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虹宮白羽と七人の悪魔  作者: 我楽太一
第一章 虹宮白羽と悪魔祓いの少年
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第一章(5/6)

 騒動から一夜明けて――


 翌日、そろそろ正午が近づいてきた頃のことである。夜彦が台所で昼食の準備をしていると、白羽が居間に現れた。


「ど、どうも」


「お、おう」


 顔を合わせた二人が思うことはただ一つだった。


(気まずい……)


 裸を見た/見られたという関係だけでも居心地が悪いのに、その上二人は変身して迷惑をかけた/かけられたという関係でもあった。お互いに被害者でも加害者でもあるせいで、相手とどう接していいのか一晩経ってもまだ分からなかったのだ。


「弥宵さんはお出かけですか?」


「老人会の集まりだってよ」


「ああ、そうなんですね」


 白羽とは昨日の夜の歓迎会や今日の朝食でも顔を合わせていた。それでも今ほど気まずくなかったのは、二人の仲を取り持つように弥宵が会話の橋渡しをしてくれたからである。


 それは言い換えれば、二人きりになると間が持たないということでもあった。


「…………」


「…………」


 しばしの沈黙のあと、先に話題を見つけた白羽が口を開く。


「あっ、お料理手伝いましょうか?」


「あー……」


 ちょっと考えてから、夜彦はこう答えた。


「いや、いいよ。そんな手の込んだもの作るわけじゃないし」


 それから心の中で、こうも付け加える。


(またストレス溜めて変身されても困るしな)


〝赤音に変身する時というのは、基本的に白羽が怒っている時だと考えていいようじゃな〟


 弥宵がそう説明していたから、白羽を怒らせるような真似は避けたかった。もし台所で一緒に料理なんてしたら、うっかり胸を触ってしまったり、うっかり押し倒してしまったり、うっかりパンツをずり下げた挙句そこ(・・)に顔を突っ込んでしまったり……という展開になる可能性もゼロとは言えないだろう。


 幸いにも、「すぐできるから、そっちでテレビでも見ててくれ」「分かりました。ありがとうございます」と上手く白羽を遠ざけることには成功した。あとは、料理が完成するまでに弥宵が帰ってくれば完璧である。


「……それじゃあ、食べるか」


「は、はい」


 弥宵を待つなら、もっと手のかかるメニューを選べばよかった。あっという間にできあがってしまった炒飯を前に、夜彦はそう後悔していた。


「…………」


「…………」


 例の気まずさから、二人の間には相変わらず会話はなかった。律儀にも食べる前に「いただきます」と白羽が言ったくらいで、あとはただ黙々と料理を口に運ぶだけである。


(……いつまでも、ばーさん頼りってわけにもいかないよな)


 そう考え直して、夜彦は白羽との会話の糸口を探し始める。


 まず思いついたのは、炒飯の感想を聞くことだった。しかし、作ってもらった料理を「まずい」と言える人間はなかなかいないだろう。白羽の性格なら尚更そうに違いない。


 次に考えたのは、白羽が飲んでいるハーブティーについて尋ねることだった。薄黄色をしているので、昨日の真っ赤なハイビスカスティーとは明らかに別物である。だから、茶葉の種類はもちろん、味や効能などいろいろと話題を広げられるのではないだろうか。


 これでいくか。夜彦がそう思った時だった。


 ガチャン、と大きな音が響く。


 叩きつけるような勢いで、白羽がレンゲを置いたのだった。


「どうした、虹み――」


 そこまで口にしてから、夜彦は言い直す。


「赤音か」


 ツインテールにスレンダーな体型、そして険しい目つき。昨日ぶりの再会である。


 だが、とても再会という雰囲気ではなかった。夜彦の言葉には何も答えないまま、赤音は椅子を跳ね飛ばすようにして席を立つ。


「おい、どうしたんだよ、赤音」


 夜彦は慌ててあとを追いかける。赤音の向かう先が玄関だと分かると、いっそう大きな声を出していた。


「おいってば」


「うるっさい! ついてくんな!」


「~~~~っ」


 夜彦は悶絶した。ローキックで的確にすねを狙われたのだ。


 どれくらい的確だったかといえば、ダメージから復活する頃には、赤音がとっくに姿を消していたくらい的確だった。


「どこ行ったんだ、あいつ」


 とりあえず自分も家の外に出てみたものの、赤音の行き先にはまるで見当がつかなかった。近所一帯をしらみつぶしに探すしかないのだろうか。


(……赤音に変身したってことは、虹宮のやつ怒ってるってことだよな)


 弥宵の話から考えれば、ここまでは簡単に予想がつく。


 そう、ここまでは。


(でも、一体何に怒ってるんだ? 昨日のことが納得いってないとかか?)


 夜彦は白羽の気持ちを想像してみる。怒りの原因が分かれば、もしかしたら行き先も一緒に分かるかもしれない。


 しかし、考えても考えても、いっこうに答えは出なかった。


〝この通り、夜彦は何かにつけてクソクソ言うようなやつでの。祖母のわしから見てもクソガキなんじゃが、友達が全然おらんから白羽は仲良くしてやっとくれ〟


 友達がいないせいか、夜彦はこれまであまり他人の気持ちというものを考えたことがなかった。いや、もしかしたら、友達がいないのは見た目が怖いからだけでなく、他人の気持ちを考えない性格も原因だったのかもしれない。


 どちらにしろ、とにかく夜彦が他人の感情の機微に疎いことだけは確かで、だから白羽がどうして怒っているのかもさっぱり分からなかった。


(クソ面倒くせえな。普通に悪魔を祓う時は、殴ればそれで解決なのに)


 弥宵が「白羽の問題は夜彦には解決できない」と言ったのは、こういう意味だったのだ。遅ればせながら、夜彦はそのことをようやく理解したのだった。


 結局、考えるのを放棄して、夜彦はしらみつぶしに赤音を探すことにする。そうして、近所をあちこちがむしゃらに駆けずり回り――


 公園でやっと赤音を発見したのだった。


 赤音は上半分だけ地面から出たタイヤの遊具の前にいた。遊んでいるのかと思ったら、タイヤを思い切り足蹴にしていて夜彦はギョッとする。まさか、この為に公園に来たのだろうか。


 自分も蹴られないか不安になりつつ、夜彦は赤音に声を掛けた。


「おい、昨日のことまだ怒ってんのか?」


「…………」


 こちらを振り返った赤音は、無言で睨みつけてはきたものの、それ以上のことはしなかった。裸を見てしまった件は無関係ということなのだろうか。


「それとも、昼飯がまずかったせいか?」


「……それもあるけど」


「あるのかよ」


 今日の炒飯はなかなかいい出来だと感じていただけにショックだった。上手いことご飯をパラパラにできたと思ったのだが……


「でも、メシも違うなら、一体何なんだよ?」


「何だっていいでしょ。ほっといてよ」


「そう言われてもな」


 少しでも歩み寄れないかと、夜彦は物理的にも一歩踏み出す。


 すると、赤音はますます声を荒げた。


「それ以上近づいたら折るわよ」


「折っ……」


 夜彦は思わずひるみそうになる。


 が、あえて更に近づくことにした。


「いいぜ。やってみろよ」


「アンタ、本気なの?」


「ああ」


 昨日はビンタで変身が解けたのである。なら今日も同じことをすれば、解決する可能性があるのではないか。夜彦はそう考えたのだ。


 もっとも、赤音の方は同じ(・・)で済ませるつもりはなかったらしい。


 昨日と違って、痛烈な右ストレートを繰り出してきたのである。


「痛ってぇ……」


 目の前が真っ白になって、一瞬意識が飛びかけた。それでもビンタだと思って顔に神経を集中させていたからまだマシな方で、殴られたのが腹だったら本当に気絶していたかもしれない。


「これで満足したか?」


「…………」


 むしろ演技でも気絶してやった方が、ストレス解消にはよかったかもしれない。こちらの質問は完全に無視して、赤音は不機嫌そうに言った。


「弥宵に聞いたけど、アンタ昔は悪魔祓いの術にオリジナルの名前をつけてたらしいわね」


「やめろ!」


「『聖なる右腕(ライトニング・ライト)』、『悪魔処刑人(エクソキューショナー)』、『常夜の騎士(ナイト・オブ・ナイツ)』……」


「心を折るのはやめろ!!」


 夜彦は周囲もはばからず大声を上げていた。正直、今でもちょっとアリだなと思っているから、そういう意味でも馬鹿にされたくなかったのだ。


 なんとか傷心から立ち直ると、夜彦は再び尋ねる。


「……もう満足しただろ?」


「…………」


「せめて家に帰らないか?」


「…………」


 何度声を掛けても赤音は答えようとしない。ただそっぽを向くだけである。


 そのせいで、夜彦も半分意地になって、彼女の肩を掴んでいた。


「おい、赤音――」


「だから、ほっといてって言ってるじゃない!」


 赤音は弾き飛ばすような勢いで夜彦の手を振り払う。


「どうせアンタだって、アタシのこと迷惑だって思ってるんでしょ!」


 叫ぶようなその声は、怒っているのにどこか悲しげだった。


(ああ、そういうことか)


 赤音の言葉で、夜彦はようやく合点がいった。


(虹宮のやつ、自分に対して怒ってたのか)


 赤音に変身して暴力を振るったり気絶したりしたことを、白羽は昨日からずっと気にしていた。周りに迷惑を掛けてしまったことが悔しくて苛立たしくて、自分に腹を立てるほど激しい自己嫌悪に陥っていたのだ。


 それが分かれば、赤音に――白羽に掛ける言葉は一つだった。


「別に迷惑だなんて思ってねーよ」


 しかし、そう言われて自分を許せるほど、赤音は単純な性格ではないようだった。半ば恫喝するような口調で尋ねてくる。


「本当は?」


「……ちょっと思ってる」


「本当は?」


「かなり思ってる」


 そう夜彦が答えた瞬間にも、赤音は拳を握っていた。


「折るわよ?」


「おおお落ち着け」


 夜彦は慌ててそうなだめる。面倒くさいというのは本心ではあるけれど、何も赤音の圧力に負けてそれを認めたわけではなかった。


「確かに、お前のこと迷惑だと思ってるよ。思ってるけど、一緒に暮らすってそういうもんだろ。

 たとえば、ばーさんは足が悪いから、買出しや家の掃除はよく俺がやってる。でも、俺は俺で大雑把だから、料理の味付けが適当だったり、しょっちゅう便座を下げ忘れたりで、ばーさんに迷惑かけてる」


 何も自分たちに限ったことではない。きっと世界中を探しても、欠点のない完璧な人間なんて見つからないだろう。一見完璧に見える白羽にも、怒ると赤音に変身してしまうという欠点があった。ただそれだけのことなのである。だから――


「だから、迷惑かけるのはお互い様なんだよ」


 そう告げた直後のことだった。


 赤音が胸に顔をうずめてくる。


「おい、赤音?」


 そういえば昨日もこんなことがあったな、と思い出して、夜彦はすぐに彼女の体を支える。おそらく、気を失ってしまったのだろう。


 そうして夜彦が赤音の体を抱きかかえた時、彼女はもう白羽の姿に戻っていた。

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