表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

推しを見守るために、三十分以内に異世界から帰還する!

「よくぞ召喚にこたえてくださった勇者よ」


 今日は、私の大好きなソシャゲアニメの放映日。

 愛する推しの雄姿を録画するべく、テレビの前で準備をしていると、突然目の前が真っ白になった。

 そして、気が付くと、私は知らない、でも、見慣れた場所にいた。


 最近、流行りの、異世界転移もののアニメでおなじみの、王様のいる玉座の間だ。

 私は毛足の長い赤いじゅうたんの上にテレビの予約の設定をしている姿勢でいた。

 リモコンは一緒についてきていない。

 頭のはるか上の方からかけられた声に視線を上に向ける。


 階段のようになっている台の上、金でできた椅子に、頭と同じような大きさの王冠をかぶった男性が座っていた。

 いかにも王様といった格好をした男性は私のことを静かに見つめると、再び口を開く。


「ワシの名は……」

「すみません。早く帰りたいので、私をこの世界に呼び出した訳を話してください」

「ふえっ!」


 王様の言葉を遮り、私は用件をすぐに伝えるように言った。

 異世界転移ものアニメのセオリーから言うと、主人公が異世界に呼び出されるのは、問題解決の役割を背負わされることが多い。

 なら、さっさとその役割を果たそうと思ったのだ。


「貴様、王様のお言葉を遮るとは無礼だぞ!」

「この国どころか、別の世界の人間をいきなり呼び出すのは、無礼にならないんですか?

 というか、これ、誘拐ですよね?」

「ぬぐっ!」


 王様の言葉を遮った私に対して王様の近衛兵が私を注意してくるが、悪いことをしたとは思わない。

 自分が今さっき言った言葉の通り、この世界に了承もなくいきなり連れてくるなんて、誘拐なのだから。

 私のの言葉に兵士は言葉を詰まらせた。


「本当に申し訳ない。貴方の怒りは、最もだ。しかし、我々も、それだけ追い詰められているのです。どうか許して欲しい」


 兵士を制して、階段台を降りきた王様が私に対して謝罪をしてくる。

 小娘である私に対し、頭を下げることができる大人なんて、元の世界でもなかなかいない。

 この王様はかなり人間ができていると、私は思う。


「私からも謝罪をさせていただきます。貴方の許しもえず、この世界に呼び出してしまって、ごめんなさい」


 王様の後に、青い水晶をそのまま服にしたようなエッチな衣装を着た女性が天井から降りてきて、私に謝ってきた。

 そのつま先は絨毯から離れている。

 宙に浮かんでいるのだ。

 よく見れば、金色の彼女の髪の毛は僅かに発光しているようにも見えた。

 王様と同じく、分かりやすい外見に、私は彼女が何者であるのかが分かった。


「貴方は、この世界の女神様ですか?」

「ええ、私たちが貴方をお呼びしたのは、貴方に魔王を倒して欲しいからです」

「ふむ、なるほど、わかりました」


 美人で、人外、主人公を異世界から呼び出したもの、といえば、女神様だ。

 そして、女神に呼び出された人間が頼まれるのは、だいたい魔王退治である。

 この世界がテンプレ異世界転移の魔王討伐ものであるなら、魔王を倒せば、私は役目を終えて、元の世界へ帰ることが出来る。

 逆に言えば、魔王を倒さない限り、私は元の世界へ帰ることができないのである。


「魔王討伐に力を貸してくださるのですか!?」

「はい、でも、私、この後用事があるので、三十分、いえ、二十五分後には帰らせていただきます」

「さ、三十分以内に魔王を倒すというのですか!?」


 そう、私は、推しが出るアニメの放送時間の三十分前に……、

 いや、 まだ終わっていない録画の設定時間を考えれば、あと二十五分以内に、元の世界に帰らなければならないのである。

 

「ええ、さて、それでは、レベルを上げる魔法薬を国にあるだけ出してください。最高の装備もお願いします。

 レベルをカンストさせ、装備を整えた後、女神様に魔王のところへ転送してもらい、魔王を倒します」


 RPG的ゲーム感覚でいくなら、レベルをカンストさせ、圧倒的レベル差でラスボスを倒すのが一番簡単な攻略方法だ。

 ゲームキャラではないこの世界の人々の力を借りることができるのであれば、それを利用するのが一番だろう。


「魔王のところへ転送するのは構いませんが……王、レベルを上げる薬を用意できるますか?」

「……その、勇者様の今のレベルは、いかほどなのでしょうか?」

「5です。レベルをカンストさせるには9995本の魔法薬が必要です」


 9995本!? この世界のカンストレベルは、10000!? そんなレベル設定にしているゲームを私は知らない。

 探せばあるのだろうか……。

 だが、今はそんなことを考えている場合ではない。


「9995本!? そ、それは、その、ちょっと難しいのですね。城ですぐに用意できるのは、50本です」

「それでは、すぐに用意をさせてください」

「わ、分かりました」

 

 王様は目を見開いて私を凝視した後、近衛兵を呼び寄せ、薬を用意させるように命令をしていた。

 私は女神様に確認を取ることにした。


「女神様が薬を用意することは、できないのですか?」

「その、レベルを上げる薬は世界のバグが結晶化したものなので、私が意図して用意することができないのです」

「なるほど、レベルを上げる薬は貴重なんですね」


 私が頷いた後、女神様はおずおずと私の様子を窺いながら訪ねてきた。


「あの、でも、薬を飲み切れるんですか?」


 50本ですよ? と、女神は念を押すように私に問いかけてくる。


「飲み切りますよ」

 

 推しのためなら、腹がたぽんたぽんになろうが飲み切れる。

 飲めなかったら、もう、最終手段を使うのも、覚悟完了済みだ。

 私の決意と覚悟を感じたのか、女神は何も言わなくなった。


「ところで、魔王のレベルはいくつなんですか?」

「ええと、その、魔王のレベルは37564程になります」

「なんで、勇者のマックスレベル軽々超えているんですか?

 私のレベルをカンストさせても、17564のレベル差がありますよ?

 レベルをカンストさせても、瞬殺されてしまうのでは?」


 私の当然の疑問に女神は首を振った。


「いいえ、レベルが足りなくても、魔王は魔法は勇者である貴方を攻撃できないはずです!

 だからこそ、貴方の力が必要なのです!」


 女神の言葉に私は首を傾げる。


「それでは、勇者のレベルが50でも、魔王を倒すことはできるのですか?」

「いえ、あの、その、さすがにもっとレベルがないと……」


 私の問いで、女神はわたわたと焦りだした。

 きょろきょろと目を動かし、何やら言葉を探している様子だった。


「その、ええと、ほら、いくら魔王とはいっても、あんまりじわじわ殺すのは可哀そうではありませんか!

 そう、そうです! それに、30分以内に魔王を殺すことができないじゃありませんか!」


 挙動不審な様子の女神の言葉に、私の中で不信感が一気に膨らんでいった。


「とにかく、魔王を無力化すれば良いんですよね? 

 ならば、女神様が魔王を封印するなり、討伐するのが、一番だと思います」

「そ、そんな、そんなことしたら、バレちゃうじゃないですか!」


 バレちゃう?

 女神はさらに目をぎょろぎょろと動かし、手指をこすり合わせ始めた。


「……ああ、いや、その、出来なくはないですが、そう! 封印の術は私にすごく負担がかかるんです! 

 封印をすると、私はかなり深い眠りについてしまうんですよ!

 魔王が封印したとしても、そのあと、魔王が復活しとき、私が眠りについていたら、魔王に対抗できるものがいなくなってしまうでしょう?」


 ね? ね? と、女神は私に納得をするように促してくるが、先ほどの発言を聞いた後の、この態度と言葉を信用することなんてできない。

 女神の傍に立つ王様もなんとも言えない顔で女神を見ている。


「……それでは、私のように、魔王を異世界へ転移させてしまえば、良いんじゃありませんか」

「そ、それは、そのう、ま、魔力が大きすぎるものを異世界に転送するのは、その、私にはできないんですぅ……」


 おい、待て。

 私はここまでの会話である考えに思い至り、それを確認すべく、女神を問い詰めることにした。


「……女神様」

「な、なんでしょうか?」

「先ほど、貴方は魔王は私に攻撃できないとおっしゃいましたね」

「は、はい、いましたが……」

「それでは、何故、女神様は私のことを召喚することができたのですか?」

「え、あ、そ、そのあのですねぇ……、そう! 私が世界を守護する女神だからですよ!」

「つまり、この世界の管理者側の存在である女神様は、他の世界の存在に干渉することができるというわけですね」

「は、はい。そう、なりますね……」

「しかし、魔力が高いものは、転移させることができなくなると……」

「……はい……」

「つまり、女神様、貴方が異世界から召喚することのできる人間のレベルの最大値は5ということですね?」

 


 私の言葉に、女神はびくりと体を震わせ、そして、視線を下に向けた。

 それで私の考えが正解していることが分かった。


「……あ、そのお、えええと、ですねぇ……」

「異世界の人間に魔王を倒して欲しいのであれば、私のような一般人の小娘を召喚するよりも、軍隊の兵士や格闘技の達人を召喚すれば良い話です。

 なのに、それをしないのは、彼らのレベルが5を突破しているから。

 つまり、私が1でもレベルを上げれば、私は元の世界へ戻ることができなくなる。ということです」

「あ~、そのぅ、う~」

「貴方は、私を騙し、魔王を討伐させた後は、この世界に捨て置くつもりだった。もう、貴方を信用することなどできません」


 言い訳もできずに、うめき声をあげることしかできなくなった女神に、私は彼女の真意を明らかにして突き付けた。


「……バレてしまったものは、仕方がありませんね。

 しかし、貴方を元の世界に返してあげるつもりはありませんよ。

 魔王を討伐するつもりがないのなら、さっさとこの城から出て行ってもらいます!

 勿論、無一文でね!」


 私に考えを見抜かれた女神は、開き直り、ふてぶてしいニヤケ顔を浮かべて私を見下ろしてきた。


「め、女神様!?」

「お黙りなさい、王!」


 女神の発言に、王様が慌てた様子で彼女を呼ぶ。

 そんな王様を、女神は高慢な態度で黙らせる。

 

 これが彼女の本性なのだろう。

 私は目を細めて彼女をじっと見据えた。


「この城から追い出すかどうかを決めるのは、貴方ではなく、王様では?」

「ふふふ、王が私をどう思おうと、彼らは私の祝福がなければ平和に暮らすことができないのです。

 この世界の人間は私のいうことをきくしかないのですよ」


 彼女の言葉に、王様は顔を青ざめさせた。


「逆らえばどうなるのですか?」

「ふふふ、毛虫にも、ネズミにもできますよ! なんならこの国の存在を消すことだってできます!」


 なんなら見せてあげましょうか? と、女神はその指先を王様に向ける。

 王様は女神を目を見開いて見ていた。


 私は、そのとき、考えていた。


 だって、こんな女神の言うとおりにするなんて嫌すぎる。

 絶対に、こいつの思い通りになんて、なってやりたくない。

 こいつの狙いを外して、こいつの願いを叶える。

 そんな方法を私は考えていた。

 

「……」

「ふふふ、どうします?

 魔王を討伐を目指すというのなら、最低限の装備とお金を渡した上で貴方の旅立ちを祝福してあげましょう!」


 女神が勝ち誇ったニヤケ顔で、勝利を確信した余裕に満ちた態度で、私が屈する瞬間を待っている。


 ………

 ………

 ……!


「さぁ、観念して勇者になりなさい!」


 私はゆっくりと首を振った。


「いえ、私は勇者にはなりません」


 私の答えに、女神は愕然として、固まった後で、鼻息を荒くして怒り出した。

 癇癪を起した子供のようだ。


「んなっ、諦めの悪い人ですね! 

 貴方が勇者にならないとだだをこねても、私は、貴方を元の世界に戻すつもりはありませんよ?」

「いいえ、貴方は、私を元の世界へ帰すしかなくなります」 

「ど、どういうことですか?」


 女神は私がただ彼女の意に逆らい、勇者にならないと言っているのではない。ということに気づいた。

 私は、彼女が私に考えを話すように促すまで、待った。


「何か、考えがあるのですね。話してください」


 ここだ!

 私はゆっくりと、できるだけ、感情を込めることなく、淡々とした口調で話し出した。


「私は、貴方にこの世界を分割することを提案します」

「世界を分割?」

「そうです。この世界から、魔王のいるところを分割するんです」

「んなっ、そ、そんなこと…いえ、なるほど……!」

「世界から魔王のいる場所を切り離してしまうことは、貴方であれば出来るのでしょう?」


 人間を毛虫やネズミに変え、世界からこの国程度を簡単に消し、異世界から小さな存在とはいえ、人間を召喚することができる女神なのだ。

 世界の管理者を自称するのであれば、世界を分割することなど朝飯前だろう。


「そう、ですね、魔王の魔力が及んでいる部分をこの世界から切り離せば……なるほど!

 それなら、バグを言い訳に出来る!

 バレないわ!」


 女神はしばらく考えた後、興奮した様子で両手を握りしめ、振り回す。

 顔を赤くして口端を引き上げている様子から、かなり喜んでいるのが分かる。


「世界を分割する場合、この世界に、私をおいておくわけにはいかないでしょう?」


 彼女が魔王を相手に手を出せないのは、彼女が直接魔王に手を下すことが彼女の不利益になるから。

 その理由は分からないが、バレるバレないと言っているところから、魔王に接触することで、魔王の存在が彼女よりも上位の存在に知られてしまうのだろう。

 なら、できることは一つ、それをこの世界から消し去るしかないのだ。


 そして、勇者の存在が魔王の存在と同じようなものだと考えるのであれば、彼女は私のことをこの世界においておく訳にはいかない、はず。

 

 心臓が早く、大きくなっている。

 喉元まで鼓動の音と心臓が胸を打つ振動に、胸が痛くなるようだ。


 私は女神の言葉を待った。


「確かに、まだレベルの上がっていない、魔力を持たない貴方を世界から切り離すことはできません。

 しかし、この世界の異物である貴方のことをこのままこの世界においておけば、この世界を分割するとき、バグに…んん、何が起こるか分からない。

 分かりました。良いでしょう。あなたを元の世界に戻しましょう」


 良し! 

 心の内でガッツポーズをとる。

 瞬間、私の視界はこの世界に召喚されるときのように真っ白になった。


「さようなら、勇者様」


 次の瞬間、私は元の世界のテレビの前に戻ってきていた。

 アニメが始まる五分前、私は絨毯の上に落ちていたリモコンを拾い、途中だった録画設定の続きを始めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ