日報35『メカ3』
俺、南花嘉雄は朝から打ちひしがれていた。何度トレスデータを流してみても、原画データを確認してみても、このカットの内容が分からない。打ち込みには人型ロボットのファイル名が打ち込んであるが、それだけで途中の指示は一切無い。かろうじて原画に一枚『胸、腕』と書かれたものがあるが、その他にヒントになるような書き込みは無かった。
「スタートが胸のエンブレムなのは分かる。んで、ラストが手に持っている剣先ってのも分かる。が、途中が全く分かんねえ・・・。」
モニターを眺めながら唸っていると、出勤してきた北町さんに声をかけられた。
「おはよう、南花。難しい顔してどうしたの?」
「おはようございます、北町さん。いきなりですけど、このメカって塗った事あります?このカット、さっぱり分からなくて。」
「どれどれ?うーんと、塗った事はあるけど、なにこれ?どんなカメラワーク?BGは?」
「それが流背の置き換えとイメージBGだけみたいで。」
流背とは、主に線状のイメージで、勢いを表現する背景だ。走っているキャラの背景などによく使用される。
「原画データも見せて。・・・って、ごめん、全然分からない。」
「ですよね。えっと、この話数の色指定は・・・?後反田さんか。」
「後反田さんならもう入ってたよ。これはもうどんなカットなのか聞いた方が早いわね。」
「そうします。えっと、カット216っと。」
カット番号を付箋に書き付け、席を立つ。カットの読解力が低くて申し訳ないが、せっかく社内に指定さんがいるのだから、ここは素直に泣きつこう。
「すみません、後反田さん。今、時間大丈夫ですか?」
「おう、何?」
「カット216なんですけど、どうにも内容が分からなくて。」
「216、216っと。ああ、これ引いたのか。コンテはスキャンされてなかったか?」
パラパラと絵コンテをめくっていた手を止め、こちらに顔を向ける。
「はい、原画データだけでした。あの、トレスデータ見てもらってもいいですか?」
「ちょっと待ってくれな。」
サーバーから該当のデータを落としてもらっている間に見せてもらったコンテのページにはロボットの全体像と、どこをカメラが映していくかの図解が描いてあった。落としたトレスデータを一緒に見ながら説明を受ける。
「胸のエンブレムからスタートして、へその上あたりからこう横に移動、そこから腕の付け根に向かって行って、ちょっとだけ顔をなめてから手先に移動。なんだけど、分かった?」
「なんとなくは分かりました。すみません、そのコンテ、コピーさせてもらえませんか?」
通常一カットに対して一、ニコマで終わる絵コンテだが、このカットに関しては八コマも描かれていた。そして作画参考の為か、画角の外側にも余分に絵が描かれているし、細かく腕、胸、頬などの書き込みもある。ペイントする際にも参考になりそうだ。
「おう、んじゃコピーしに行くか。」
後反田さんが席を立ってコピー機に向かったので、後を付いていく。
「自分はコンテ見てるから分かった気になってたけど、あの素材だけじゃ確かに分からないよな。」
「すみません、理解力低くて。」
「いや、聞いてきてくれて助かった。はい、コピー。」
「ありがとうございます。頑張って塗ってみます。」
コピーされた絵コンテを受け取り自席へ戻ると、北町さんが待ち構えていた。
「どう?内容分かった?」
「こんなカンジです。」
コピーを見せると北町さんはすぐに内容を理解したようだった。
「なるほどね。これはコンテ見なきゃ分からんわ。」
「ですね。」
席に座り、改めてトレスデータを見る。胸のエンブレムに透過光が走る。腰の部分まで一旦下がり、全セルになる。腕の付け根までカメラが持ち上がって、画面の奥に一瞬頬の辺りが覗き、また全セルになる。そして腕から手の先、持っている剣へ。剣先でカメラが止まったところにまた透過光が走り、カット終了。なかなか重いカットだ。
「さて、やるか。」
これはいつものように原画のある動画からペイントしていく手法は使えない。なにしろ、頭からパーツを追って行かなければ、原画で描かれている部分がどのパーツの色になるのか分からないからだ。地道に一枚ずつ潰していくしかない。
まずは分かりやすい胸のエンブレムから。少しずつ下にカメラが動くので、胴まわりのグレー、ベース色のパーツが見えてくる。そこから左方向にカメラが移動。バックパックの青色を画面端に置きつつ、腕の付け根のメカ色、濃いグレーを通過し、肩のベース色を舐めつつ画面右奥に顔の一部のベース色とギリギリ眼の赤色が塗れる作画がされている。まあ、撮影フレーム外なので塗らなくても大丈夫なのだろうが、そこは念の為。肩から手先に向かってカメラが進んでいくに従って、腕の塗り分けパーツの青色が見えてくる。手首から指先はメカ色で、剣を握りしめている。剣の塗り分けは少なく、柄と刃の二色のみだ。ここまできてしまえば、後は簡単だ。数枚を刃の色でペイントして、メカ本体は終了。残るは透過光のマスク作成のみ。
「うえー、やっと本体終わったぁ!」
ぐっと椅子の背もたれをのけ反らせ背伸びをする。すると北町さんが顔を覗き込んできた。
「お疲れ、塗り上がり見せて見せて。」
「はい、こんなカンジっス。」
見やすいよう椅子を少しずらし、モーションチェックでセルを流す。すると当たり前だが一瞬で一周してしまう。
「最初と最後に止めの時間があるとはいえ、一瞬ですね。」
「まあ、メカなんてそんなもんでしょ。それにしてもよくこのカット、海外動画でちゃんと上がってきたわね。」
「コンテさえちゃんと見てればどうにかなるんじゃないスかね?枚数ある分には珍しく一人で描いてるみたいだし。」
枚数や合成伝票を書き込むファイルの動画の欄には、読めない漢字が一文字書き込んである。海外に撒かれた動画の場合、枚数が多い物は複数人で分けて描き上げてくる事が多い。そうすると色々齟齬が出てくる事もあるので、できれば避けてもらいたい作業の仕方だ。
「さて、後はT光だけっスから、もう終わったも同然!」
「ちゃんとメカ本体ももう一回見直すのよ。」
「うぃス。」
透過光マスクは複雑なセル組みもなく、簡単に作業は終わった。そしてもう一度全てのセルを開いて頭から確認する。問題はないようだ。
カット袋を上がり棚に出しに行くと、後反田さんに声をかけられた。
「おう、お疲れさん。問題なく塗れたか?」
「たぶん大丈夫だと思います。」
「まあ、南花なら大丈夫だろ。これ、社外に出てなくて良かったよ。」
「じゃあ検査よろしくお願いします。」
「ん、お疲れー。」
軽く頭を下げ、新しいカットを取りに行くと、まだ少し棚に残っていたので、上から一袋取る。作品は先程のメカの物と同じだった。ダミーのカット袋の為、中身は分からないが、枚数は少ないので、まあどうにかなるだろう。