日報22『はじめての色指定、リテイク』
テイク1の検査上がりを出した翌日にはオールラッシュムービーのデータが送られて来ていた。以前は制作会社の試写室などに関係者が集まってラッシュチェックを行っていたそうだが、今はご時世もあってか、個々にムービーデータをチェックし、進行さんにどのカットをどのように修正すべき、または修正したいかを伝えて、各所に伝達してもらう。ちなみにオールラッシュとはカット1から順番に最後までムービーを繋げた物を言い、それとは別にバララッシュと言う物もある。文字通りカットが繋がっていないバラバラの物だ。大体が撮影が済んだカットを番号の若い順にぶつ切りに並べてあるムービーになる。また、進行さんとは監督、演出、作画、仕上げ、背景、撮影などの各部所を繋ぐ、その話数の責任者のような役割で、全てを把握していなければならない大変な仕事だ。
アフレコ音声やSEも入っているが、色に集中する為、無音でラッシュムービーを見る事にした。まず一回通して見て、また最初に戻る。何回か繰り返して、不備のあるカットを洗い出していく。
「こんなもんかな?」
手元のメモを見ながら、もう一度頭からムービーを見直す。自分が気付く部分は全て書き出した。その中には、何故検査時に気付けなかったのかと思うような色パカもあった。自分を完璧な人間だとは思っていないが、あまりに単純なミスすぎて情けなくなる。
「リストを添付して、送信っと。」
進行さんにメールを送り、一段落。後は返事待ちか。
「北町さん、すみません。色パカがあったカットって、修正して出しちゃっていいんスかね?」
「リテイク表は来たの?」
「リテイク表?」
「進行さんが、上がってきたリテイク内容をまとめて一覧表にしたヤツ。例えばその色パカがあったって言うカット、それ以外の作画修正があるかもしれないでしょ?先に色パカ修正だけしてデータ上げて、それからまた作画修正を直してデータ上げて、ってやってたら撮影さんが二度手間になるじゃない?」
「なるほど、確かに。じゃあ連絡が来るまでは塗りですか?」
「そういう事。」
「うす、行ってきます。」
連絡待ちの時間がどれだけあるか分からない。まだ午前中なので、早ければ今日中にでもリテイク表を貰えるかもしれない。そう考えると、なるべく重いカットは取りたくないが、こればかりは巡り合わせだ。軽くあれ!と願いつつ、積まれたカット袋の山の一番上に手を伸ばす。だがダミーの袋だった為、カットの内容が分からない。ダミーとは海外スキャンでデータのみを先行でやりとりしているカットで、現物が無い物だ。社内でカットを回す便宜上作られた空のカット袋を持ち、自席に戻る。サーバーからスキャンデータを落としてくるまで内容は分からないが枚数はそう多くはない。
「頼む、重いの来るな!」
祈りを声に出しながら、データを開く。内容はバストアップのキャラに口パク、髪なびきがある重くも軽くもない中程度のカットだった。
「これなら三時休みくらいには終わるかな?」
ホッと一息つき、ペイント作業を始める。メールソフトを開いたままなので新着受信があれば、ポップアップが出るはずだが、何度も受信フォルダを確認してしまう。見落としがあるかもしれないと思うと、気が気ではない。
ペイント作業を続け、夜七時を過ぎた頃、進行さんからメールが来た。添付データがある。開いてみると、それがリテイク一覧表だった。見てみると八割方のカットで何かしらのリテイクが発生していた。
「撮処理だけのも多いけど、結構な数だな。」
色パカだけだと思っていたカットにも作画修正の指示が入っていた。北町さんの言う事を聞いておいて良かった。
顔の作画修正が多く、後は口パク修正やパーツ抜け、自分では気付かなかった色パカもある。データを開いて見てみると、確かにパカっている。
「何で気付かなかったんだ・・・。」
また、色修正だけのカットは今晩中に該当のカット袋をこちらに持って来るとの事なので、リテイク作業は明日からになる。
今日はもう一カット塗って終わりという所か。新しいカットを取りに席を立った。
朝、出社してみると机の上にカット袋の束が置いてあった。昨日のメールにあった色修正のみのカットだ。早速パソコンの電源を入れ作業を始める。
カット袋の表面に貼ってあるリテイク表の指示に従って色修正をし、仕上げの欄にチェックを記す。数カットだけだったのでこの日のリテイク作業はすぐに終わった。
さらに翌日からは簡単なパーツ抜けや口パクなどの作画修正のカットが来た。これらは社内に仕上げ入れとして入るので、自分がやるのは検査だけだ。
仕上げ上がりが来るまでは時間があるので、それまでは普通にペイント作業をしなければならない。
「自分でリテイク引ければ手っ取り早いんだけどな。」
棚にどの作品が乗せられているかは、行ってみないと分からないが、リテイクの枚数は少ない物が多かったので、スキャンが終わっても山の下の方に置かれるだろう。つまりはまだ取れる位置には置かれていないはずだ。
「やっぱりまだ無いか。」
試しに山の下を見てみるとかなり下の方に一カット、スキャン済みが乗せられていた。
「これは上がりは夜かな?」
山の上からカット袋を取り、自席に戻ると、ペイント作業を始める。おそらく夕方までは上がりは来ない。
そして午後四時過ぎ、一カット目の上がりが来た。しばらくして次々と仕上げ上がりが上がって来たが、自分のペイント作業が終わっていなかった為、検査に手が付けられない。
「くそっ、早く検査したいのに。」
焦ると仕事が雑になる。急ぎたいが、リテイクを戻されるような上がりは出せない。
ようやくペイント作業が終わったので、検査に取りかかる。社内の上がりなので特に問題無く検査は済んだ。
「こんな簡単なリテイクだけだったらいいのになぁ。」
検査済みデータをサーバーにアップしながら軽くため息をつく。リテイク作画に時間がかかっているという事は、それだけペイント作業も時間がかかるという事だ。必然、検査にも手間がかかる。
簡単なリテイクが二、三日続いた後、ようやく本命の表情修正のリテイクが入り始めた。頭を丸ごと描き直した物から、目、口だけ、目、鼻だけを直したパズルのようなリテイクまで様々だ。ちなみにこの作品は目と眉が髪の透け越し色になるので、元データにパズルのようにはめ込むパターンは少し面倒くさい。そしてその面倒くさいパターンのリテイクを自ら引いた。
「えっと、目と鼻のかぶせ修だから、元データの透け越し色部分を先に髪色に塗り潰しちゃった方が手っ取り早いか?」
眉の作画が一本線の作画だったので、かぶせデータ作るよりは、元データをいじってしまう方が分かりやすい気がする。念の為、元データをpoolフォルダにコピーしておき、作業を進める。
自分でリテイクを引くメリットは、改めて検査をしなくてもいい所だ。リテイクペイント作業時に気を付けて作業していれば、そのまま検査上がりとして出せるので、時間短縮になる。正しく作業している事が前提だが。
「うぅ、めんどくせー。」
思わず声が漏れる。修正面積が広くても、頭ごと修正する方が普通にペイント出来るので、かかる時間は短いかもしれない。
自分のリテイク作業が終わる頃には他のリテイクも上がってきていたので、検査に移る。
表情修正というだけあって、よりキャラクター設定に合った顔に仕上がっている。テイク1を検査した時にはそれなりに可愛い顔だと思っていたが、修正が入ると劇的に変わる。作監修とは凄い物だ。もちろん、その作監修の線を的確に拾える動画さんの腕も必要になる。
予定では明日仕上げ入れ切り、検査アップだが、あと何カット残っているだろう。
「一、二、三・・・あと九カットか。」
いずれも表情修正とリテイク表にある。今日検査したくらいの内容ならば、問題無く終われそうだ。
翌朝、リテイク伝票を見ると、八カットしか入っていない。机の上を見てみると、カット袋をまとめていた外袋にメモが貼ってあった。
「なに?『残り一カット、上がり次第お持ちします。』って。」
パソコンの電源を入れ、メールボックスを確認すると、進行さんからメールが来ていた。
「追加の修正が発生。動画が上がり次第こちらに入れるが、明日にこぼしてもOKと。でもなるべく早い時間に、か。」
こぼしても構わないと言うなら仕上げとしては問題無いのだが、今日で終わりだと思っていただけに肩透かしを食らった気分だ。
「修正範囲が増えたって事は、面倒なカットって事だよな。明日の早い時間って何時くらいだろ?」
「おはよー、南花。変な顔してどうしたの?」
「変な顔ってなんスか。一カットこぼれたんスよ。今日がラストだと思ってたのに。それより、制作会社的に早い時間って何時くらいスかね?」
「そっちの会社が何時から動いてるかにもよるけど、午後イチくらいまでじゃない?」
「それくらいっスかね?まあ、まずは入れてくれなきゃ話は始まらないんスけど。」
「いつ入れが来るの?」
「上がり次第としか・・・。」
「それ、下手したら明日の入れになるんじゃないの?」
「はは、まさか。」
こぼれ可と言っているあたり、出来れば今日中に撮影にまで入れたいはずだ。
「入れは今日中じゃないスかね?」
「だといいけどねぇ。」
意味深に笑って自分のパソコンに向かう北町さん。俺はというと徐々に不安な気持ちが増してきた。一応、担当の制作さんにも確かめてみよう。
「すみません。残り一カットって、いつくらいに入るかとか、向こうと話してます?」
「ああ、それ、総作監からダメ出しが出て全修になったって言ってた。」
「全修正ですか!?」
「そう。で、なるべく今日中に入れるから、即日アップ出来ないかって言われたんだけど、入る時間によっては無理ですって伝えておいたから。そういうメール来てなかった?」
「はい、来てました。こぼれ可って。」
「だから無理して今日アップにしなくても大丈夫。」
「了解です。ありがとうございました。」
全修正とは予想外だった。なるほど時間がかかる訳だ。
自席に戻ってそのカットの内容と枚数を確認すると、キャラ二人のウエストショットで四十枚のカットだった。服のディテールも間違っていないし、どこが気に食わなかったのだろう。顔は確かにちょっと微妙な作画ではあるが。
三時休みが終わる頃、制作の川上さんがリテイク伝票を持ってやって来た。
「南花くん、ラスト一カット入ったよ。今からスキャンして一番上に乗せるけど、無理に検査アップしなくてもいいから。」
「分かりました。でも出来たら今日アップの方がいいんですよね?」
「それは確かに進行さんに言われたけど。まあ、出来れば、で。終電の時間もあるだろうし。」
「あ、はい。無理はしません。」
そう言ってリテイク伝票を受け取ると、ちょうど三時休みが終わる時間だった。自分の上がり棚にはすでに仕上げ済みのリテイクカットが揃っている。全ての検査が終わる頃にラスイチが上がっているのが理想的だが、そうはいかないだろう。取り敢えず検査の手を進める事にした。
上がっていたカットの検査が終わり、時計を見ると、午後六時前。棚を見に行ってみると、まだ少し物が乗っていた。見ると、少ない枚数だったので、取る事にした。
「何だ、塗れるの?」
「あ、川上さん。ラスイチ以外の検査は終わったんですけど、先に上がり出した方がいいんですかね?」
「終わってるなら出せば?ちなみにアレは弘前さんが引いてたよ。まとめて出したいなら、進捗聞いてみたら?」
「はい、聞いてみます。あと、取り敢えずこれは塗ります。まだ時間あるんで。」
自席に戻る道すがら、教えられた弘前さんの席へ向かう。
「弘前さん、作業中すみません。それ、何時頃目処付きそうですか?」
「えーと、八時半、いや、九時くらいかな?」
「それくらいに上げてもらえれば助かります。よろしくお願いします。」
どうやら今日中に上がりは出せそうだ。後はすでに上がっているカットを先に出すかどうかだが。
「聞いてみるか。」
悩んでいる時間も無駄なので、進行さんに問い合わせる事にした。
「送信っと。」
するとすぐに返信があった。
「上がってる分を先に、か。了解でーす。」
リテイク検査済みデータを圧縮してサーバーに上げる。アップした旨のメールを送り、ペイント作業に戻る。
午後九時過ぎ、ラスト一カットが上がって来た。弘前さんはしきりに謝っていたが、まだまだ終電には時間がある。余程の事がない限り、帰れなくなる事はないだろう。
上がって来たデータを開き、検査を進める。元データと比べてみると、キャラ二人とも、ボディーラインがすっきり細くなり、腕の動きも変わっていた。もちろん顔も可愛く修正されている。
最後のデータをサーバーにアップし、進行さんにメールを送る。今日の仕事はこれで終了だ。ぐいっと背伸びをして椅子の背をしならせる。
「うっしゃ、取り敢えずリテイク終わり!」
「お疲れ、南花。再リテイク出そうなカットはなかった?」
「分かりませんよ。たぶん大丈夫だと思いますけど・・・。北町さんはまだお仕事ですか?」
「こっちももう少しで終わる。」
「お疲れ様です。すみません、お先に失礼します。」
街灯がまばらな暗い帰り道だが、気分は良かった。一区切りついた仕事に、少しばかりの自信を貰えたようだ。後は再リテイクが出ない事を祈るばかりだ。