日報23『はじめての色指定、オールアップ』
朝、パソコンを立ち上げてすぐにメールチェックをする。最近の習慣だ。
再リテイク、再々リテイクも数カットあったが、なんとか前日、全てのカットを出し終えた。あとはオールアップの連絡を待つばかりだ。
「まだ連絡は無し、っと。」
昨日作業したカットをサーバーにアップしたのが夕方。それから撮影に入ったとしても昨日の夜中にはオールアップするかと予想していたのだが、まだその旨のメールは来ていない。
「取り敢えず塗りますかね。」
重い腰を持ち上げ、カット袋を取りに行く。朝イチなので面倒で枚数の多いカットが乗っていた。引きたくはないが、昨日までのように自分の仕事、色指定を理由に避ける事は出来ない。そのカット袋をを手に取り、自席へ戻る。モニターを見ると、新着メールのポップアップ表示が出ていた。
「お、終わったかな?」
急いでメールを開く。そこには編集作業が無事に終わった事と、白箱をサーバーに上げている事が記されていた。白箱とは放送される状態のムービーデータだ。たぶん昔、VHSテープでやり取りをしていた時の名残の言葉なのだろう。少し前まではDVDに焼いて各所に渡していたが、最近はデータのアップのみになっている。
「十分くらいだし、今見ちゃお。」
データをサーバーから落とし、イヤホンを耳に付ける。結局ラッシュチェックは音無しで済ませていたので、今日初めて音入りの影像を見る事になる。
オープニングが始まり、直接本編に繋がる。苦労して検査したお菓子のカットには特効が入り、更に美味しそうに仕上がっている。再々リテイクしたカットもきちんとした画面になっていた。そしてエンディング。演出、原画、動画と次々にテロップが表示されていく。そして仕上げのテロップの上には『色指定・検査 南花嘉雄』の文字。ああ、本当に色指定デビューをしたんだと、ようやく実感が沸いた。
「おはよー、南花。」
挨拶してくれた北町さんの声に気付けなかった。画面上に集中していた為だ。
「お、は、よ、う、南花!」
肩に手を置かれ、改めてされた挨拶でようやく存在に気付けた。
「すみません、おはようございます。今、白箱に集中してて。」
「終わったんだ。おめでとう、色指定デビュー。」
「色指定としてエンディングに名前が出ると、また嬉しいもんですね。」
「放送は?」
「あと一ヶ月くらいっスね。ストックって何本くらい出来るんだろ?」
「昨日、四話のカット引いたよ。半クール分くらいは出来るんじゃない?まあ、自分の担当話数終わったんだから、気にしてもしょうがない。」
「ですね。今日はもうこれで終わりそうなカット引いたんで、今度はこっちに集中します。」
ムービーを閉じ、スキャンデータを落として見ると、大破しているメカが動いている。これは本当に時間がかかりそうだ。
一月後、いよいよオンエア日になった。いまだに付き合いのある同級生と、一応親にも名前が出るとは報告したが、オンエア時間が深夜帯である為、見てくれる人はそういないだろう。
「明日も仕事だけど、今日だけはリアタイするぞ!」
気持ちが昂って寝ていられないというあたりが本音だ。何となく落ち着かないので一通りトイレ掃除をしてしまった。そしてようやくオンエア時間になった。
オープニング、本編、エンディングとあっという間に過ぎた。特にエンディングは目を皿のようにしてしっかりと見たが、ちゃんと名前は表示されていた。夢ではない。
ふと、スマホのバイブが振動した。こんな時間にメールだ。
「うわ、わざわざリアタイしてくれたのか。」
メールは、名前が出ると知らせていた同級生からだった。そちらも明日は仕事だろうに、リアタイした上、感想まで送ってくれた。有り難い事だ。簡単な返事を返して布団に潜り込む。
「明日、朝起きられるかな?」
目が冴えて寝付けそうにない。無理やり目を瞑り、なんとか眠ろうと試みるが、やはり寝付けない。布団の中で転がりながら、先ほど貰ったメールを改めて見る。普段あまり他人を褒めない友人が褒めてくれた。それだけでもこの仕事をやって良かったと思う。何度もメールの文面を読み直していると、更に目が冴えてきた。
「もう寝るのは諦めるか。」
とても眠気が来そうにないので、先ほど録画していた物を再生する。何度見てもそこに自分の名前がある。今までも仕上げとしてエンディングに載る事はあったが、会社の上の人が社内の人間をランダムで載せるので、自分がいつどの作品にテロップされているのかは正直分からない。社内で塗っている作品は極力見るように心がけているが、作品数も多いので、視聴が追い付かない時もある。同級生から「この前あれに名前出てたね」と知らされる事もあるくらいだ。
「確実にこの日の放送に名前が出るって言えるのは有り難いよな。」
もう何度目になるか分からない、再生ボタンを押して、本編を流す。カーテンの向こう側では、空が白んできていた。
結局、眠れず徹夜してしまった。が、テンションが上がっていた為か、全く眠くはないし、疲れてもいなかった。
朝食の準備をしている所に電話がかかってきた。母親からだ。
「おはよう。こんな時間になんか用?」
『昨夜のアニメ、今、見たのよ。本当にあんたの名前が出てた。』
「だからそう言っただろ。何?用件は特に無いの?」
『うん、ちゃんと仕事してるのね。これからも頑張って。』
「・・・分かった。じゃあ切るよ。」
通話を切って、感慨にふける。両親はこの仕事に就いた事を今でも不満に思っていると思っていたが、少しは認めてくれたのだろうか。
朝食を食べ、身仕度を整えると、いつもより少し早く家を出る。
会社に着くなり、東城さんに呼び止められ、会議室に連れて行かれた。
「早速二本目の仕事だ。河西も問題ないって言ってたから、大丈夫だろ。同じ作品の十二話、最終話だ。」
「最終話ですか!?内容大変なんじゃ・・・。」
「俺は中身見てないからなんとも言えん。辞めとくか?」
「いえ、頂ける仕事はやります!」
「よし。ならコンテはこれで、色打ちは明後日の午後三時だ。」
「はい!」
初めての色指定話数の放送の翌日に次の仕事を貰うとは、感情がジェットコースター並みに上下している。新しい仕事を貰って嬉しいのと、最終話で大変な内容ではないかと不安な気持ちが交互に浮かび上がってくる。
自席へ戻り、コンテをパラパラとめくる。他の話数でモブ的に出ていたキャラも次々に喋っていた。いったい総勢で何人のキャラが出てくるのだろう?
昼休み、色彩設計の河西さんの所へ行ってみた。
「おはようございます、河西さん。十二話のコンテ貰ったんですけど、これ、何人キャラ出てくるんですか?」
「今までのが全員出てくるから、総勢四十七人!打ち込みがいも検査しがいもあるねー。まあ、頑張れー。」
「四十七・・・。やっぱ最終話って大変なんですね。俺で出来ますか?」
「やる事自体はこの前と変わらないから、大丈夫でしょ。ちょっと人数が多いだけだ。」
「ちょっとじゃないですけどね・・・。まあ、貰ったからには頑張りますよ。よろしくお願いします。」
軽く頭を下げ、その場を後にした。
「もう次の仕事貰ったんだって?」
「北町さん。なんか大変そうっス。キャラが四十七人も出てくるそうです。」
「学園物の一クラス分と、その他周辺の人間に当てはめてみたら、そう驚く数でもないじゃない。イケるイケる。」
「なんか無責任だなぁ。受けたからにはやりますけども。」
泣き言は言っていられない。これからも色指定の仕事を貰えるように、結果を出さなければ。厚くはないコンテを丸めた手には自然と力が入る。取り敢えずは目の前の十二話に全力を尽くそう。