日報11『国内動画』
たまにはこんな日もある。今日の仕事のほとんどが国内動画だ。海外動画に比べて線が綺麗で作画注意事項もちゃんと守ってくれている、事が多い。例外は何にでもあるが、今日引いたカットはどれも綺麗な動画上がりだった。
「うおー、コレ補正いらないんじゃないか?」
スキャンした線画もとても綺麗だ。色トレス線もがさつかずにしっかり出ている。これだけ綺麗なスキャンデータだとバケツ塗りもはみ出さずにすいすいと塗り進められる。ああ、毎日がこうならどれだけ楽か。
「ストレス無く塗れるって、こんなに楽しかったっけ?普段の動画、どんだけ線ボロボロなんだよ。」
毛束が細かくバサバサと長い髪の毛がなびくような少女漫画アニメも、線が少ない幼児向けアニメも、ほぼ補正なく塗りきれた。今日は数少ない『当たり』な日だ。これならば普段以上の枚数を塗れる。稼げる時に稼いでおかなければ、また明日からは海外動画スキャンになるかもしれないのだから。
「綺麗な動画ってテンション上がりますね!北町さん。」
「そうね、それであんたのモチベーションが上がるならいい事だわ。どんどん枚数稼ぎなさいよ。」
「うぃス。」
次に引いたカットは眼鏡キャラ。細かい前髪が眼鏡にかかっている、なかなか面倒なキャラだが、これも線がとても綺麗で難なく塗り終えられた。普段ならばそこそこ時間のかかるキャラなのだが、実線のスキャン2値化が綺麗に出ていればこれだけ作業時間に差が出るものなのだ。仕上げとしては毎回このレベルの動画上がりが欲しいものだが、そうはいかないのは重々承知だ。短い期間で海外に動画を撒いている以上、上がりが荒くなるのは仕方がない。
「国内の動画さんってどれだけ時間貰ってるんですかね?海外撒きだと24時間戻しとか24時間動仕とかよく聞きますけど。」
「さあ?どうなんだろね?作画さんに知り合いいないからな~。」
「作画さんの話も聞いてみたいですよね。どんな事が大変なのか。」
「うん、そういう機会があればいいけど。」
北町さんと話しながらも、もう一カット塗り終わった。線の少ない幼児向けアニメだったので50枚があっと言う間だった。
「今日はみんな早く上がれそうですね。」
「私はまだ検査の山が残ってるけどねー。」
「わあっ、すいません。ここんとこずっと終電近くだったんで。」
「別に謝らなくても。早く帰れる時は早く帰ってゆっくり休みなさいよ。これは私の仕事なんだし。」
「指定検査さんって、大変ですよね?」
「何?色指定に興味ある?」
「無くはないですけど、俺なんかじゃ到底無理っスよ。」
「何事も経験。今度希望出してみれば?半パートとか、五分十分の短いやつとか、物量が少ないの回してくれるよ。たぶん。」
「それなら何とか・・・なるっスかね?」
「あ、東城さん。南花が色指定やってみたいって。」
ちょうど通路を歩いてきた男性を北町さんが呼び止めた。
「お?南花、色指定やってみるか?今ならメカものにも空きがあるぞ。」
「いや、東城さん。初めてがメカって、どんな無理ゲーっスか?社長なら常識ある発言して下さいよ。」
「やってみたいってのは事実なんだな?ちょっと今は重たいやつしかないから仕事回せないが、新人向けの作品がきたらお前も頭数に入れて考えとくからな。」
「えええ、色指定デビュー決まりっスか?こんな簡単に?」
「やる気があればそれで充分だ。」
「やってみれば何とかなるわよ。隣の席の先輩としてサポートはするから。大丈夫、やってみな。」
「えっと、それじゃあよろしくお願いします。」
「よし。まあ、しばらく先の事だろうから、まだ気楽にしてろ。んじゃ、その時にな。」
そう言って東城さんはデスクに戻って行った。あまりの急展開に頭が真っ白だ。
「やったね!色指定デビュー!」
「北町さんが余計な事言うから。」
「余計な事?」
「いや・・・。いえ、ありがとうございました。自分一人じゃ踏ん切りつかなったですから。」
「ま、取り敢えず次のカット取ってきなさいよ。まだ先の話なんだし。」
「はい、そうします。」
席を立って新しいカットを取りに行く。まだ棚にはカット袋がいくつか乗っていた。上から一袋取り、席に戻る。何だか足下がフワフワしているようで微妙な居心地だ。だが今はこの手持ちのカットを片付けなければ。色指定の件はまだ先の話、だ。
「ああ、これも綺麗な動画だ。早く終われそうだな。」
一言つぶやいてパソコンへ向かう。残っていたカット数的にこれが今日の最後の仕事だろう。珍しく早く帰れるので、明日に向けて鋭気を養おう。いつか来る色指定の仕事に思いを馳せながら。