日報9『爆発』
好きなタイトルの仕事が入ってきた。意気揚々とカット袋を取ると、端の方に好きなキャラの名前が書いてある。心の中でガッツポーズをし、自席へ戻ると、早速中身を取り出した。
「・・・キャラはいるけど爆発メインじゃん。」
数枚ロングで小さいキャラが歩いているそのあとは延々と爆発と土煙が舞う。しかも爆発も土煙もどちらも輪郭線が同じ赤色で描かれているので分かりにくい。原画では影の色塗りが別色の色鉛筆で塗り分けられているからなんとか境目が分かるが、動画ではパッと見、全てが一塊に見える。スキャンをしながら内容を見ると、どうも中割り部分の動画は境目が怪しい。溶けている箇所もありそうだ。
「どうせ好きなキャラ塗るならバストアップの止めイチがいいなぁ。」
などとつぶやいていると、隣の席の北町さんから突っ込みが入った。
「そうそう都合のいい仕事はありませーん。好きなタイトルが入ってきただけでも良かったじゃない。」
「そうなんスけど、やっぱり綺麗に顔が描かれてるのも塗りたいじゃないですか。」
「じゃあ早くそれ塗り上げて次のカットを取ればいい。」
「簡単に言ってくれますけど、内容これですよ?」
「どれどれ?あー、これは結構時間かかるね。ご愁傷様。」
肩をポンポンと叩かれ、慰められる。
「せめてどっちかを実線で描いてくれてればなぁ。」
線の色は後からいくらでも変えられるので、動画は実線でも問題ない。むしろ色トレスと実線で分けてくれた方がこの場合はありがたい。実際には爆発と土煙の境目を原画を見ながらポチポチと区切っていって色分けをする。まずは原画のある所から塗り、順番に中割り部分を潰していく。
「ああ、やっぱりちょっと溶けてるなぁ。」
境目が上手く区切られておらず、塗り分けができない箇所があったが、少し線を伸ばしてやるだけでなんとかなりそうだ。土煙を塗り、爆発と透過光を塗る。そういえば最近の作品では透過光を別セルに分離する事が少なくなった。まあ、今は別セルに分離した所で単価は発生しない事が多いので、仕上げ部門の手間が減るのは良い事だ。
「ここは土煙、ここは爆発。爆発、爆発、土煙。」
ほぼ一塊に見える物体を丁寧に塗り分け、セルを進めていくと、段々と爆発の面積が少なくなり土煙で画面が一杯になる。土煙だけになったあとは比較的楽にペイントできた。影付けがパカっている所が一ヶ所あったが、どうにも修正できそうにないので、メモを付けて出す事にする。
「A32からA33の右下部分に影パカがあります。ご確認下さい、っと。」
テキストメモをカットフォルダ内に作成し、検査さん宛のメモを残す。あとは動検なりデジタル動検なり、作画さんのお仕事だ。ちょっとした修正ならば自分たち仕上げもやる事はあるが、やはり正確な上がりを出すには作画さんに見てもらうのが一番だと思っている。というか、一応動画検査のチェック欄に印が入っているのだが、見落としなのか手抜きなのか。
ほぼ一日がかりでの作業を終えると、まだ棚には薄いカット袋が数袋残っていたので取りに行く。
「やった!まだ残ってんじゃん!」
朝と同じ、好きなタイトルのカット袋だ。思わずその場で中身を取り出す。すると、好きなキャラのアップで止め一枚、口パクのカットだった。足取り軽く自席へ戻ると、北町さんにしなくてもいい報告をする。
「北町さん、北町さん!都合のいいカット取りましたよ!」
「何よ、もう。うるさい。」
「ジンクス破りましたよ。好きなキャラのアップ止めイチ!口パクもありますけど。」
「はいはい、良かったわね。こっちは明日アップの検査もの積まれてるんだから集中させて。」
「はい、すみません。お騒がせしました。」
愚痴を言いながらも相手をしてくれる北町さんはとてもいい先輩だ。イヤホンをし、集中しようとしている彼女の邪魔にならないように、せめて静かにしていよう。
「さぁて、めっちゃ綺麗に補正して上がり出すぞ!」
つい先程までは爆発土煙に全エネルギーを吸いとられていたと思っていたが、好きなキャラを目の前にして、俄然やる気が沸いてきた。人間とは現金な生き物である。