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虹宮白羽と七人の悪魔  作者: 我楽太一
第六章 虹宮白羽と悪魔祓いの夜彦
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第六章(4/7)

「夜彦さんなら、絶対探し出してくれると思ってました」


「お、おう」


 抱きついたまま嬉しそうに言う少女に、夜彦はたじたじになっていた。


 流れるようなストレートヘアーの白羽と違い、からみつくようなウェーブヘアー。そして、真っ直ぐにこちらを見つめてくる、吸い込まれるような深い色をした瞳。


 身長は白羽と変わらないくらいだろう。ただ、胸はこの少女の方が大きいようだ。


 赤音たちもそうだが、彼女も白羽に負けず劣らずの美少女だった。しかも、赤音たちと違って、こちらに対してかなり好意的なようである。だから、抱きつかれると、夜彦はどうしても異性として意識してしまうのだった。


 そのことに、彼女もようやく気付いてくれたらしい。


「あ、すみません。ベタベタされたら迷惑ですよね?」


「そうだな。誰かに見られたりしたら面倒だしな」


「迷惑ですよね?」


「さすがにな」


「迷惑ですよね?」


「…………」


 これは質問しているのではなく、都合のいい返事をするのを待っているのだ。夜彦はやっとそれを理解する。


「……いや、そんなことないよ」


「やっぱり、夜彦さんは優しいですね」


 少女は笑みを浮かべると、いっそうきつく抱きついてきた。自分で言わせておいて何故そういう感想になるのかと、夜彦は閉口してしまう。


(色欲か……)


 くっついて離れようとしない少女を見て、夜彦は改めてそのことを意識する。


(虹宮のやつ、俺のことが好きだったのか?)


 さすがに嫌われてはいないと思うが、恋愛対象として見られているかまでは分からなかった。以前、「白羽は夜彦に心を開いている」というようなことを、弥宵は言っていたが……


(いや、あくまで色欲――性欲だから、必ずしも恋愛感情があるとは限らないか。相手は誰でもいいのかもしれない)


 しかし、この推測が正しいのかどうかも、夜彦には分からなかった。単に性欲を満たしたいだけなら、人がたくさん集まる場所へ行けばいいわけで、わざわざ人気のない夜の学校を選ぶのは不自然な気がするのだが……


 考えても考えても答えは出ないので、夜彦はこの問題を一旦脇に置くことにする。


「お前、名前は?」


緑莉みどりです。虹宮緑莉」


 こちらの目をじっと見つめながら、彼女はそう答える。身長差のせいで、上目遣いする形になるのが心臓に悪かった。


 だから、二つの意味でどぎまぎしながら夜彦は尋ねる。


「緑莉、家に帰る気はないのか?」


「私に帰ってきてほしいんですか?」


「ああ」


「夜彦さんがそう言うならそうします」


 緑莉は素直に頷く。恋愛感情か、ただの性欲かは分からないが、やはりこちらに好意的なのは間違いないようである。


 ただし、彼女はこうも続けていた。


「でも、その前に、おしゃべりでもしませんか?」


「おしゃべり?」


「あ、私は何でもいいですよ。夜彦さんと一緒に過ごせれば」


 そう言うと、緑莉は上目遣いに加えて、今度は更に瞳を潤ませるてくる。


「……ダメですか?」


「……まぁ、いいけど」


 どうせ都合のいい返事をするまで許してくれないだろう。夜彦はそう観念するのだった。


 ただ、くっつかれたままなのだけはどうにかしておきたかった。


「じゃあ、そのへんを散歩でもするか」


「はい!」


 裏の意図には気づかなかったのか、緑莉は嬉しそうにそう答えると、ようやく抱きつくのをやめる。


 が、夜彦がホッとしたのは束の間のことだった。


「それじゃあ、行きましょう、夜彦さん」


 緑莉は当たり前のように、夜彦の腕を取って歩き出したのだった。


 そうして恋人のように腕を絡ませながら、二人は学校の周辺を散歩する。


 その最中、夜彦は緑莉について考えを巡らせていた。


(今までのパターンからいって、色欲も解消しないとダメだよな……)


 怠惰の青衣や、暴食の黄希がそうだったのだ。色欲を満足させない限り、緑莉も蔵に戻ってくれないだろう。


 しかし、そうなると、いろいろ問題がある。


(……俺が解消してもいいのか? 解消するとして、どこまでしたらいいんだ?)


 いくら白羽の変身がハメを外すようなものだといっても、本人が意識してやっているわけではない。たとえば、赤音に変身して自分を殴ってしまったことに対して、白羽は変身が解けたあとで罪悪感を抱いていた。


 だから、たとえ緑莉が何か頼んできても、その全てを叶えるわけにはいかないだろう。あくまでも、あとで白羽が傷つかない限度で、ストレスを解消してやらないといけないのだ。


(散歩だけで済めばいいんだけど……)


 赤音たちの相手をしていたせいで、あたりはもう暗い色に包まれていた。そんな夜道を、異性と腕を絡ませながら歩くという状況に、夜彦は不健全な想像をかきたてられそうになる。ハグや腕組み以上に、色欲を解消する行為となると、キスか、それとも――


 そうやって、夜彦が煩悩と戦っていると、不意に緑莉が口を開いた。


「……私といても、つまらないですか?」


「え?」


「さっきから、ずっと静かなので」


 緑莉はしょげたような顔をする。腕を組んで歩くだけでも幸せそうに見えたが、実際にはそれだけでは物足りなかったようだ。


 ストレスのせいで、次はハグや腕組み以上のことを頼んでくるかもしれない。その焦りから、夜彦はすぐに弁解を始める。


「ああ、悪い。ちょっと考え事をしてて」


「本当ですか?」


 納得いかなかったらしい。不安と不満の入り混じった目つきで、緑莉は重ねて質問してくる。


「何を考えてたんですか?」


「お前のことだけど」


 とっさだったから、正直にそう答えてしまう。


 すると、その瞬間、緑莉は顔を真っ赤にしていた。


(しまった。今のなんか告白みたいだったな)


 事実、緑莉はそういう風な意味として受け取ったようだった。甘ったるい声を出しながら、いっそう体をくっつけてくる。


「夜彦さぁん」


「お、おう」


 驚いたような、恥ずかしいような気持ちから、夜彦はそうたじろぐ。


「夜彦さん」


「ああ」


「夜彦さん」


「はい」


「夜彦さん」


「いや、そんな連呼されても困るんだけど」


 はしゃぐような態度の緑莉に対して、夜彦は渋い顔つきをする。


 名前を連呼されるだけならまだいい。名前を呼ぶたびに、いちいち体をくっついてくるせいで、その感触がはっきり伝わってきてしまっていた。最初に目にした時にも思ったが、緑莉はやはり白羽より胸が大きいようだ。


(エロい)


 緑莉の言動に、夜彦はそう思わざるを得なかった。


(あの虹宮にも性欲があるという事実がエロい)


 いかにも清純そうな白羽が、内心ではこういうことをしたがっている。そう考えると、平常心ではいられなかった。


 そうして緑莉にくっつかれて悶々としながら散歩を続けていると、幸運にも前方から人が歩いてきた。他人の目を意識して、夜彦も多少は冷静さを取り戻す。


 しかし、本当に幸運と言えるかどうかは微妙なところだった。


 前から歩いてきた彼女は、夜彦を見るなり言った。


「あれ? 天原じゃん」

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