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日報13『検査手伝い』


南花(なばな)、仕事きりのいいところで俺んとこ来てくれ。」

「え?あ、はい。」


 午後三時を過ぎた頃、社長である東城(とうじょう)さんから声をかけられた。


「え?俺なんかしたのか?」


 こういう時に話しかける相手の北町(きたまち)さんは打ち合わせに出ていて、今は席にいない。取り敢えず今作業中のカットはもうすぐ終わるので、これが終わったら呼び出しに応じよう。



 作業済みのカットを上がり棚に置き、緊張しながら東城さんのデスクに向かう。何か不興を買う事でもしただろうか。


「東城さん、時間できましたけど・・・。」

「おう、南花。まあ、そこ座ってくれ。」

「はい。」


 応接セットのソファーを促され、大人しく座る。これから何を言われるのだろうか?


「ちょっと相談したい事があってだな。」

「はい、なんですか?」

「明日から北町の検査手伝いに入ってくれないか?明日から三日間がヤマでな、どうにも一人じゃ捌けないらしいんだわ。」

「検査手伝いって、俺がですか?俺なんかで役に立てるとは思えませんけど。北町さんも嫌がるんじゃ・・・。」

「その北町からのご指名なんだよ。南花はミスも少ないし、仕事も丁寧だからって。それに色指定やりたいんだろ?本番前の準備運動って事で、どうだ?検査慣れしといた方が良いと思うぞ。」

「はぁ・・・。」


 どうしよう。北町さんが推薦してくれた事は嬉しいが、どうにも自分に自信が持てない。そこへ打ち合わせ終わりの北町さんが顔を出した。


「あ、東城さん。検査手伝いの話ですか?」

「おう。今、話したところだ。でも消極的みたいだぞ。」

「そうなの?普通に自分の塗り上がりを見るみたいに検査してくれればいいんだけど。」


 自然と隣に座り、話しかけてきた北町さんの顔を窺う。


「でも、自分が検査しても、結局は北町さんの手を煩わせるんじゃないかと思うんですけど。」

「完璧な検査なんて求めてないよ。単純な色間違いやパカを潰してくれるだけでも助かるの。明日からの上がりは海外動仕がほとんどだから、そういう単純ミスが多いだろうし。もちろん、南花が見たやつも最終的には私がチェックするからそんなに気負わないで。」

「・・・。」

「難しく考えなくていいの。いいから色指定検査の練習だと思ってやりなさい。いいわね?」

「・・・はい。分かりました。お願いします!」

「いい返事。じゃあ東城さん、明日から三日間、南花借りますね。」

「おう。今晩遅くから上がってくる予定だから、朝一から手伝い入ってくれ。」

「はい。」

「んじゃ、戻っていいぞ。」


 なんだか上手く丸め込まれた気がしないでもないが、仕事が貰えるのは有り難い事なのだから、一所懸命務めよう。



 翌朝、出勤すると、北町さんの上がり棚にはカット袋の山が築かれていた。北町さんはまだ出勤していなかったので、制作の人間に確認を取りに行く。


「サーバーの『北町さん上がり』のフォルダからデータを落として検査始めて下さい。」

「分かりました。」


 席に戻って言われた通りにサーバーからデータを落とす。それから該当するカット袋を棚から引き出して作業を始める。

 最初に開けたカットは特に問題は無かったが、すぐ次のカットからは問題点のオンパレードだった。


「なんでノーマル色なんだ?」


 指定打ち込みには夜色の指示が入っているのに、上がりはノーマル色だった。その上目立つパカもあるし、パーツの色間違いもある。なるほど、これが海外上がりのクオリティ、などと感心しながら、間違い部分を修正し、最後にバッチ処理で夜色の色味に変換する。そこまでやったところで北町さんが出勤してきた。


「おはよう、南花。早速やってるわね。海外の素上がりはどうよ?」

「いや、始めて2カット目から突っ込み所満載で。海外の上がりって、ホントに凄いんですね。笑えねぇ。」

「本当に凄いのよ。分かってくれた?そんなカンジだから、打ち込みのあるべき姿にしてくれると助かるの。」

「分かりました。これなら俺のやれる事もありますね。」

「じゃあ、引き続きよろしく。終わったら、私のデスクトップに『南花検査済み』ってフォルダを作ってデータ上げといて。あと仕上げ検査のチェック欄に名前の記入ね。それと、カット番号と合計枚数も控えといて。取り敢えずそんなとこかな?」

「了解っス。」


 ひたすら検査を続けて、昼が過ぎ、夕方になり、あっという間に夜になった。だが、上がり棚のカット袋は後から後から積まれていき、なかなか量が減らない。


「なんかやってもやっても減らないっスね。」

「最初はこんなもんよ。南花、今日何カット検査した?」

「16カットです。・・・少ないっスよね?」

「初めてなら充分。検査してくれたカットも問題ないし、明日もこの調子でやってくれると助かる。今日はもう帰っていいよ。」

「でもまだあんなに残ってるのに。」

「明後日までに終われば問題ないんだから、大丈夫。終電まであと一時間半くらいでしょ?今日は帰りな。それより明日朝、余裕があるなら少し早めに来て検査始めてくれる?午前中に一便纏めて上がり出したいから。」

「分かりました。じゃあ今日はこれで失礼します。お疲れ様でした。」

「お疲れ様。また明日~。」


 夜道を駅まで歩いて行く。果たして本当に検査手伝いとして自分は機能しているのだろうか。何なら完徹する勢いで出勤してきたので、まだまだ目は冴えているが、明日に備えて帰ったらすぐに寝よう。それにしても何時まででも作業ができる自転車組とは言え、何時まで残って仕事をするのだろう?指定検査さんって大変だ。



 手伝い二日目、少し検査のペースも上がった。それでも朝から晩まで二人がかりで検査を続けても次々にカット袋の山が築かれる。


「これ明日までに終わるんですか?」

「終わらせるのよ。でももう新規の上がりはあと20カットくらいだからなんとかなるわよ。」


 外撒き表を見ながら北町さんが背伸びをする。それを見て自分も肩がガチガチに固まっている事に気付いた。


「じゃあ、も少し頑張りますか。」


 肩を軽く回しながら、サーバーからデータを落とす。


「助かるけど、ちゃんと終電前に帰ってよ。」

「分かってます。明日も早めに来た方がいいですよね?」

「うん、お願い。」


 終電まであと三十分というところまで作業をし、この日は終了。残りは明日一日だ。



 翌朝、出勤してみると、目に見えてカット袋の山は減っていた。


「すげえ、ホントに終わりそうだ。いや終わらなきゃ駄目なんだけど。」


 カット袋の仕上げ会社名を確認し、データを落とし、作業を始める。一昨日よりも昨日、昨日よりも今日の方が仕上げ上がりの質が落ちている気がする。


「補正粗いのはもちろんだけど、パーツの色間違いが酷いな。」


 取り敢えず色を付けました的な上がりを修正し、次のカットに手を伸ばす。


「やべぇ、動画溶けてる。これは北町さんの指示待ちかな。」


 分かりやすく作画崩れを起こしているカットにぶち当たった。色パカをしているパーツの修正だけして一旦保留にする。定時に北町さんが入ってきてから対処法を確認しよう。


「おはよう。」

「あ、おはようございます。早いですね。」

「最後くらいはね。南花にも早く来てもらってるし。」

「早速なんですけど、このカット見てもらえますか?パーツが溶けてて。」

「うーん、これは・・・。リテイク対応かな?仕上げの領分じゃないでしょ。指定外の色にしておいて。」

「分かりました。」

「さて、私もやりますか。」


 昨日、一昨日と同じように二人で検査を始める。昼過ぎに上がってきた最後の海外動仕上がりが積まれてからは、徐々にカット袋の山は減っていった。

 午後八時を過ぎた頃、北町さんの上がり棚からカット袋は無くなった。あとは俺の検査上がりをチェックしてもらうだけだ。


「お疲れ様。もう検査するカット無いから上がっていいよ。」

「いえ、北町さんのチェックが終わるまでは待機してます。自分がなんかミスってるかもしれないですし。」

「真面目だねぇ。どう?少しは検査慣れた?」

「海外上がりのクオリティは身に染みました。それより俺の検査上がりは大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。問題ない。だから上がってもいいってば。それに待たれてるとそのプレッシャーがこっちにくるんだけど。」

「すいません。でも心配で・・・。」

「あとは私の仕事だから。三日間、助かったよ。自分が検査した合計カット数と合計枚数確認したら今日は帰りな。」

「・・・はい。分かりました。合計枚数とかってどうやって申請するんですか?」

「月末に記入してる集計表とは別に、設計さんとか指定が記入する紙があるからそこにね。まあ、その時にまた教えるよ。」

「よろしくお願いします。じゃあ、今日は失礼します。」

「はい、お疲れ~。」


 怒濤の三日間が終わった。確かにちゃんと色指定検査の仕事をする前に検査手伝いに入れたのは良かったのかもしれない。この経験無しでいきなり本番検査に入っていたらパニックに陥っていただろう。仕事を回してくれた東城さんと北町さんに感謝だ。


「何事も無く、無事に検査アップしますよーに!」


 夜空に向かって手を合わせ、少し小声でそう唱えると、星がひとつ流れた気がした。




 

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