日報28『海外動画スキャン5』
今日も今日とて紙の素材は来ない。棚には常に問題が発生する海外動画スキャンのダミーカット袋が積まれている。
「せめてデジタル動画だったらなぁ・・・。」
ため息をつきながら自席へ戻ると、早速サーバーからトレスデータと色指定打ち込みをダウンロードする。データを開いて見てみると、やはり線が汚い。心なしか途切れている線がいつもより多い気がする。致命的な点は色の塗り分けが必要なパーツの線が繋がっていない事だ。
「なんで二期目も十話以上やってるのに設定通りに作画上がってこないんだよ。」
洋服の襟と袖口に塗り分けがあり、袖の色も身頃とは違うのだが、縫い目のような作画で必要な線が途切れ途切れで繋がっていないので、いちいち繋いでいかなければならない。
「うーん・・・。」
「朝から難しい顔してどうしたの?」
「あ、おはようございます、北町さん。いや、メイン服なのに今だに塗り分け線がちゃんと描かれてないって、どういう事なのかなと。」
「どれ?・・・珍しいわね。この作品、割とちゃんと作画されてる方なのに。」
「ですよね。よっぽど急いで描いたのかな?」
「原画は?」
「えーと・・・、あー、駄目ですね。原画から繋がってないス。ん?あー、猫も駄目だ。」
作品のマスコットキャラの猫は耳と足先と尻尾の先に黒い塗り分けがあるのだが、こちらも微妙に繋がっていない。
「原画も動画も設定見てないんスかね?」
「原画さんはともかく、動画さんは原画の線がわざとなのか描き損じなのか分からない以上、原画通りに描いてくるわよね。動検も通ってないだろうし。」
「だからと言って、繋がない訳にはいかないですよね。なんとか描き足せる程度の物だし。」
「そうね、頑張って。」
「ういっス。」
さて、文句を言っていても線が繋がる訳でもなし、さっさと作業を始めよう。襟と袖口は割と直線的に線を引き伸ばせば済むのでまだ楽だが、問題は袖と身頃の分割線だ。大体描かれている物からほぼ描かれていない物まである。
「前後見て雰囲気で描くしかないか。」
何とか線を繋いでいき、塗り分けをしていく。正面を向いている時は形を取りやすいが、角度が付いてくると少々怪しい形になってしまう。だが自分は作画畑の人間ではないので作業にも限界がある。あとは指定検査さんに宛ててメモを残しておくくらいしかできない。
「Aセル、塗り分け線が繋がっていなかった為、こちらで繋いでペイントしてみました。形がおかしいようでしたら作画リテイクでお願いします、と。」
テキストメモを打ち込んで次のセルに移る。
「あ、しまった。猫も描き足さなきゃいけなかったんだっけ。先にメモにしておくか。うーんと、Cセル猫の塗り分けも同様です、と。」
猫の足先と尻尾の先は途切れている範囲が狭い為、問題なく繋げたが、耳の丸みのある線は少々厄介だった。キャラの足下を走り回っているカットだったので枚数も多い。
全てのセルを塗り終わって、通して流してみる。少しガタついて見える所があったので、線を削ったり逆に膨らませたりと微調整を行いつつ、何度も何度もチェックをくり返す。ようやく滑らかに動いて見えるようになったので、上がりのフォルダに放り込んだ。
「さて、次は・・・。」
新しいカットを取りに行くと、やはりまだ海外動画スキャンのダミーカット袋が積まれていた。
「また海外トレスか。今度は線繋がってるといいな。」
淡い期待を胸に自席へ戻る。トレスデータを落とし、セルを開くと、つい微妙な顔つきになってしまった。実線は先程のカットより繋がってはいるが、中割りが控え目に言っても酷い。
「これ絶対リテイク確定だろ・・・。顔の崩れが酷すぎる。」
画面奥から手前にキャラがビームのような攻撃を避けながら進んでくるカットなのだが、特に中程の顔が崩れている。メインキャラがこの有り様では作画崩壊と言われても仕方がない。
「中割りも酷いけど、原画もなかなか雑だな。あ、ボタン消えてる。」
ざっと流して見ただけでもいくつか作画不備が見つかった。塗り分け線が繋がっていなかったり服のボタンが急に無くなっていたり。左右に激しく動いている為、足りないパーツの描き足しはちょっと難しそうだ。
「消えるパーツはもう諦めるとして、顔、どこまで整えるかな?瞳の描き方さえ安定してないぞ。」
おそらく何人かで手分けをして描いている。一定の枚数ごとに瞳の作画が微妙に変わっているので、そう推測できる。
「瞳孔の大きさを整えれば何とか見られるかな?あー、でも影の入り方と虹彩の有無も・・・。」
手を入れ出したら切りが無さそうだ。取り敢えず今ある素材のままでペイントをしてみよう。
一通り塗り終わったので通して流してみるが、やはり瞳がガタついて見える。その前に虹彩の作画が無いセルがあるので描き足す。次に瞳孔の大きさが急に変わるので、徐々に大きくなるように中割りして調整する。そして瞳の影の面積も一枚で変わってしまうので、こちらも徐々に大きくなるように調整していく。しかしこの努力もリテイクが入れば全く無駄になってしまうのだが。あとは消えているパーツをメモに残して終了だ。
「B9、靴紐の作画がありません。B15〜17、袖のボタンが消えます。B24、上着の塗り分け線がありません。っと。」
テキストメモに書き込み、フォルダ内に放り込む。最後にもう一度全体を通して見て、確認をする。少しは修正したが、駄目だ、やはりリテイクになる気がする。しかし根本的な描き直しはできないので、自分にはこれが限界だ。
上がり棚にカット袋を置いて、次のカットを取る。今度は中身が入っている。自席へ戻って中身を引き出すと、原画だけが入っていた。サーバーからトレスデータを落としてみると、デジタル動画特有のフォルダ構成になっていたので、セルを開かなくてもそれだと分かる。
「よっしゃ、デジタル動画!」
思わずガッツポーズが出る。線が均一で綺麗な事は確約されているが、それと作画不備が無いかはまた別の話なのだが。