日報20『はじめての色指定、打ち込み』
昨日、色打ちから帰ってくると、既に俺用のメールアドレスの設定を上がやってくれていた。サーバーの設定も河西さん達に教わりながら、なんとかできた。
そして今日、早速打ち込み用の素材がサーバーに上がっていた。打ち込み素材とは、原画をスキャンしたデータだ。それに各カットのシーン色とキャラ名とを書き込む事を『打ち込む』と言う。
「ホントに昨日の今日で打ち込み素材がきたよ。でもまだ香盤表も目次も貰ってないからな。何もできん。」
ベテランさん達の朝は少々遅い。その分夜遅くまで仕事をしているのだが。
「取り敢えず、塗るか。」
河西さんが来ない事には何も始められない。諦めて棚にカット袋を取りに行く。
「すいません。ちょっと自分の仕事があるかもしれないんで、少なめのヤツ取っていいですか?」
仕上げ部門の総責任者に確認を取り、棚の一番上からではなく中程から適当な枚数の物を引き抜く。河西さんが出社するまでのつなぎだ。
お昼前、塗り終わったカットを上がり棚に出しつつ河西さんの席を覗く。まだ出社されていないようだ。
「うーん、どうするかな?大体午後イチにはいるよな?」
次のカットを取るかどうか悩んでいると、北町さんが声をかけてくれた。
「河西さんならいつも昼休み中に入るよ。」
「あ、やっぱりそうですよね。昼休みまでもう少しだし、コンテのおさらいでもしてます。ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
そういう訳で、新しいカットは取り敢えず取らずにコンテを見直す事にした。一昨日から散々めくっているので、ページの端が少しよれはじめてきている。
「たった二日で随分と年季が入ったようなコンテになったわねぇ。」
「うわ、びっくりした!」
いつの間にか背後に北町さんが立ってこちらを覗き込んでいた。
「丁寧に扱ってるつもりなんスけど、汚いっスかね?」
「それだけ昨日の色打ちまで熱心にやってたって事なんでしょ?いいんじゃない?」
これは褒められているんだろうか?
「凄い書き込み。そんなに面倒臭い内容だった?」
「いえ、内容はシンプルだと思います。俺がなんでもかんでも演出さんに聞いたからこんな事になったんだと。」
「若いっていーわー。あの頃の熱量が懐かしい。」
自席に戻る北町さんを見ながら、彼女にも俺と同じような時期があったんだという当たり前の事を思った。
コンテを二周したところで昼休みになった。まだ河西さんは出社していないようだった。
いつものように近所のコンビニに昼食を買いに出た道すがら、ちょうど出勤途中の河西さんと出くわした。
「おはようございます、河西さん。早速打ち込み素材入ってきてたんですけど、目次とかってすぐ出ますか?」
「ああ、悪い。昨日の内に出来てたんだけど、もう南花が帰った後だったから。すぐにデスクトップに送っとくよ。」
「ありがとうございます。お願いします。」
買い物から帰ってくると、先程の言葉通りデスクトップに『from kasai』というフォルダが出来ていた。その中に今回の話数の目次と香盤表、それにカラーモデルが入っていたので、早速ファイルを開く。登場人物が五人とシーン色変えが一回だけなので、特に注意する事もないシンプルな目次と香盤表だ。これで午後イチから打ち込みが始められる。
昼休みが終わってパソコンに向かおうとすると、河西さんがやってきた。
「取り敢えず目次にお菓子も入れておいたけど、枚数が増えるかもしれないからそこら辺は保留で。打ち込みは仮色で進めてもいいけど、全体が見えるカットは保留の方がいいかも。マカロンはカラフルにする予定だし。」
「はい、分かりました。」
それでは始めよう。まずは・・・。
「どうすればいいんだろう?あのー、北町さん?」
「何?」
「打ち込みって、一カットずつテキスト入力していくんじゃないですよね?」
「そうね。まず全員分のファイル名を入力したベースを一枚作っておいて、そこからコピペしていく方が楽じゃない?あ、各レイヤーは合成しないままね。あとはシーン名とノーマル一号二号の表記と簡単な注意事項も。」
「注意事項ってダブラシ影とか眉が透けるかとかですよね?」
「その作品なら、目と眉の透け越し色の注意事項は書いといた方がいいんじゃない?面倒くさいところだし。」
「分かりました。ありがとうございます。」
「あっ、あと、原画スキャンはジェイペグできてるだろうけど、保存はピングかタルガファイルでね。」
「そのまま単純に保存を選択したらジェイペグのままって事ですよね。新規保存、じゃなくて別名で保存か。・・・ピングとタルガって、どっちがいいんスか?」
「私はピングにしてる。ソフト開かなくてもビューワーで内容見れるし。」
「じゃあ、ピングにします。」
始めてみなければ分からない事だらけだ。隣に北町さんがいてくれて助かった。
他の色指定さんの打ち込みを参考に、ベースを作っていく。この話数は五人しか登場しないのでベース作りは簡単だ。そこから各カットに必要な情報をコピペしていく。
「ノーマル色、キャラはこの二人、ドアノブは仮色Aで後から色合わせっと。」
順調に打ち込みは進んでいく。そしてお菓子の登場するカットになった。
「これ、ひとつずつ別の仮色って打ち込んだら、塗る人大変だよな・・・。」
マカロンの山が作画されているカットを開き、しばし固まる。うん、これは言われた通り保留にした方が良さそうだ。
「手に持っているマカロンは仮色でもいいのか?後でイメージカラーの色を拾えばいいんだし。」
食堂のシーンも、仮色も含めて打ち込めるカットは打ち込み、進めていく。
「さて、ここからは夕景っと。」
色変えのカットになり、夕景色の打ち込みベースファイルを開く。このシーンはキャラのみなので、作業も楽だ。そして最後のカットまで打ち込みを終える。
打ち込みが済んだカットのデータを社内サーバーと外部サーバーにそれぞれ上げると、今日の作業は終了だ。
「保留が結構あったから案外早く終わったな。まだ棚乗ってるかな?」
新しいカットを取りに棚に行くと、まだ十数カット残っている状況だったので、一番上からカット袋を取る。自席へ戻ると、北町さんに声をかけられた。
「打ち込みは終わったの?早かったわね。」
「保留のカットが結構あったんで。」
「ちなみに聞くけど、保留してるカットって何もせずにそのまま?」
「はい、そうですけど・・・。」
「馬鹿だね。保留の物があったって、キャラ名とかは打ち込んでおけるじゃない。」
「そう言えば確かに・・・!?」
「でももう次のカット取ってきちゃったんだから、それやらないとね。」
やっぱりというカンジで北町さんが小さく笑う。俺はそれを見ながら少なからずショックを受けていた。
とにもかくにも一度取ったカットは仕上げなければならない。諦めてパソコンへ向かう。幸いにもカロリーの低いカットだったので、三十分ほどで作業は終えられた。
改めて保留にしてあったカットを開き、キャラ名など、打ち込める物は打ち込んでいった。何故さっきはこんな簡単な事に気付かなかったのだろう。そうこうしている間に社内の作業も終わったようだ。
「北町さん、アドバイスあざっした。」
「やれる事はやっとかないとね。そう言えばちゃんと外部サーバーにもアップした?」
「それはやりました。」
「追加で上げる時、外部に上げるの忘れがちだから気を付けて。」
「はい!」
あとは実際に仕上げ入れ素材が入って来なければ分からないが、ちゃんと塗れる状態の打ち込みになっているか少々不安だ。他の色指定さんの打ち込みを参考にしてやったので大丈夫だとは思うが。
なんにせよ、初めての打ち込み作業は終わった。さあ、次は仕上げ検査だ。