日報3『あごパク』
「うわぁ、きちゃった。」
開いたセルを眺めながら、大きなため息をつく。
「何で原画描いてる時に気付かないんだよ。動画もそのまま描いてくるし。」
今日の厄介事は『あごパク』だ。
通常の口パクの場合、Aセルを止めの顔としたら、Bセルとして閉じ口、中口、開き口の3枚。または、閉じ口を顔に描き込んだAセルに、中口、開き口のBセル2枚。そしてこの場合、Bセルの下になる閉じ口がはみ出して見えない様に、上になるBセルは口の周りのある程度の範囲を肌色で塗り潰す作業が必要となる。ただしこの方法は顔の向きがどうあれ動く口が顔の輪郭からはみ出していない場合にしか適用されない。
これが主に真横からのアングルで、口だけでなく、あごごと口が動く場合は前述の後者のやり方が使えない。閉じ口の顔の止めをAセルとしてしまうと、中口、開き口のBセルを上に乗せると、下にある閉じ口のラインがどうしても開いた口の間などから覗いてしまうからだ。なので、鼻の下からが空白になっているAセルと鼻の下から喉にかけてが描かれているBセルが必要となる。
今日きた動画上がりは典型的な間違い動画で、閉じ口が顔に描き込み、その上に中口、開き口が乗るセル構成になっている。タイムシートを見てもセル重ねはそのままだ。この場合、タイムシートの修正変更も必要となってくる。
「・・・髪のなびきが無いだけまだましかぁ。」
髪の毛がなびきながらセリフがあると、更に髪の毛の一部分を切り離して上セルや下セルを作成しなければならないので、これまた手間が増える。
「Aセルの鼻から下の線は消してあごの無い素材を作成。んでB3として閉じ口部分を新たに作成。それからコピーしたシートに、Bセルが空セルになってる部分にB3を記入して、っと。これでOKか?」
タイムシートは念の為、コピーしたデータに修正部分を記入して、元データはとっておく。そしてAセルとBセルのセル組み部分に隙間が出来ていないかどうかを確認する。
「これで大丈夫か?」
モニタ上でBセルを繰り返し送りながら最終確認をする。それからテキストメモで素材を新しく作成し、タイムシートを変更した旨を書いておく。一昔前ならカット袋にメモを書いて貼っていたが、今はデータのみでのやり取りが多くなっているので、この様な方法をとっている。
「最後に念の為、もう一回見直すか。」
Aセルから順にセルを表示して確認すると、注力したあごパク以外のパーツで間違いを見付けた。
「やべ、パカッてる。」
何年経っても完璧な仕上げあがりを出すのはなかなかに難しい。今回は幸いにもミスを発見できたので良かったが、このあとの仕上げ検査さんにいつもどれだけ問題ある素材を提出しているかと考えると胃が痛くなる思いだ。
「検査さんって、大変だよなぁ。少しでもまともなあがりを出す様にしなくちゃ・・・。」
ささやかなる決意を胸に秘め、次のカットに手を伸ばす。