プロローグ:ある少年の死に際の数秒間
呼吸が苦しい。
「うぐ…うぅぅ…」
喘ぐ様に呼吸する。
「ジェイ!!ジェイ!!!」
体を揺すられ呼び掛けらているけれども、とてもじゃないがそれに応えることは出来そうにない。
裂けた額が熱い。だが痛みはなかった。大した傷ではないのかもしれないし、痛みさえ感じる余裕がない状況だからかもしれないし、そもそもすでに死しているのかもしれない。
いや、最後はさすがにないだろう。だってこんなにも息がしづらい。
―――"どうして苦しいのか"?…どうだろう?今にも鋭い牙が、爪が、炎が、俺の命を散らしてしまう予感を感じているからじゃないか?
そうだ。恐ろしい程に死の予感を感じている。そりゃあもう、バリバリと。
「ぐ、…はぁ、あぐ…」
けれど、まだ俺は生きていた。喘ぎながら数秒を生き永らえている。現状――荒れ狂うドラゴンから命を狙われるこのシーンの中、何とか生き永らえている。
「ジェイ!!ああ!!!どうしよう!!?どうしよう!!!???」
左目は溢れる血液で滑る手の平に塞がれている。体を丸めているがために、視界には湿気った地面と少女の擦り剥けた膝しか見えない。
呼び掛けに少しでも反応してみせようと、右目を少女の顔に向けた。ああ、少女の顔をこんなにも近くで見たのは初めてだ。存外整っているじゃないか。まるで物語のヒロインのようだ。
…そうだ、例えばもし本当に少女がヒロインだとしたら。だとしたら――
(だとしたらヒロインはここで死ぬだろうか?)
死に際数秒で考えることではないだろう。けれども仕方ない。思いついてしまったのだから仕方ない。
(俺が作者なら、ヒロインをこんなにも意味の無いところで死なせやしない。俺しか観ていないような状況で、未だ幼女のヒロインがこんなところで死んだとして、ヒーローが復讐に燃えるような材料としてはインパクトが弱すぎる。だって回想で現れるヒロインが10年前に死んだ幼女?感情移入しにくくないか?)
――じゃあどこで殺す?
(待て。死ぬシーン以前にまずこの死線をどうヒロインに潜らせるか考えなければならないだろう)
『「だめだ…もう、」』
吐息のように静かに言葉を溢す。
そうしてこの、紅蓮の魔法の家系に生まれた少女は涙を拭って立ち上がり、叫ぶ。
『「私がやるしかない!!!!」』