日報32『デジタル動画5』
最近、海外動画スキャンももちろん多いのだが、デジタル動画の割合も増えてきている。線が綺麗なのは有り難いのだが、仕上げにちょっとしたストレスを与える上がりもちらほらある。
「あーもう、勝手に合成してくれるなよ。」
デジタルで作業する人にはやりやすい方法なのかもしれないが、仕上げにとっては余計な作業が発生する案件だ。このカットの場合、キャラが横位置で歩いているのだが、頭と胸のライン、襟の装飾は同トレスブレもなく、同じ線画が使われている。そこに肩から動く腕の作画がすでに描き込まれていて、不要な線は消し込まれている状態だ。そこに口パクというかあごパクが乗る。こういった動画上がりは、一ドットの違いも無く補正をしなければならなくなるので地味に面倒くさい。頭と胸周りの合成親一枚と動く合成子の腕にしてくれれば、顔は一枚だけ塗れば終わりなのに、この動画上がりだと十数枚もの顔を一ドットの狂いも無くペイントしなければならない。過去に似たようなカットを律儀にも一枚一枚ペイントした時は、結局どこかしらにドットずれを作ってしまい、検査修正に時間がかかったという嫌な思い出がある。途中まで線合成されているのに気付かなかったせいもあるのだが、あの無駄な時間は二度と作りたくない。
「よし、何回見ても同一線の線合成だな。とすると、一番面積広く襟まで出てるセルをまず塗って・・・、擬似合成親を作るか。」
動かない部分だけをペイントした所で、別セルとしてコピーをし、動く腕は消してしまう。それを合成親として貼り付けられる範囲を投げ縄ツールで選択してそれぞれのセルにコピペする。これで寸分違わぬ顔と胸のペイントが終わりだ。その後、動いている腕に見え隠れする襟の装飾の残り部分を注意深く一ドットの違いの無いようにペイントし、動いている腕もペイントする。これで十数枚のペイントが完了だ。
「あとは振り向きながら普通に動いてからの、最後は止めに口パク。んー、襟の装飾が面倒くさいけど、手間取るのはそこくらいか。」
問題のある部分は塗り終わったので、あとは通常作業だ。最近お気に入りの曲を聞きながら無心に手を動かす。全てのセルを塗り終わったところで、ちょうど三時休みになった。自動販売機にお茶を買いに行き、肩をぐるぐると回しながら自席へ戻ると、隣の席の北町さんに声をかけられた。
「南花、いつになくブツブツ言ってたわね。」
「デジ動、線綺麗なのはいいんですけど、勝手に線合成してくるのは勘弁してほしいです。」
「あー、時々あるよね、そういう動画。合成親と子に分ける方がやりにくいのかねえ?」
「親と子に分かれてるより一枚絵にした方がチェックとかしやすいんですかね?そういう理由があるんならまだ理解できなくもないですけど・・・、仕上げとしては迷惑なだけですよ。」
「一応制作に言っておく?」
「うーん、言っても本人まで届かない気はしますけど・・・。」
「言わないよりはいいんじゃない?」
「そうですね、後で言ってきます。」
ペットボトルのお茶を一口飲み、モニターに目を向ける。先程塗り終わったセルを表示し、モーションチェックで流しながら検査確認をする。
「あ、しまった、パカってる。」
ケアレスミスを修正しつつ、検査を続ける。擬似合成親を貼り付けた部分は問題はなさそうだ。
「よし、検査終わり!」
上がり棚にカット袋を置き、次のカットを取る。またダミーのカット袋だったが、今度はまたデジ動か、それとも海外動画か。トレスデータを落とし中身を確認すると、またデジ動のカットだったが、今度はきちんと合成親と子に分かれているカットだった。
「合成が普通なのはいいとして、何でこんなにフレームギリギリまでしか描いてないんだよ・・・。」
確かに現状、撮影フレームにはギリギリ足りているが、編集時にちょっとでもフレームを変更されたら途端にセルバレしてしまうだろう。この場合は安全策として実線他を絵なりに描き足しておく。全体を見ると少々歪んだ不自然な絵になるが、フレームギリギリで塗り切ってしまって、後からリテイクになるよりはましだろう。
「しかしコレを三十枚か。めんどくせ。」
上下左右、どこもフレームギリギリまでしか描かれていない為、全て描き足す必要がある。ほぼ直線を引っ張るだけとはいえ、地味に手間だ。デジタル動画では通常の動画用紙より大きめのキャンバスサイズで作業されてくる事が多いので、こんな上がりは珍しい。いやキャンバスサイズは大きいのだ。それなのに作画は小さい。とにかく珍しい、不思議な動画上がりだ。
「とりあえず、やるか。」
イヤホンを耳にかけ、少しアップテンポな曲を選択し、作業に入る。実線を伸ばし、色トレス線を伸ばし、そしてペイント。淡々とこれを続けていく。首から下の胴体がほぼ画面全体を覆っていくという内容で、洋服の装飾も少ないので、ペイント作業自体はさほど難しくない。作画が画面一杯にされていれば簡単なカットだったのに。
ペイントし終えて検査に移る。特に問題はないようだ。
上がり棚にカット袋を置き、次は、と見ると、もうカット袋の山は無くなっていた。今日は早く終わったようだ。自席に戻り、帰り支度をする。
「お先に失礼します。お疲れ様でした。」
「お疲れ様でーす。」
「お疲れー。」
同じブースからちらほらと声が上がる。気が付かないうちに既に上がっている人もいたようだ。
こんな早い時間に帰れるのは久しぶりだ。さあ、帰ってから何をしようか。