冒険者ギルド
20時頃にもう一話投稿します
屋台から立ち上る食欲を擽る屋台や、興味を惹かれる珍品奇品が立ち並ぶ露店の誘惑を振り切りながらメインストリートを歩くこと暫し、満の目的地である冒険者ギルドへと到着した。
ムールの街の冒険者ギルドは、周囲が石造りの建物ばかりだというのに対して巨大な木造建築となっている。
満の世界の基準で言うと少し小さめの体育館といったサイズだろうか、建て材から大きさから、街の中でも一際目を引く建造物になっていた。
「わぁ……」
大きな木製の扉を開けて中に入ると、まず喧騒が満の耳を貫いた。
続いて木造建築特有の木の匂いに混じって香る料理の匂いと微かなアルコールの匂い。
奥にあるカウンターの向こうでは揃いの制服を着た職員が忙しなく冒険者の応対やら事務仕事に精を出し、中にいくつも並べられたテーブル席では仕事終わりなのであろう冒険者達が盛んに湯気を立てる料理と自身の冒険譚を肴に飲んだくれていた。
創作の世界だけのものだと思っていた光景が目の前に広がり、流石の満も感嘆の声を漏らしてしまう。
「おう兄ちゃん、見ねえ顔だな? 新入りか?」
「っと、すみません、ぼうっとしちゃって。初めて冒険者ギルドに来たものですから圧倒されちゃって」
入り口の前で立ち止まっていると、近くのテーブル席でジョッキを傾けていた屈強な男が満に声を掛けてきた。
そこで自分が通行の邪魔になっていることに気付き、満は小さく苦笑を浮かべ端に寄る。
「初めてってことは登録に来たのか。見るからにひ弱そうだし、命無駄にするだけだからやめとけ……って言うとこだが、お前さん、どうにも見た目通りってわけじゃねえな?」
「ええと……?」
「ゴミを捨てるみてえに人を殺せる、そういう人間特有の匂いがする。……いや、もう殺ってきてるな?」
「………血は浴びないようにしてきたつもりなんですが」
「いいじゃねえか、こんな稼業にゃ珍しい、将来有望な新人だ。俺はダリウス、なんかあったら俺の名前を出しな。この街のバカ共を止めるくらいの影響力は持ってるつもりだ」
「……はい、ありがとうございます。ダリウスさん」
ダリウスが差し出す手を取り握手を交わすと、ギルド全体を賑わせていた喧騒がいつの間にか水を打ったように静まり返っており、その場にいた全員が二人の様子を見守っていた。
そんな空気に居心地の悪さを感じていると、ダリウスは「呼び止めて悪かったな」と手を離し、ひらひらと振る。
それから満がカウンターに向けて歩き出すと、思い出したように喧騒が戻ってくる。
中にはあからさまに満を見ながら声を潜めて話す冒険者達の姿もあったが、それらはひとまず意識の外に追いやり空いているカウンターの前に立つ。
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者登録と、あとこれを」
カウンターの向こうに座る受付嬢がにっこりと尋ねてきたことに簡潔に返しながら、門で発行した仮の通行証とアイリスのギルドカードをカウンターにそっと置く。
するとアイリスのギルドカードを見た受付嬢の営業スマイルが一瞬ぴくりと綻んだ。
「……ご気分を害されるかもしれませんが、このカードはどちらで?」
「ここから二時間ほどのところにある森で持ち主の方が亡くなられていたので、せめてこれだけでも回収をと」
「承知しました。少々別室にて詳しいお話をお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
応えると、受付嬢は「ご協力感謝します」と添えて席を立ち、満を受付カウンターの横に設けられた部屋に先導する。
受付嬢に続いて部屋に入ると、そこはテーブルと革張りのソファーが置かれた、いかにも応接室といった風な部屋だった。
受付嬢に促されるままやや固いソファーに腰を下ろし数分待つと、再びドアが開き一人のギルド職員が入室してきた。
「申し訳ありません、規則となっておりますのでお話の間こちらの職員が《センスライ》の魔術を使用させていただきます。
質問に虚偽のないようお答えください」
《センスライ》。対象者が嘘を吐くと術者が察知できるという、審問用の魔術だ。
口調と扱いこそ丁寧なものの、完全に取り調べの体勢である。
もっとも、満としても「まあ普通に考えれば怪しむよな」と考えられるし、特に後ろ暗いことがあるわけでもないのでこの扱いに否やは無いが。
「ではまず、こちらのカードの持ち主が亡くなっていたとのことですが、それに虚偽はありますか?」
「いいえ」
「では、彼女が亡くなる要因にあなたは関係していますか?」
「いいえ」
「では遺体発見時からカードを回収するまでのあなたの行動を教えていただけますか?」
その問いに、満は森を探索中野盗が彼女の遺体を辱めていた場面に遭遇、野盗と交戦した後身元を確認するため荷物を改めカードを回収したということを受付嬢に伝える。
すると受付嬢は満の背後に控えた職員に視線を向け、一つ頷くと満に深く頭を下げた。
「応答に一切虚偽は認められませんでした。まずは取り調べについて謝罪を」
「いえ、そちらのお仕事なのは理解しているので」
「ありがとうございます。次にカードの回収についてもお礼を言わせてください。ありがとうございました。ギルド登録の後ほど回収の謝礼金が支払われますのでお受け取りください」
「あ、はい。ありがとうございます」
まさか謝礼金などというものがあるとは思っていなかったが、受け取れるものは受け取っておく主義なので素直に受け取ることにする。
というか懐が野盗から奪った幾ばくかのお金のみというのは少々心許なかったので、これに関しては満にとっても嬉しい誤算だった。
「野盗を討伐したということでしたが、その野盗というのは二人組の男でしたか?」
「はい、細身の男と熊のような大男の二人組でした。細身の方は魔力防御も使用してましたね」
「……なるほど、その二人組についてはギルドから懸賞金が掛けられているので、後日事実確認が取れ次第そちらもお支払いさせていただきます。三人の遺体の処理などはどのように?」
「勝手ながら屍化や鳥獣被害を避けるため冒険者の方については火葬を。野盗の方はその場に打ち捨ててあります」
「承知しました。シェリルさん、至急調査隊の編成をお願いします。それとダリウスさんに出していた依頼のキャンセル手続きも」
受付嬢がもう一人の職員に声をかけると、シェリルと呼ばれた職員は返事を残して応接室を出て行く。
受付嬢の言葉から察するに、先程のダリウスに二人組の討伐を既に依頼していたらしい。
図らずもダリウスの獲物を横取りする形になってしまったようだが、特に問題はないらしい。
「おそらく明日の夕方には事実確認が取れると思いますので、その時間になりましたらもう一度ギルドにお願いします。
それと、遅くなってしまいましたがギルド登録がご用件でしたね。ついでですので、こちらで済ませてしまいましょうか。代筆などは必要でしょうか?」
「いえ、大丈夫です」