決定
店主は満を伴って部屋を出て、最初に満を出迎えた部屋の奥に設けられた上り下りの階段のうち、下りの方に進む。
階段は地下に続いており、下り続けて最初のフロアをスルー、地下二階に入ったところで目の前に現れた扉の鍵を開けて、中に進む。
扉の先に進んだ途端満の鼻が獣臭のような、なんとも言えない臭いを捉えた。
「糞尿は毎日清掃していますが、入浴は週一度になっておりますので臭いなど気になるかと思います」
「いえ、大丈夫です。お願いします」
振り返って満を気遣う店主の言葉に感謝しつつ、先を促す。
すると店主は更に奥へと進み始め、満もその後を追う。
薄暗い部屋は真ん中に通路を挟んで左右に牢が設けられ、右側の牢に男の奴隷が、左側の牢に女の奴隷が入れられているようだった。
部屋の奥、突き当たりにはもう一つ部屋があるようだったが、そちらは鉄製の扉で硬く閉ざされていた。
「お気に召すものは居ましたか?」
「そうですね……女性が望ましいですけど……」
女性の牢に目を向けるが、そこにいる手頃な年代の女は痩せ細り衰弱したり、明らかになんらかの病を患っていたり、身体の一部が欠損していたりと女神の依代として満が求める人材には当たらない。
そのほかといえば口減らしにでも出されたか、日本において小学生にもならないであろう年齢の子どもや老婆など、こちらも欲する人材ではない。
「奥の扉には何が? よほど凶暴な奴隷でも入れられてたり?」
「ああ、あれですか。最初はそのように使っていたのですが、今はむしろ逆ですね。ご覧になりますか」
そう言って店主が鍵束から一本の鍵を取り出し、満が指した鉄扉の鍵穴に差し込み、扉を開ける。
すると生じた僅かな隙間から純白の光が漏れ出し、部屋を明るく照らし出した。
「こんな具合で四六時中発光しているものですから、他の奴隷達が眠れないと文句を言いましてね。食事も排泄の世話も必要としないのでここに入れているのです……お客様?」
光に目が慣れると、その扉の奥には身体に白い光の膜を纏った一人の少女が椅子に座らされた状態で目を閉じていた。
その少女の姿に、満は思わず目を釘付けにされる。
艶やかな長い濡羽色の髪に、整った顔立ち。豊かな丘陵と美しい曲線を描く肢体を純白の貫頭衣一枚で包んだその少女の姿は、満がよく知る人物そのものだった。
その人物の名は、桜咲 雛乃。
「……彼女は一体?」
声が震えるのを必死に抑え、努めて平静を装って店主に尋ねる。
「三年ほど前に近くの森に倒れていたのを食い詰め寸前の冒険者の方が拾ったようで、即金で買い取ってくれと持ち込まれまして。
黒髪などこの辺りでは珍しいですし、何やら光を纏っているのも興味深かったので買い取ってみたのですが、三年間一度も目を覚まさない上に……」
そう言いながら店主が少女の頭に手を触れようとすると、彼女が纏う光の衣がぱちっと弾け、店主の手を跳ね除けた。
「こうして物理的な干渉はおろか奴隷魔術、各種魔法、解呪儀式の類の一切も弾いてしまう始末でして。
どうすることもできずここにしまい込んでいたのです」
「へぇ……」
「どういうわけか歳をとっている様子もないですし、見る人皆様が不気味がって買い手もつかず……っと、愚痴になってしまいましたな、お恥ずかしい」
「いえ、ちなみに彼女を売るとしたらいくらで売りますか?」
「そうですねぇ……見た目はいいですが奴隷魔術を掛けられていませんし、目を覚ました後の責任を持てませんので、大銀貨一枚でも頂ければ上々といったところでしょうか」
その言葉を聞いてから満の行動は早かった。
店主に見咎められるのも厭わずに空間を開き、財布代わりの革袋を取り出すと中から大銀貨を五枚取り出す。
責任を持てないと言っておきながら大銀貨一枚はかなり足下を見られているとは分かっていたが、そんなことは今の満にとってどうでも良かった。
むしろ金で彼女の身柄を受け取れるというのなら、幾ら払おうとも構わない。
「これで彼女を買います。いいですね?」
「……ええ、お買い上げありがとうございます。それと、余剰分はお返しします。私もこの商売に誇りを持っておりますので」
「……それは失礼しました。頭に血が上っていたみたいです」
満が差し出す大銀貨を一枚だけ抜き取り、懐にしまい込むと店主はどこからともなく取り出したベルを鳴らす。
すると上階からスタッフと思しき女性が二人現れ、少女の身体を椅子ごと抱え上げて上階に消えていった。どうやら光の膜によるガードは物体越しに接触する分には問題ないらしい。
「あのままでは目立ちますゆえ、木箱にでも入れて馬車でお客様とご一緒にお送りいたします。では諸々の手続きがありますので、先程の部屋に戻りましょう」
「はい、ありがとうございます」
「なんの。お客様にとっては値千金でも、私どもにとっては長年の不良在庫。それが売れたのですから私達にとっても喜ばしいことです」
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