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日報37『煙』


 突然だが、煙や水、その他のエフェクトには三つの塗り方がある。スタンダードなペイントの仕方はトレス線は一色で、ペイント面のみノーマル、影色の塗り分けがある物。ままあるのが、トレス線を別の色にはせずにペイント面の色でTP、トレスペイントしてしまって、ペイント面の中に引かれたトレス線のみを内線(うちせん)と言って別の色を置く塗り方。そして今では少し増えてきた、トレス線にもペイント面にも影色があるペイント方法。


「あー、トレス線影ありかぁ。結構な枚数あるよな、えーっと、Aセルが煙二十枚、Bセルがキャラ一枚、Cセルが煙十八枚、Dセルにはキャラ十枚、EセルとFセルが煙八枚ずつっと。指定は火事色か。炎とセットになってないだけ煙は楽かな?でも影ありトレスだからなぁ。」


 高いクオリティを求められる劇場版アニメだと影ありトレスの煙もまああったが、テレビシリーズでは珍しい。とはもう過去の話か。最近ではテレビシリーズでも影ありトレスの煙や水系をちらほら見かける。


「キャラの枚数少ないし、先に塗っちゃうかー。」


 蹲る少女と画面左から右へと駆け抜けて行く少年。キャラ自体は簡単だったので、すぐに塗り終わった。


「さて、煙いくか。」


 煙は手前ほど山が大きく塗りやすい。つまりはAセルが一番面倒くさい。山が細かく、影も多く付いている。しかもデジタル作画のおかげで、トレス線が一本線で繋がっていない。通常の手描きの作画スキャンだとある程度太さのある線になる事が多いが、均一な線の引けるデジタル作画では一ドットやニドットで線が出せる為、カーブ部分が特にドットが綺麗にずれて線になっている。上手く言えないが、短い線の連続になっているのだ。バケツツールで塗るのも大変だが、ブラシツールで塗り潰しながらカーソルを移動させて行くと、ノーマルと影色の境をはみ出してしまう。最初からトレス線を塗り分けていくのは大変なので、今回はペイント面を全て塗ってしまって、バッチでトレス線をノーマル色に変換してから影色を乗せる事にする。影色の境界を一ドットずつポチポチと区切ってある程度の範囲バケツ塗りをしてから、間はブラシで塗り潰す。最初の数枚は指定の色で塗っていたのだが、ノーマル色と近い色相、彩度なので、動かしてチェックする時にどうも見難い。なので蛍光色の仮色でトレス線の影色を乗せる事にした。


「最初っから仮色にすれば良かったな。」


 Aセルを塗り終わってモーションチェックでセルを流す。すると案の定、影色にし忘れた線が所々にあった。修正をしてモーションチェック、を何度か繰り返し、仮色を指定色に戻してペイントを終える。想定していたより面倒くさかった。


「Aセルさえ終われば、あとは徐々に楽になっていくはず・・・、って、そうでもないか。」


 Cセルもそこそこ面倒な煙の流れの作画だった。E、Fセルは単純なリピート作画なので問題はなさそうだが。

 Aセルと同様、ペイント面を先に塗り、トレス線の影に仮色を置いていく。最後に色置換バッチで指定の色に置き換えて完成だ。どうしてさっきは先に指定色に変換してしまったのだろう。こっちの塗り方の方がバッチの手間が一回少なくて済むのに。最初から最適解に辿り着けないのは、経験の少なさか、単に頭の回転が悪いのか。

 全てのセルを塗り終わり、何度かチェックをして、上がりフォルダにデータを上げる。上がり棚にカット袋、もちろんダミーの袋だが、を出しに行くと、棚にはまだ同じ作品の袋が乗っていた。取ると、今まで作業していたのと近いカット番号だ。


「同じシーンなのはありえるよなぁっと、指定は・・・。」


 ダミーのカット袋なので、指定や原画データを見るまで内容は分からない。本番のカット袋ならば、絵コンテのコピーが貼ってあったり、端の方にキャラ名や煙や波といったメモがされてあったりと、内容を推測できる要素があったりもするのだが。


「やっぱ火事色か。んで、これは火元かな?」


 一番奥に、同じセルに描き込まれた炎と煙、周囲に何重かの煙といった内容だった。


「炎は二色でTP、煙はもちろん影ありトレスっと。あ、Book組みがあるな。」


 Book組みとは何段かにレイヤー分けされた背景をセルが跨いで動いている物。今回は部屋の入口を外から見ていて、奥の部屋から壁伝いに煙が流れ出ているような描写。このような場合、セルは背景の入口の壁ぴったりではなく、少し組み線よりはみ出して作画されていて、仕上げで上セルないし下セルを元セルから分離させて作成するのが、デジタル作業になってからの手法だ。元セル、Book、上セルと撮影時に重ねて最終的な絵が完成する。


「炎が赤一色で描かれているのはちょっと痛いけど、まあ原画見ればなんとか塗り分けは分かるか。煙はさっき通りの面倒くささ、っと。」


 先に炎を全て塗ってしまってから煙に取りかかる。安定の面倒くささだ。


「この組みのある煙はダブラシになるんだよな。上セル作るより、切って下セルにした方がいいのか?」


 仕上げしかしてこなかったので、いまいち撮影の事は分からない。ちなみにダブラシとは、撮影で不透明ではなくなり、下にある背景やセルが透けて見える処理の事。煙や水、炎などによく使われる処理だ。セルが不透明ならば、適当な所で区切った物を上セルとして分離させて、元セルと上セルが重なる分には問題ないのだろうが、ダブラシではどうなのだろうか?


「安全パイで下セルにしとくか。」


 この場合、一度作画された全てを塗った物を念の為元データとして残しておき、壁の上に来る煙を組み線の直前までで切り落としてしまう。それが元セル、今回はBセル。切り落とされた残りの部分をB下セルとして分離。これで上セル作成とは違って、重なる部分はなくなる。途中まで塗られたBセルと、壁の下にくるB下セルという形になる。


「煙塗るだけでもめんどいのに、上セル下セルとか、単価の発生しない作業、ホントにめんどい。」

「またブツブツ言ってるわね、南花(なばな)。」


 撮影様宛てのメモをテキストファイルに打ち込んでいると隣の席の北町(きたまち)さんが声をかけてきた。


「お金にならないのに上セル下セルって、仕上げの作業負担大きくないっスか?」

「デジタルに移行した頃は単価発生してた作品もあったけどねぇ・・・。」


 今は昔となった頃を思い出しながら、北町さんがつぶやく。


 取り敢えず今日は目標枚数より多く塗れたので良しとするか。とは言え、もうしばらく煙は塗りたくないなと本音では思いながら帰り支度を始めた。



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