日報46『衣装』
最近はキャラの衣装の描き込みが細かい傾向にある。ライトノベルの表紙や挿し絵のような一枚絵として描かれた細かいディティールの衣装でも、アニメ化された時に元のデザインのままを限りなく忠実に再現したキャラ設定で動かされるのだから、作画も仕上げもたまったもんじゃない。もちろんゼロから絵を生み出す作画さん達が大変なのは、業界外の人間でも想像できるだろう。仕上げもなかなか大変なのだが、これが一般の理解を得られない。
「決められた色を置いていくだけだろうとか、誰でもできる仕事とか言われるんスよねえ・・・。」
「どしたの?唐突に。」
「聞いて下さいよ、北町さん!こないだ親戚のにーちゃんと久しぶりに話して長々と説明したんですけど、ぜんっぜん仕上げの苦労を分かってくれないんス!」
「あー、まあ、あるあるだねえ。側から見たらパソコン使った塗り絵にしか見えないだろうし。」
「テレビで特集されるアニメ制作現場では大抵仕上げは飛ばされて、原画と動画、背景に撮影、それにアフレコくらい・・・。」
「まあねー、神作画とか言われるくらい原動画は一般認知度あるけど、神仕上げなんて言葉はないもんね。」
「こんなめんどくせー作画のペイントすんのがどんだけ大変か!」
「ちょっと待った、今までの一連、誰に対してっていうか何に対しての怒り?」
さすが先輩、北町さん。もちろん仕上げに理解のない世の中に対する苛立ちはあるが、現状、俺のやる気を削いで怒りに転嫁させているのは、今日朝イチに取ったカットの内容だ。
「もー、この作品、どのキャラも衣装のカロリー高すぎて、誰引いても最悪なんスよ。」
「なんだ、結局はいつもの愚痴か。」
「親戚のにーちゃんの話はホントですよ。」
「はいはい、さっさと手を動かす。」
「ういー・・・。」
やる気のない返事を返してモニターへ向かう。
今日一発目のカットはラノベ原作のハイファンタジー作品。主人公が魔物に剣で立ち向かっているシーンだ。この主人公の衣装がアシンメトリーで覚えにくい。その上、鎧部分には色トレスラインの模様が入っていて超絶面倒くさい。髪にはグラデ処理の塗り分けがあるし、目、眉の透け越し色もあって、こちらもそこそこ面倒くさい。
「最近ファンタジー系多いよなー。」
上着の裾に入ったラインの隙間が実線で潰れているので、そこを削り出していく。上着、袖の折り返し、ボトムス、ブーツとペイントしていくが、ブーツは片方だけがロングブーツだ。あと、マントの裾部分にも格子模様が三段入っている。格子模様は互い違いに塗り分けられているのだが、マントがはためくたびにどの色で塗るべきか分からなくなって頭を混乱させる。そして鎧部分、兜、胸あて、肩あて、籠手だが、これが一番手間がかかる。まず鎧の本体色を塗ってしまう。色トレスラインの装飾は、一本線で描かれていればまだ塗り分けも少し楽なのだが、生憎と二本線で描かれる程度のサイズだったので、影に入る部分をポチポチと鉛筆ツールで区切りながら一号影から塗っていく。普段はノーマルから先に塗っていくのだが、こういう細かいパーツは影から先に潰しておいた方が楽な気がする。あくまで個人の見解だが。
「こんな装飾くらい省略しても見られる衣装だと思うんだけどなあ・・・。」
剣を激しく振り回しているのでキャラがよく動く。はためくマントの裾の模様も大変だが、こちらはまだ実線での作画なので塗りやすい。やはり時間が取られるのは色トレスの装飾ラインだ。籠手と肩あてはラインが一本入っているだけなのでいくらかはマシだが、兜と胸あては正中線から左右対称に花が咲いたような、炎が燃えているような模様がデザインされている。これに影付けがされていると非常に面倒くさい。ちなみに、影トレスは青色でトレス、装飾ラインは濃い緑色トレスで作画されていて、ハイライトは赤、二号影は緑色トレスだ。デジタル動画なので赤青緑以外の色も使用できるのがありがたい。これが手描き動画だとハイライトと装飾ラインが同じ赤色で引かれたりするので、より仕上げ作業が大変になる。
「こういう所はデジタルになってよかった所だよな。」
時折り背伸びをしつつ、地道にキャラのペイントを進めていく。このキャラが終われば、あとはほぼ体毛一色の魔物の背中のセルなので楽なものだ。
「っしゃ、終わった!」
主人公キャラを塗り終わり、モーションチェックでセルを流す。時間をかけてペイントした分ミスはないようだ。少し装飾ラインがガタついて見える所があるが、これは作画の問題なので、仕上げではどうしようもない。
魔物のセルは簡単に塗り終わり、全セルをもう一度チェックしたら作業終了。上がり棚にダミーのカット袋を置き、次のカットを取る。見るとまた同じ作品だ。
「さて、お次は〜?」
サーバーから指定データを落とし中身を見る。これまた面倒くさいドレスのキャラが入っていた。
「装飾ライン入れないといけない規定でもあるのかね?この作品・・・。」
肩出しドレスの裾には二本の色トレスライン、長手袋の裾にも一本の色トレスライン、裾の両脇に付いている大きな花飾りにはグラデ処理のための塗り分けラインがある。この作品では女性キャラには必須の頬ブラシ、鼻ブラシ、肩ブラシのトレスペイント線に、このキャラは口紅も色トレスペイントだ。
「せめて肩しまってくれてたらいいのになあ。」
個人的には通常から付いている頬や髪などの色のぼかしは好みではない。昔の絵の具時代のようなはっきりとしたアニメ塗りが好みだ。まあ、自分の好みなど関係なく、作業はしなければいけないが。
戦闘中なのかこのカットもキャラが激しく動いている。ドレスでバク転などしないでいただきたい。
「花飾りからいくかな?」
花びらの中心あたりに塗り分け線があるので、先端の色を先に塗り、次に根本の色を塗っていく。ある程度の面積があれば、塗り分けもまだやりやすい。それに比べてドレスと手袋のラインはやや面倒だ。影トレスの青よりラインの濃い緑が優先で引かれているので、先にドレスの地の色を塗ってから、ラインの作業に移る。鉛筆ツールでポチポチと濃い緑色を影トレス色に変え、ラインは影色から塗っていく。先ほどの主人公キャラと同じ方法だ。
「やっぱめんどくせー。」
小声でつぶやきながら作業を進める。ラインが二本あるので面倒くささも倍だ。ドレスを塗り終わり、手袋に取りかかる。こちらもドレスと同様の順番でペイントしていく。ああ、どこもかしこも面倒だ。面倒くさいと思ってしまうと、途端に作業の手が遅くなる。悪い癖だ。
「南花、姿勢が悪いよー。」
「面倒くさいのやってると肩に力が入りません?」
グイッと両腕を上げ背中を伸ばしながら答える。
「あともう少しなんですけどねー。一枚に時間がかかるっス。」
「さっきと同じキャラ?」
「同じ作品の別キャラっス。」
「誰引いても大変なのは最初から分かってるんだから、愚痴ってないで手を動かしなさいな。」
「うーい。」
モニターに向き直り作業を続ける。あと十枚弱だしどうにか頑張ろう。時間的にもこのカットで今日は終わりだろう。あとはミスのないよう終えるだけだ。それが一番大変なのだが。