日報51『モブ3』
「うわぁ・・・これは・・・。」
朝イチに引いたカットは名前のあるキャラが全くいないモブだけのカット。それ自体は珍しくないが、一枚にモブキャラが十二人まとめて描かれていて揃って動いているカットはそうそうない。
Aセル四十八枚、十二人が揃いの服で服の指定は全員同色。肌と髪は中央から右、左と順々にモブカラーモデルのAからJまでとAとBをもう一回ずつ使用して十二人を塗り分け。顔は瞳が点ほどの大きさなので瞳の塗りはないし、服もTシャツとパンツ、靴が塗り分けられる程度の簡単な作画だが、Tシャツの前中央には貼り込み用の仮色の四角形が描かれている。それと帽子やバンダナをかぶっているキャラが数人。あとはBセルが一枚、こちらは十数人のモブで自由彩色。
「踊ってる集団と見てる観客か?にしても今時ダンス物を作画でやるのかぁ。カット番号若いし本編にあんま関係ないとこなんかな?」
Aセルを流して見てみると綺麗に揃って踊っている。
「しかし十二人か、終わるのかコレ。」
とりあえず指定の通りに服を塗ってしまって、肌と髪を順に塗って行く。一枚を塗り終わるのに思っていたより時間がかかってしまった。単純計算で見積もって今日中には終わらない。
「やっべえ、コレ終わらないぞ・・・。」
デジタル動画だが何故か線が荒れていて、補正も手を抜けない。手を抜くと言うとちょっと印象がアレだが、手描きにスキャンの動画と比べてデジタル動画は普通、ある程度線補正は飛ばせる。それができないのがこの大人数と枚数では絶妙に痛い。
「なんでこんなに線がドット欠けしてるんだ?カット袋の書き込みは・・・、やっぱデジタルだな。どうなってるんだ、このカット?」
気にしたところで線が綺麗になる訳でもなし、とにかく塗るしかない。
「午前中にあと十枚、いや、せめて九枚は・・・。」
意気込んで手を動かしたが、昼休み前に塗り終わったのは全部で八枚。九枚目は四人を塗り終えたところで昼休みの時間になった。とりあえず昼食を済ませてしまって、作業を再開しよう。そうでないと、とてもじゃないが終わらない。
「なーんかバタバタしてるわね、大変なのでも引いた?」
隣の席の北町さんがサンドイッチを頬張りながら聞いてきた。
「北町さん、今日って塗りやります?実はこんなん取ったんスけど。」
縋る思いでAセルを流したモニターを見せる。すると納得した顔で、残りのサンドイッチを口に押し込んだ。
「これはしんどいわね。今、何枚終わってるの?」
「九枚目の途中です。一枚に十五分程度かかってるので、終電までに塗りは終わっても、検査は間に合わないと思うんスよ。」
「いいわ、今日はたぶん打ち込みだけだから、終わったら手伝いに入る。」
「本当っスか?ありがとうございます!とりあえずBセルだけでもお願いしていいですか?自由彩色なんですけど、一枚だけです。」
「了解。服だけ色被らなければいい?」
「そうっスね。髪肌は十色全部使い切ってるんで、散らして使ってもらえれば。」
頼もしい味方を得た。手伝いに入ってもらえればなんとかなりそうだ。
予定表のホワイトボードには今日がアップ日だと記入してあったので、明日にこぼす事は難しいだろうが、一応制作に確認してみようか。
「すみませーん・・・。」
制作ブースに行ってはみたものの、やはり良い返事は返ってこなかった。自席へ戻って、大急ぎで昼食のおにぎりの包装を破り、かぶりつく。
「やっぱり今日アップだった?落とせないって?」
「はい、なんでも結構スケジュールがギリギリな劇場作品らしくて、できれば上がりも早くほしいそうです。なので北町さん、手伝いホントお願いします!」
「了解。まあ、作画自体は簡単だし、分けたところでパカりもしないでしょ。」
「あ、そういえば線がめちゃくちゃ汚いっス。線補正はある程度綺麗にしとかないとガタに見えるかも・・・。」
「どれどれ?」
北町さんがサーバーからデータを落としている間に二つ目のおにぎりを手に取る。
「本当だ。なんでこんなガッサガサな線なんだろ?デジタル動画なのに。」
「ですよね。でもデジタルの動画さんがどんな手順で作業してるのか全く知らないんで、どこをどう直してほしいかも突っ込めないし。・・・ん!ゲホッゲホ!」
おにぎりを慌てて口の中に入れすぎたせいで咽せてしまった。
「ちゃんと手伝ってあげるから、ご飯くらいゆっくり食べなさいよ。ほら、水分摂りな、水分。」
ペットボトルのお茶を喉に流し込み、残りのおにぎりをゆっくりと頬ばる。食べ終わるとすぐにモニターに向かった。
三時休みになった時点でも一向にペースは上がっていなかった。やはり線補正に時間を取られるのが痛い。塗り自体はわりと簡単な部類だと思うのだが。
「進捗どう?」
「やっぱ一枚十五分ペースです〜。終わんね〜。無理〜。やばい〜。助けて、北町さーん。」
「一応私も制作に確認してくるわね。直に手伝いに入っていいか。」
「ありがとうございます、お願いします。
お茶を一口飲み、一度席を立って背伸びと屈伸をしばらく繰り返す。身体中の関節がバキバキと鳴った。
「さて、やりますか。」
椅子に座り直し、作業を再開する。と、ほぼ同時に北町さんが戻ってきた。
「OK出たよ。あんまり遅くならないでほしいって言われたけど『それは無理です!』って言っておいた。早く上がりが欲しいんなら、最初っから分けてればよかったのに。」
「ホントっスよ!一枚に一人の作画だったら五百枚超えのカットっスよ!終わるわきゃねえ!」
「落ち着け落ち着け。今、見てきたら棚もそんなに乗ってなかったし、他にも手伝いに入ってもらえるんじゃない?」
「ぜひお願いしますマジで本当に・・・。」
モニターに向かいながら、祈りにも似た言葉が口から漏れる。
時間が経つにつれ、集中力がなくなっていくのが自分自身でわかる。髪と肌を順番に塗っていたはずのに、最後の一人がAになってしまった。どこかで同じ色を続けて使ってしまったのか?最後の一人はBにならなくてはいけないのに。
カラーモデルから肌の色をスポイトし、確認していく。するとFの肌色が二人のキャラに反応した。
「しまった、ここか。」
後の方のキャラから肌と髪を塗り直していき、修正する。その時、救いの手が差し伸べられた。
「南花、Bセル終わったわよ。Aセルどこからやればいい?」
「ありがとうございます、北町さん!とりあえず後ろから四枚くらいお願いしてもいいですか?」
「了解、四枚ねー。」
現在時刻は十九時半、塗り終わったのは三十四枚。北町さんの手伝いが入って、計三十八枚。あと十枚、できればもう少し手伝いに入ってもらいたいところだ。
「これはなかなかキツいわね。」
北町さんでも苦戦しているらしく、弱音とも聞こえる声が耳に入ってくる。
「南花は何枚目?」
「今、三十五枚目塗ってます。・・・四枚って多かったですか?」
「いや、まだこの時間だから大丈夫だけど、そっちは?」
「正直あと少し手伝いほしいっスね。」
モニターから顔を逸らさずに答える。
しばらくすると今日の社内分が終わったようで、手伝いを呼びかける声が聞こえてきた。手を挙げて声をかける。
「すいませーん。終電やばい人いなかったらこっちお願いしまーす。」
「はーい。」
ひとまず端まで確認してもらってから手伝いに入ってもらおう。
「他は大丈夫みたいです、南花さん。」
「じゃあこれ二枚お願いします。線が荒れてるから補正は丁寧めで。」
付箋に作品名とカット番号、セル番号を書き付けた物を渡す。
「二枚だけでいいんですか?」
「メカじゃないけど、内容コレだから。」
モニターを見せるとすぐに納得した顔になっていた。そしてその後ろからもう一人、手伝いを申し出る人が声をかけてくれた。
「まだ手伝いいる?」
「あ、すいません。二枚お願いします。」
急いで付箋にカット番号等を書いて渡す。これでだいぶ目処がついたが、できたらあと二枚くらいは手伝ってもらいたい。
三十六枚目に取りかかったところで、また一人、手伝いが回ってきた。手を挙げ、呼び止める。
「すいません、お願いします。」
「OK、何枚?」
「これ二枚で。」
「了解。」
書き付けた付箋を渡してお願いをする。これであとは自力でどうにかなりそうだ。
自分の分はあと一枚というところで、北町さんにお願いしていた分が上がってきた。
「終わったわよ、そっちは大丈夫?」
「はい、あと一枚なんでなんとかなりそうです。」
「南花さん、終わりました。」
最初に手伝いに入ってもらった後輩が報告にきた。
「ありがとうございました。あとは大丈夫なんで。」
「はーい、お疲れ様です。」
北町さんを含め、十枚を手伝ってもらったおかげで、なんとか検査にも時間を充てられそうだ。今日の作業枚数はだいぶ少なくなってしまったが、仕方がない。
「じゃあ南花、お疲れ様。」
「ありがとうございました。お疲れ様です、北町さん。」
どんどんと社内から人が引いていく。残りの一枚が終わる頃にはあと二人に手伝ってもらった分も上がっていた。一応、自分以外の人に仕上げてもらったセルの肌、髪色を確認する。特に肌色は見た目では区別があまりつかないので、確認が必要だ。塗り色に間違いがない事を確認したら、彩色チェック、その後モーションチェックを繰り返す。
「うん、パカはないな。踊ってる踊ってる。」
Bセルも一応検査し、無事仕上がっている事を確認する。もう一度Aセルを流し、再確認。
「よーし、終わり!終電間に合ったぁ!」
上がりフォルダにデータを上げ、グッと背伸びをした。終電にはまだ余裕がある。
ダミーカット袋を上がり棚に出し、一応制作ブースにも声をかける。
「すいません、遅くなりましたけど終わりました。」
「お疲れさん。今日中に納品できそうでよかったよ。電車は?」
「まだ大丈夫です。お先に失礼します。」
自席へ戻り、帰り支度をする。今日は一段と疲れた。早く帰って横になりたい。




