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虹宮白羽と七人の悪魔  作者: 我楽太一
第六章 虹宮白羽と悪魔祓いの夜彦
33/35

第六章(5/7)

「あれ? 天原じゃん」


 そう声を掛けてきたのは、クラスメイトの女子だった。


 よく白羽と話している、茶髪の女子生徒である。家が近所にあるのか、犬の散歩中のようだ。手にしたリードの先には、ゴールデンレトリバーがいた。


「お前、虹宮の友達の……」


真柴ましば実栗みくり


 夜彦が言いよどんだのを見て、彼女は呆れ顔をする。


「アンタさー、クラスメイトの名前くらい覚えときなよ。そんなだから友達できないんだって」


 実栗の小言に、夜彦は思わず眉根を寄せる。改めて彼女に言われなくても、つい先程赤音に同じような理由で怒られたばかりだった。


 だから、夜彦は実栗に対しても、赤音の時と同じような反論をする。


「最近はそうでもねえよ。萬田たちとメールしたりな」


「それシロのおかげでしょ」


「…………」


 再反論に夜彦は何も言い返せなくなってしまう。クラスの男子と仲良くなったのは事実である。しかし、それが、白羽が不良疑惑を解消してくれたおかげなのもまた事実だった。


 そんな挨拶のようなダメ出しのようなやりとりが終わったあとで、実栗は緑莉に視線を移した。


「それで、そっちの子は?」


 人前でも気にせずくっついているのを見て、実栗はすぐに質問を変える。


「もしかして、彼女?」


「ああ、こいつは……」


「こいつは虹宮の色欲だよ」とはさすがに言えない。だから、「ただの親戚だよ」と適当に誤魔化そうとしたのだが、その前に夜彦はあることに気づいてしまう。


(待てよ。色欲ってことは、まさか相手が女でもいいのか?)


 性欲さえ満たせれば、女同士でも構わない。色欲というのなら、それくらい倒錯的でもおかしくはないだろう。


 それに、思い返してみると、白羽は実栗と妙にベタベタしていたような覚えがある。「女でもいい」どころか、「女の方がいい」という可能性もないとは言い切れないのではないか……


 だが、夜彦はこの仮説をあっさり捨てていた。


 これまで自分に向けてきた幸せそうな表情とはうってかわって、緑莉は敵意を剥き出しにした顔つきで実栗を睨んでいたからである。


 これには、実栗もギョッとしたようだった。


「私、お邪魔?」


「いや、まぁ……」


「アンタ、シロとは――」


 夜彦の返答に、実栗は目をつり上げる。


 が、思い直したのか、結局何事もなかったかのように手を振ってきた。


「まぁ、いいや。またね、ヨルヒコ」


「ヤヒコだよ」


 他人にはクラスメイトの名前を覚えろと言ったくせに、思い切り間違えている。ただ、訂正したあとで気づいたが、単にあだ名のつもりだったのかもしれない。


 しかし、あだ名をつけてくるような実栗の態度が、緑莉にはむしろ不愉快なようだった。彼女と別れると、すぐさま悪態をつき始める。


「何なんですかね、あの女。馴れ馴れしい」


「…………」


「それに、夜彦さんのこと何も知らないくせに、いきなり友達がいないとか何とか言ってきて。あんな失礼な人なんか、こっちからお断りですよね。犬の前に、自分のしつけをしろって話ですよ」


「そこまで言わなくてもいいだろ」


 そうたしなめられたのがショックだったらしい。緑莉は愕然とした顔をする。


「何であの女を庇うんですか?」


「何でって……」


 白羽と実栗が普段は仲良くしているのを知っている。だから、たとえ緑莉としてだろうと、悪口のようなことを言うのは見たくなかったのだ。


 だが、そんな夜彦の態度を、緑莉は勘違いしたらしかった。


「私にも、ああいう風にフランクに接して欲しいんですか? ヨルヒコってお呼びしましょうか?」


「そういうわけじゃないんだけど」


「じゃあ、私よりあの女の方がいいってことですか? 好きなんですか? ライクですか? ラブですか?」


「ちょっと落ち着けよ。単に言い過ぎじゃないかって話だろ」


 矢継ぎ早な質問とすがりつくような瞳に戸惑って、夜彦はそう答えるのが精いっぱいだった。


(妙に過剰反応するな。やっぱり、俺のことが好きっていう恋愛感情込みでの色欲なのか?)


 好きな人を他の女に取られると思って焦っている。やや唐突で突飛な緑莉の言動も、そう解釈すれば辻褄が合うだろう。


(いや、でもなぁ……)


 白羽が自分のことを好きというのは、自意識過剰にしか思えなくて、夜彦はこの説を積極的に採用する気になれないのだった。


 散歩を再会すると、ようやく緑莉は機嫌を直し始める。もっとも、実栗への対抗心なのか、今度は腕が痛くなるくらいくっついてきていたが。


 やっぱり、白羽は自分のことが…… 夜彦が改めてそう考え始めた時のことだった。


「よう、天原」


「おう」


 前からやってきた萬田にそう答える。筒井や索谷とも、同じように挨拶を交わした。


 自分も誘われていたから、彼ら麻雀トリオが今まで何をしていたかは、夜彦にも大体想像がついた。


「ボウリングの帰りか?」


「まあな」


 頷くと、今度は萬田が質問してくる。


「そっちはデートか?」


 他の二人も同じことを考えていたらしい。筒井は「俺はてっきり虹宮さんと付き合ってるのかと思ってたんだけど……」と、索谷は「え? 浮気じゃないよね?」と当て推量で言い始める。


「いや、虹宮とも、こいつとも、別に付き合ってるわけじゃないからな」


 恋人だということにした方が緑莉は喜ぶかもしれないが、萬田たちに本気にされるとあとで面倒なことになりそうである。それで、結局夜彦はそう正直に答えることにした。


 すると、これを聞いて、萬田が妙なことを言い出す。


「そうだよな。天原の彼女って別にいるもんな」


「ああ」


 何故か他の二人もそう納得していた。


 まず索谷が言った。


「あのツインテの子でしょ? この前、一緒にゲームセンターに入ってくのを見たよ」


(ああ、赤音のことか)


 白羽と出かけた、例の日曜日のことを言っているのだろう。変身のことを知らない索谷には、あれが赤音とのデートに見えたようだ。


 次に口を開いたのは筒井だった。


「俺が見た時はファミレスであーんしてもらってたぜ。でも、癖毛のショートで、ツインテールは無理じゃねーか」


(それは黄希)


 筒井の話にも、夜彦は身に覚えがあった。あの一件も見られていたようだ。


 最後に萬田が主張した。


「いや、髪はストレートのロングだろ。おんぶしながらラブホの前で話し込んでたから、よく覚えてるよ」


(それは青衣だよ。何で全部目撃されてんだよ)


 夜彦は思わず顔をしかめる。今日だって、緑莉といる時に限って、実栗や萬田たちに遭遇していた。いくらなんでも間が悪過ぎるだろう。


 一方、事情を知らない三人は、お互いの話を聞いて困惑している様子だった。


「え? どういうこと?」と索谷。


「そりゃあ、そんだけ彼女がいるってことだろ」と萬田。


「三股? いや、五股か? スゲーな」と筒井。


「でも、さっき虹宮さんたちとは付き合ってるわけじゃないって」と再び索谷。


 当然といえば当然だが、どれだけ話し合っても理解不能だったようだ。最終的に、三人を代表するように萬田が質問してきた。


「なぁ、彼女じゃないって言うけど、それならその子とはどういう関係なんだ?」


「どうって……」


「こいつは虹宮の色欲だよ」とはさすがに言えない。だから、「ただの親戚だよ」と適当に誤魔化そうとしたのだが、その前に夜彦はあることに気づいてしまう。


(待てよ。色欲ってことは、まさか相手が複数でもいいのか?)


 性欲を満たす為に、たくさんの男をはべらせたい。色欲というのなら、それくらい倒錯的でもおかしくはないだろう。


 それに、思い返してみると、白羽は萬田たちに限らず、クラスの男子全員に親切に接していた。「複数でもいい」どころか、「複数の方がいい」という可能性もないとは言い切れないのではないか……


 だが、夜彦はこの仮説をあっさり捨てていた。


 実栗の時と同じように、緑莉は敵意を剥き出しにした顔つきで萬田たちを睨んでいたからである。


 これに、萬田たちはすっかりびびってしまったようだった。


「お、俺たちはお邪魔みたいだな」と萬田。


「そ、それじゃあ、もう帰るか」と筒井。


「そっ、そうだね」と索谷。


 口々にそんなことを言い合うと、三人は「じゃあな」「またね」などと言って、逃げるようにその場をあとにする。


 そして、その瞬間にも、緑莉の質問攻めが始まったのだった。


「夜彦さんって、男の人が好きなんですか?」


「はぁ?」


「ゲイですか? バイですか?」


「どっちでもないよ」


 性的少数者に偏見はないつもりだが、夜彦ははっきりとそう否定する。


 だが、それでは緑莉は納得してくれなかった。


「じゃあ、何で私といる時にあの人たちと話してたんですか? 男友達といる方が気兼ねしないで済むからですか?」


「いや、それは――」


「それとも、やっぱり私のことが嫌いなんですか? ドントライクですか? ディスライクですか? さっき私のことを考えてたって言ったのは嘘だったんですか? もしかして、私のことがどれだけ嫌いかを考えてたんですか? 具体的には私のどこが嫌いなんですか?」


「ちょ、ちょっと落ち着けよ。そんなこと一言も言ってないだろ」


 矢継ぎ早どころか機関銃のように質問を浴びせられて、夜彦は返答に窮してしまう。深い色をした緑莉の瞳には、もはや恐怖心さえ覚えていたくらいである。


 一体、どう言えば納得してもらえるのか。夜彦は慌てて、「話しかけられたから答えただけで、別にお前のことを無視してたわけじゃないから」「お前と一緒にいる時の方が楽しいから」などと、あれこれ言い訳を始める。


 しかし、その胸中には、全く別の疑問が渦巻いていた。


(恋愛感情込みの色欲なら、他の女のことを嫌うのは説明がつく。俺が取られるかもしれないからな。でも、いくら俺のことが好きだからって、男友達と仲良くするのまで嫌がるか?)


 もちろん、絶対にありえないとは言わない。男友達のせいで、二人の時間が減ることを不安視している可能性も考えられる。だが、あまりに緑莉の反応が過敏なせいで、違和感があるのも事実だった。


(これじゃあ色欲っていうよりも、独占欲の方が近いような……)


 そこまで考えて、夜彦はようやく気づく。


(あ、嫉妬か)

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