命の軽さ
本日の20時頃にもう一話投稿します
「…………うん?」
目的の街道に向かって森の中を一直線に歩くこと十数分、強化された五感が満の足を止めさせた。
聴覚が複数人の男の声を、嗅覚が血の臭いをそれぞれ捉え、満の緊張感を一気に引き上げる。
素人なりに足音を立てないように、木立に身を隠しながら声の方向へと進む。
既に碌な予感がしないが、男達の声は奇しくも満が進みたい方向から聞こえてくる。
「おい、早くしろよ」
「るっせぇな、久しぶりの女くらいゆっくり遊ばせろよ……もう少しでイケるから待ってろ」
「なーんでいきなり殺しちまうかね……俺はお前と違って死体は専門外なんだけどなぁ」
「てめえと穴兄弟なんて死んでもゴメンだね」
気配を消して接近し、太い木立の裏に張り付いて男達の様子を窺う。
声の数と同じく、痩せ型の男と熊を思わせる巨漢が二人、痩躯の男は一本の木に背中を預けて座り込んでいて、巨漢は膝立ちになって腰を前後に盛んに動かしている。
よく見ると膝立ちの男の下には血の海に沈んだ少女の身体があり、男の前後運動に合わせて身体をゆさゆさと力無く揺らしている。
どうやら「そういう事」らしい。
「うわぁ……」
二人は盗賊か何か日陰の人間で、少女はその犠牲者という構図であろうことは明らか。
ただ命を奪うどころか、死後の尊厳すら弄ぶ巨漢には流石の満もドン引きである。
「……ッ! 誰だ!」
そんな動揺が出たか、満の足が落ちていた木の枝を踏みつけ、ぱきりと乾いた音を立てる。
それを耳聡く聞き付けた男達が振り返り、座り込んでいた男が素早く立ち上がると剣を構えた。
「そこにいる奴、出てこい」
剣を構えた痩躯の男が唸るように木の裏の満に呼び掛ける。
最早誤魔化せる状況でもないと判断し、満は一つ深いため息を吐くと両手を上げて男達の前に立った。
「なんだ、ガキかよ」
「邪魔してしまったみたいで、すみません」
姿を見せた丸腰の満を見ると、痩躯の男が舌打ちをして剣を下ろす。
少女の亡骸を弄んでいた男もズボンをずり上げ立ち上がると、遊びを邪魔された不機嫌を隠そうともせず武器であろう無骨な手斧を手に取った。
「別に邪魔なんて構わねえよ。さっさとてめえを殺して続けるだけだ」
「わぁ、話が早い……」
少なくとも屍姦趣味の男には満を殺すという選択肢しか頭にないらしい。
それにしても転生してすぐにこんなハードな場面に出くわすとは、女神としてはチュートリアルか何かのつもりなのだろうか。
それともこの世界においてこんなことは日常茶飯事なのだろうか。
「まあ、わかりやすくていいけどね」
「は?」
間抜けな声を漏らして、巨漢の首から上が胴体から離れ、転げ落ちる。
断面から噴水の如く鮮血が噴き出し、頭を失った巨体が崩れ落ちた。
「あれ、二人とも頭を落とすつもりだったのに……? ああ、魔力で防御しちゃったのか」
巨漢の身体が崩れ落ちると同時に倒れ込んだ痩躯の男を見て、満は首を捻る。
二人の首を落とすつもりで発動した風の刃だったが、一人だけ魔力で身体を包み防御していたためか、痩躯の男の首は未だ胴体にしがみついていた。
とはいえ、頚椎の骨にぎりぎり至らない程度まで首を切り裂かれては僅かな延命にしかならない。
中途半端に防御してしまい即死できなかった分かえって苦しくなってしまっただろう。
放っておいても数分と保たない命ではあるが、満は右手の指先を男の眉間に当てると雷の魔法を発動。
指先から迸った超高電流が男の脳を焼き、その命を刈り取った。
「さて、と」
男達が確実に死んだのを確認すると、満は被害者の少女の元に歩み寄る。
改めて見ると、歳の頃は満より僅かに下といったくらいだろうか、簡素な旅装に身を包み、護身用であろう短剣をスカートのベルトに下げていた。
顔立ちは垢抜けない印象を受けるが可愛らしく整っており、もう少し歳を重ねれば美人になっていただろう。
だが既にそんな未来は摘み取られてしまっている。
開いたままの目蓋を閉じて、手を合わせてから何か身元がわかるものはないかと少女の荷物を探る。
あまり長期の旅の予定ではなかったのか、荷物の中身は何食分かの干し肉と水、そして一枚の免許証サイズの金属板だけだった。
「ムールギルド支部所属……Fランク冒険者……アイリス……」
どうやら彼女は冒険者だったらしい。
Fランクがどの程度の序列なのかはまだわからないが、少女の姿を見るにおそらく駆け出しくらいだろうか。
身元がわかったところで金属板をポケットに仕舞い、もう一度手を合わせて先ほどよりも長めに祈ると、満は炎属性の魔法を発動。
高温の炎でアイリスの遺骸を燃やしてしまう。
女神によって書き込まれた知識によると、人間の遺体は放置すると大気中の魔力を蓄積しグールなどのゾンビ系の魔物へと変質してしまうことがあるらしい。
盗賊の遺体がどうなろうが満の知ったことではないが、流石に罪も無い少女が醜いゾンビ姿を晒してしまうのはあまりにも忍びない。鳥獣の餌食になるのも、また。
満はアイリスの身体が完全に灰になり、火が消えるのを見届けるまで祈りを捧げ続けた。