日報10『アイドルもの』
近年、アイドルもののタイトルが増えてきた。毎クールと言っていいほど何かしらのアイドルものが放送されている。
「おぉう、きたよアイドル。」
カット袋を取った瞬間に声が出る。アイドルものは私服でも制服でもステージ衣装でも女でも男でも、衣装のディテールが細かい物が多いので塗るのにとても手間がかかるのだ。描いている作画さんも大変だろうなと同情してしまう。
「さてと内容は・・・?」
おそるおそる中身を取り出すと、一番の難関のステージ衣装だ。大変なカットを引いてしまった。
「しかも袖がシースルーのヤツだ。別セルでダブラシ作成って地味に面倒臭いよな。」
袖部分が色トレスの上にダブラシセルを別で作成する。透けている所だけをダブラシにするならバッチ分離で簡単にできるのだが、肌にかかる面も合わせてのダブラシ作成のパターンなので、一度全てを塗り上げてからセルフォルダをコピーして、袖部分を指定色で塗り潰しそれ以外を消すか、袖と肌色をバッチ分離で別セルとして保存した上で抜けている実線部分を塗り潰して指定色に変換するか。この場合は袖の下の肌色を別の仮色にしておかなければ、顔や足などの必要の無い箇所までバッチ分離で引っ張ってきてしまう。仮色の肌は別セルダブラシを作成した後に本色に戻す。
それ以外でも身ごろが色トレスペイントのストライプだったり、ボタンの色が全部違っていたり、スカートに色トレスのチェック模様が入っていたりと、とにかく手間のかかる処理が多い。こんな衣装で動き回ってくれるのだから、描く方も塗る方もとにかく大変だ。
「終わるのかコレ?」
幸い動画の線はある程度綺麗だ。それでもやはり色トレスのパーツは影線との交点が実線色に黒くなってしまっている。チマチマと修正しながら、全体を塗り進めていくが、なかなかスピードが上がらない。
「北町さん、なんかこう、要領よく塗る方法ないですかね?」
「無い。慣れと根性。」
「毎日塗ってれば慣れるかもしれないスけど、たまにしか入ってこないのに慣れろって言われても。」
「南花はあんまり手が早くないんだから、無駄口叩いてないでさっさとやる。」
「分っかりましたよ、やりますよ。」
普段はあまりやらないやり方だけれど、一つ一つのパーツを順に塗っていこう。ボタンならボタンだけを、襟なら襟だけを一から順番に塗り潰していく。一色ずつ塗っていくので色パカの心配は少なくなる。比較的簡単に塗れるパーツから処理していくと、当たり前のように面倒なパーツが残ってしまう。
「よし、やるか。」
気合いを入れ直しスカートのチェック模様に手を入れ始める。上にくる色と下にくる色とを丁寧に塗り分けていくと見た目には綺麗なチェック模様の出来上がりだ。普通の視聴者は、仕上げがこんなに苦労して色を塗っているなんて思いもしないのだろう。作画さんのように神作画などと評価される事の無い地味な仕事が仕上げだ。だが、色が付かなければアニメとして成立しない。大事な仕事だとそれなりの矜持を持って日々この作業を続けている。
「こんな大変な思いして塗っても動くと一瞬ですよね。」
「それは作画さんも一緒じゃない。」
「そうなんスけど、もうちょっと仕上げも評価して欲しいって言うか。作画さんは作画がいいと誉められるじゃないですか。それに比べて仕上げは・・・。」
「アニメに色が付いてるのは当たり前だからね。逆に意識されないほど当たり前に放送されてこそ、仕上げの勝利になるんじゃない?」
「仕上げの勝利かぁ。そう言われればそう思えなくもないかもしれないスけど。」
「無駄口叩いてるけど作業終わったの?」
「もうすぐ終わりまーす。」
色パカも無く無事塗り上がった、と思う。何度も繰り返しセルを送りながら確認をする。最後にもう一度全てのセルを開いて最終チェックをし、データをサーバーにアップしてから上がりを棚に出しに行く。まだ今日の作業分が棚に残っていたので、一袋取って席に戻る。さあ、次はどんなカットだろう。