日報21『はじめての色指定、検査』
打ち込み素材が来た日から二週間、お菓子のカラーモデルの追加がないまま時間が過ぎたが、その間はいつも通りペイント作業をしていた。
「南花ー、このカットのキャラだけ塗ってくれる?お菓子はこっちで塗るから。」
「あ、河西さん、おはようございます。先行カット来たんですね。」
「うん、今日中にお菓子のカラーモデル作るから、ちょっと待ってて。」
「はい、よろしくお願いします。」
河西さんからカット袋を受け取ると、中身を取り出し、スキャンデータを確認する。色打ちの時に言っていたカット50だ。キャラ二人の前にマカロンとクッキーが皿に山盛りになっていて、取り皿と紙ナプキンが添えてある。お菓子のセルは河西さんが直接塗ってカラーモデルに仕上げてくれるそうだから、自分が塗るのは奥の二人だ。
「やっぱり髪の透け越し色、面倒臭いなぁ。」
「料理を処理してくれるだけ有り難いじゃないの、贅沢言わない。まだ始まったばかりでスケジュールにも余裕があるから河西さんが直接やってくれてるけど、ホントならそのカット全部南花が塗ってるはずよ。」
「ですよね~。あのお菓子の山を全部仮色で塗って出すって、正直大変っスもんね。」
北町さんと話しながらペイント作業を続ける。
塗り終わった段階で河西さんの席に顔を出し、進捗を確認した。
「もう出来るから次のカット取らないで待っててー。あ、カラーモデル一枚で収まったから、目次の追加変更は無しで。」
「了解です。」
自席に戻り、保留にしておいたカットの打ち込みデータを開いて眺めていると、デスクトップ上のフォルダに新しいカラーモデルが追加された。
「南花、お菓子のカラーモデル追加したよ。それと各キャラのイメージカラーのメモもテキストで一緒に入れといたから、その色のマカロン持たせといて。よろしくー。」
「すみません、河西さん。両手にマカロン持ってるカットがあるんですが、これはどうしたらいいですか?」
「取り敢えずマカロンは八色作ったから、ひとつはイメージカラーのヤツでふたつめは残りの色ならどれでもいいよ。」
「どれでも・・・ですか。」
「深く考えない考えない。」
笑いながら立ち去って行く河西さん。残された俺は悶々と悩んでいた。
しばらく悩んだ後、追加の打ち込みを始める。各キャラのイメージカラーはそれぞれ赤、紫、黄、緑、水色。それぞれのキャラにイメージカラーのマカロンの指示を打ち込んでいく。マカロンAが赤色、マカロンBが紫色という風にカラーボックスにアルファベットが当てはめられているので、それを打ち込んでいく形だ。
全てのカットの打ち込みを終えると、打ち込み済みデータをサーバーにアップする。そしてこのタイミングで仕上げあがりの一便目が上がってきた。
「そういや外に出てたんだっけ。上がってくるの早かったな。」
上がりのカット袋が机に積まれる。作業者欄を見ると、以前検査手伝いをした時になかなかの雑な上がりを出してきた会社名が書いてあった。
検査を始めてみると、やはり補正も雑で色パカもある。一番酷いのは髪のなびきが別セルになっているカットで、目と眉の透け越し色が作られていない物だ。
「北町さん、こういうのって戻しちゃまずいですかね?」
「明らかに注意事項に沿ってないんなら制作の方との交渉次第かな?まだ時間もあるし、戻せるんじゃない?」
「ちょっと制作に聞いてきます。」
該当カットを持ち、制作の所へ行く。事情を説明すると、リテイクとして戻してくれる事になった。
「助かった~。あれ全部直すとかマジ勘弁。」
「戻せたみたいね。」
「はい、良かったです。北町さんはどの程度まで自分で処理してますか?」
「時間ない時は全部自分でやっちゃうけど、時間に余裕があってさっきみたいな酷い上がりなら戻してもらうかな?」
「自分でやって間に合うなら、やっぱそうなるっスか。」
正直、ノータッチで検査上がりとして出せるカットはまだ一カットもない。大体が細かいミスなので修正するのも苦ではないが、先程のような枚数もあり、大きなミスがあるカットは修正に時間かかる。棚に積まれた仕上げあがりのカット袋の山を見てしまうと、時間のかかりそうなカットは自然と後回しにしてしまう。
「この会社、ちゃんと検査してんのかな?」
「海外の素上がりだと思って割り切るしかないわね。」
北町さんは諦めているようだった。
「いつもこんなカンジなんスか?」
「検査手伝いしてもらった時に分かったと思うけど、その会社はそういう上がりだよ。制作から何度注意してもらっても大して変わらないんだから。」
「確かに社内の上がりは綺麗だったもんなぁ。社内ってありがたいんスね。」
「社内で駄目な上がり出されたら、容赦なく戻せるしね。」
「うっ・・・、そう言えば俺、最初の頃は北町さんからよくリテイクもらってましたよね。」
「せっかく社内に居るんだから戻した方が本人の為じゃない?南花も先輩後輩問わず間違ってたらガンガン戻してやるといい。」
「うわ、できるかな?そんな事・・・。」
検査を続けていくと、また大きめなミスにぶち当たった。瞳の塗り分けが見本通りになっていない。見本では瞳の下部分が瞳1、上部分が瞳2と塗り分けられているのだが、このカットは瞳孔を中心にすぐ周りを瞳1のノーマル、さらにその外郭を瞳1の一号影で塗られていた。瞳を上下に分ける分割線が作画されてなかったのだろうか?トレスデータを開いて確認してみる。
「ちゃんと作画されてるじゃないかよ。緑のライン見えてなかったのかぁ?」
枚数が少ないので、これは自分で修正する事にする。が、面倒くさい。
瞳の作画と塗り分けが少し特殊な作品なので、こういう事もあるかと思ってはいたが、実際に間違われるとちょっとへこむ。
「っと、このカットはこれで良し。次は・・・。」
今度は衣装の塗り分けが間違っている。この間違いはさっきもあったと思い至り、前のカットナンバーを確認し、カット袋を見てみると、同じ人がペイントしていた。
「思い込みって簡単には直らないよな。」
またこの会社に出された時には同じ間違いをされるのだろうか。気が重い。
一通り検査を終えると夜九時を過ぎていた。検査上がりのデータを制作会社のサーバーに上げ、カット袋を一纏めにし、外部会社の上がり棚に置く。そしてメールで上がり出しの旨を書き込み送信する。
「はぁ~、どうにか一便目終わったぁっ!」
「お疲れー。どうだった?初めての検査は。」
「検査手伝いやっといて良かったです。なんとなくペースは掴めました。と、思います。」
「歯切れ悪いわね。」
「最後までやってみないとなんとも・・・。」
パソコンの電源を落とし、帰り支度をする。予定では明日は朝イチから検査作業が出来るはずだ。
検査二日目、三日目、四日目と社内、社外の上がりが四対六くらいの割合で上がってきた。比べると、やはり社内の方がだいぶ丁寧なように思う。
そんな中、社内の先輩の仕上げ上がりで少し問題のあるカットが上がってきた。
「うーん、これは・・・。」
「どうしたの、南花?」
「いや、ちょっと下野さんの上がりが・・・。」
「何?下野ミスったの?戻しちゃえ戻しちゃえ。」
「楽しそうに言わないで下さいよ。先輩にミス指摘するなんて、変に緊張するじゃないですか。」
「指定検査の当然の権利なんだから、堂々と戻せばいい。」
「分かりました。行ってきます・・・。」
該当するカット袋を持ち、意を決して席を立つ。
「お仕事中すみません、下野さん。」
「何?」
「このカットなんですけど、リテイクお願いしていいですか?」
「どこ間違ってた?」
「見えてる面積小さいんですけど、服の裏地の色が別色なんです。あと、この作品、睫毛と瞳孔はブラックじゃありません。」
「ちょっと待って。・・・あ、ホントだ。悪い、直す。」
カラーモデルを大きく表示し、確認すると、下野さんはカット袋を受け取ってくれた。俺はホッと胸を撫で下ろす。
「ちょっと今塗ってるのが時間制限あるヤツだから、こっち優先しても大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫ですんで、よろしくお願いします。」
「悪い、今日中には出すから。」
そう言って下野さんが目線をモニターに戻したので、俺は自席に戻った。
「はぁ~、緊張した。」
「何事も経験、経験。」
北町さんはどこか楽しげだ。こっちは真逆の心境だというのに。
気を取り直して検査を再開する。今日の外注上がりは割りと丁寧だったのでサクサクと手が進んだ。
「おっしゃ、あと残り十八カット。」
仕上げ入れは明日朝には入り切る予定なので、検査も明日中に終わるはずだ。
「取り敢えず順調に進んでるかな?仕上げじゃどうしようもないカットはもちろんリテイクになるだろうけど。」
リテイクを前提に検査作業をするのは少し虚しいが、実際に仕上げ部門ではどうにもお手上げな作画ミスは作画さんに修正してもらわなければならない。もちろん細かい線パカや小さなパーツ抜けは、ペイントや検査時に修正している。厳密に言えば仕上げの仕事ではないのだが。
「検査始まってから、あっという間だったな。」
帰り支度をしていると、東城さんに声をかけられた。
「南花、順調か?」
「はい。明日検査アップ予定です。」
「そうか、お疲れ。」
そう言うとすぐにその場を離れていったが、社長として新人の色指定の様子を気にかけてくれていたようだ。
いつもと比べれば少し早いが、社内の仕事も終わっているようなので早々に帰宅する。明日に備えて今日は早く寝よう。
朝イチ、まだ検査上がりは無かったので、普通にペイント作業をする事にする。昼過ぎには終わる程度の枚数と内容の物を選ばせてもらうと、パソコンに向かった。
十一時過ぎ、今日一便目の外注上がりがきた。まだペイント作業中だったので、しばらく放置だ。
昼休み前には残りの数カットも上がってきたので、午後から検査作業に入れる。早くペイント作業を終わらせよう。
「よし、塗り終わった。」
上がり棚にカット袋を置くと、急いで自席に戻る。今日でテイク1の検査は出し切りだと思うと気持ちがはやる。
今日出ていた外注先は割りと丁寧な上がりを出してくれる会社だった。
「これは楽に検査できるかな?」
データを開き、検査を始める。すると、大きく違和感のあるデータがあった。
「これ、塗り分け間違ってるよな?なんでこんな色に?」
明らかに見た目の違う衣装になっているので、一番広い面積の色をスポイトしてカラーモデルと比べてみる。確かにカラーモデル内にある色なのだが、パーツの場所が違う。隣のボックスと似たような仮色で囲われていた為、間違ったまま塗り進めてしまったようだ。そして正しい場所もその色で塗られていた為、バッチ一括では処理できない。一枚ずつ正しい色に塗り変えるのは若干面倒な作業だ。
「最後に大物がきたな。」
検査を進める上でこういう事もあるかと、手を動かす。
その後の上がりは特に大きなミスも見当たらず、検査は進んだ。
「よっし、テイク1検査上がりっ!」
データをサーバーにアップし、メールを送り、カット袋を纏め、外部会社の上がり棚に置く。ひとつ背伸びをし、息を長く吐く。腰がバキッと鳴った。
まだ社内の仕事は残っているようなので、新しいカットを取りに行く。そこに丁度東城さんが通りかかった。
「あ、東城さん。テイク1上がりました。」
「おう、お疲れ。どうだった?初めての指定検査は?そんなに大変なもんでもなかっただろ。」
「そうですね。初心者向けの話数を渡してもらったおかげですかね。あと河西さんのカラーモデルも細かくて、痒い所に手が届くというか。何て言うか、ありがとうございました。」
「じゃあ、今後も色指定としてやっていくって事でいいか?」
「え、はい、俺で良ければ。」
「よし、次は大変なヤツ回すかもしれないから覚悟しとけよ。」
「はは、お手柔らかにお願いします。」
軽く笑みを交わし合うと、カット袋を手に自席に戻る。
取り敢えずやれる事は全てやったはずだ。後はどのくらいリテイクが出るか。ラッシュチェックするのがちょっと怖いと思いつつ、またモニターに向かった。