


よろしくお願いします。

あの日から1年が経つのは早かった。

願い事、なんて綺麗な呼び方をしているが、あれはただのエゴでしかない。

叶った試しなどなかった。


あれから、あの人は何をしているのだろう。


私はというと、許嫁と婚約を結び、他人から見れば幸せだと映るであろう毎日を過ごしている。

本当にそうなのか聞かれると言葉に詰まってしまうが、ただ、夫もまた私をちゃんと愛してくれているのは事実だ。

偽りない、心からの愛情が毎日言葉を交わさずとも行動ですら伝わってくる。


そういう面から言えば、私は本当に幸せ者かもしれない。



今は買い物帰りだ。

帰路の途中にある、児童センターの大きな笹を見てふとそんな事を1人悶々と考えていた。


暫くして、家のドアを開けると夫が待っていましたと言わんばかりに私の所へ来て、買い物袋を持って行ってくれた。


これから夕飯の準備である。


少し遅くなってしまった理由を聞かれて、私は隠すことも無く、児童センターの笹に短冊を下げていた、と答えた。

叶う事などないと分かっているが、やはりこういうものは「願い事を書いて吊す」という非日常的な行動が楽しかったりするのだ。


驚く事に、今日は休みであった夫も散歩の途中に同じ笹へ短冊を書いたらしい。


願い事の内容は、お互い内緒ということになって話題は変わっていった。







夕食を済ませてから、珍しく夜空が綺麗な今日は天の川でも見に行こうと夫が誘ってきたので少し遅めの散歩へ出かけた。



雲が消え、藍が溢れていた。



街灯が多くて、お世辞にも星が綺麗に見えるとは言えないが風情は充分にある。

今なら、歴史に残るような和歌の1つや2つ、簡単に生み出せそうだ。


土手の方へ歩いていくと、大勢の人が街灯の消えた土手に座って星を眺めていた。

今日の一時だけ、土手の街灯を消してくれているらしい。

私たちもそこにお邪魔して、2人で声も発さずに口を少し開けて上を見上げていた。

首が疲れたのだろうか、夫が不意に下を向いたのが横目に見えた。









「君は、僕で本当によかったのだろうか。」






夫が発した言葉に、すぐに当たり前だとは返せなかった。

突然どうしたのか、と聞き返すことしか出来ず気持ちの悪い間が生まれた。


「僕は今でも忘れられないよ。

君とのお見合いの最中、鬼の形相で乗り込んできた彼の事を。」


愉快そうに笑いながら、夫は思い出を懐かしむように話した。


「僕は確かに君の事が好きだ。愛している。

しかし、君はどうだろうか。

僕と居て、君は嬉しそうに笑ってくれる。

ただ、どこか空なんだよ、その小さな虚に僕は心を痛めずには居られない。」


夫は、自身の気持ちを整理するように、そして心做しか私を宥めるような、そんな雰囲気で話を続ける。


「僕は、別に婚約を断られたからと言って、君の家に不利になるような事はしない。

今の当主はこの僕だから。」


そうして、夫は苦しそうに核心をついた。






「だから、もう終わりにしよう。」






当然、私は首を横に振った。

受け入れられるわけないじゃないか。

夫の言うように、私もまた世代交代を経て家の当主となったがしかし、世間体というものも関わってくる。


それに、彼がまだ独りで私を待っているとは考え難い。

私は別れ際に、別に好きな人が出来たのなら必ずその人と恋人になるようにと、私のことは絶対に気にしてはいけないと、忠告したからだ。


「まだ気づいていないのかい。

少し先で、独りで立って星を眺める彼。

見覚えはないかな。」


言われた先へ顔を向けると、確かにそこには彼がいた。

こうして土手の街灯を消しているのはここら辺だけだろう、彼の他にも別の地域から星空を見に来ている人は多かった。


そして何の偶然か、彼もこちらを向いたのである。


彼が駆け寄ってきてしまった。

どう、言い逃れれば良いか。


「僕は大丈夫だ、これからも仕事仲間としてよろしくお願いしたい。」


夫は、私の指から指輪をそっと外して、川へ投げた。


「さぁ、行っておいで。

彼は僕がいるから、途中で足を止めてしまっているんだ。

君から行ってあげてくれ。」


「でも、」


「後で正式に離婚をしよう。

僕は、君の幸せを心から願うよ。」


そう言い渡して、夫はそっと、街灯の消えた土手の闇の先へ消えてしまった。


彼の元へ行くと、泣きながら、忘れられるはずが無いだろうと抱きしめられた。

それから、夫に言われた事を伝えて、またやり直すこととなった。




その日を境に、夫の指からも指輪は消えた。






















児童センターの笹の、女や子供では到底届かないような高所に一つだけ、短冊が掛かっていた。


《妻が、心から笑える日が来ますように。》


それは笹から外れて、星に輝く2人の元へ風に舞っていった。


ありがとうございました。

七夕というのは、一見恋人同士が逢瀬を交わすとても神秘的な行事に思えますが。

その中でも相手の幸せを心から願う人もいるのではないでしょうか。

むしろ、そちらの方がエゴに塗れた愛かもしれないですね。


不定期ですが、これからも出来が良いと思ったものは随時投稿していこうと思います。


初心者ですが、自分の作品にはとても愛を感じて書いております、これからも読んでいただけると嬉しいです。

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