表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹宮白羽と七人の悪魔  作者: 我楽太一
第一章 虹宮白羽と悪魔祓いの少年
3/35

第一章(3/6)

「ごちそうさま」


「お粗末様でした」


 そうやりとりしたあと、ハイビスカスティーのお返しの意味で、夜彦はもう一度尋ねる。


「やっぱり、荷ほどきも手伝おうか?」


「いえ、一人で大丈夫です」


「そうか」


 実を言えば、夜彦にもこのあとやりたいことがあった。だから、白羽に断られると、あっさり引き下がる。


 ただし、代わりにこんな提案もしていた。


「じゃあ、食器は俺が片付けとくよ」


「え、でも……」


「いいから、いいから」


 白羽は部屋で作業の続きをしなくてはいけないだろう。そう強引に説き伏せて、夜彦は流しまでグラスを運ぶのだった。


 これで現在、居間には自分と弥宵の二人しかいないことになる。


「ばーさん、ちょっといいか?」


 しかし、夜彦がそう声を掛けても、弥宵はこちらに一瞥もくれなかった。


「今、戦争の最中じゃからあとにしとくれ」


「戦争って、そりゃゲームの話だろ」


 コントローラーを握り締める弥宵に、夜彦は渋い顔をする。FPSが最近のマイブームらしかった。


「こっちは真面目な話なんだよ」


「……一体、どうしたんじゃ?」


 夜彦の真剣な口調に、やっと話を聞く気になったらしい。弥宵はようやくテレビから視線を外した。


 白羽がいない内に尋ねたいことといえば、今の夜彦には一つしかなかった。


「虹宮がうちに来たのは悪魔絡みで問題があるからって言ってたけど、具体的にはどんな問題なんだ?」


「それは――」


 弥宵は一瞬考えた末にこう答えた。


「一緒におればその内分かるわい」


 もちろん、それでは夜彦は納得できない。


「その内って、先に教えてくれた方が対策とか立てやすいと思うんだけど」


「わしが説明するよりも、実際に見てもらった方が手っ取り早いんじゃが…… それに、そもそも今のお前さんに解決できるような問題ではないしのう」


「……一体どういうことだよ?」


 夜彦はますます怪訝な表情を浮かべる。


 すると、弥宵は不承不承という様子で詳しい説明を始めるのだった。


「異界より現れ、人間を襲う異形の怪物。これを悪魔と呼び、人々は古来より彼奴らを恐れてきた。

 その脅威から人々を守る為に誕生したのが悪魔祓いじゃった。そして、この土地では主に天原家がその職務に就いてきたわけじゃ」


「それは知ってるけど……」


 天原家の屋敷は悪魔祓いの修行場としての役割も兼ねていて、直系の人間はもちろん、以前は素質のある若者を見習いとして下宿させ、稽古をつけていたらしい。白羽に貸し出すような部屋があったのはその為である。


「とはいえ、悪魔が人間界に積極的に攻め込んできたのは、もう大昔のことじゃ。先達が討伐を繰り返した結果、悪魔も人間と争うのは無益だと悟ったらしい。わしの子供の頃には悪魔の侵攻は既に下火になっておった。このごろでは知能の低い下級悪魔が時々現れるくらいのものじゃ」


「要するに、熊が山から下りてくるようなもんだろ。それも知ってるよ」


 長い時には半年以上悪魔が出現しないことさえある。今日現れたのも実に数ヶ月ぶりのことだった。


 また、悪魔の出現率が低下し続けたことで、悪魔祓いの人数も現代ではごくわずかになっていた。この屋敷にも、もう天原家の血を継ぐ弥宵と夜彦の二人しか暮らしていない。


「こうして悪魔の侵攻が減るにつれ、悪魔祓いの数も減り、また継承される術の数も減っていった。今では悪魔祓いの術の多くが失伝してしまっておる。夜彦はもちろん、わしとて全容は把握しておらんくらいじゃからな」


「……つまり、俺が知ってる程度の術じゃあ、白羽の問題には対処できないってことか?」


 夜彦の質問に、弥宵はゆっくりと頷く。


「それ()ある」


「も?」


 含みのある言い方である。どういう意味だろうか。


 しかし、最初に「その内分かる」と答えた通り、弥宵は結局それ以上のことは教えてくれなかった。


「そんなことより夜彦、買い物に行ってきてくれんか」


「そんなことよりって……」


 喋りながら何か書いていると思ったら、買い物のメモだったらしい。


 夜彦は呆れた視線を向けるが、弥宵はけんもほろろに続けた。


「今夜は白羽の歓迎会でもしようかと思っての」


「…………」


 そう言われては仕方ないので、夜彦は渋々メモを受け取る。


 寿司、オードブル、ジュース、ケーキ、クラッカー…… 万が一ということも考えたが、買う物はどれも歓迎会に必要そうなものばかりで、悪魔祓いとは何の関係もないようだった。


(訳が分からん……)



          ◇◇◇



「ばーさん、言われた通りに買ってきたぞ」


 しかし、夜彦がそう呼びかけても返事はなかった。


「まだゲームやってんのか」


 他人に買い物をさせておいていいご身分である。居間でテレビに向かう弥宵の姿を見て、夜彦は眉間に皺を寄せていた。


(一応、シャワー浴びとくか……)


 買ってきたものを冷蔵庫や棚にしまうと、ふとそう思い立つ。スーパーには弥宵と共用のカブに乗って行ったが、春の陽気でうっすら汗をかいてしまっていたのだ。それに、ジョギングや引っ越しの荷運びの汗もある。


 初対面だから、失礼のないように一応な。そんなことを考えつつ、夜彦が脱衣所に向かった、その時のことだった。


 荷運びの汗を流そうと思い立ったのは、彼女も同じだったようだ。


 ドアを開けると、白羽の裸が目に飛び込んできた。


 着やせするタイプらしい。華奢にも思えた彼女の体つきが、服を脱いだ今は膨らみの確かなものに変わっていた。


 そして、その豊満な体に、透き通るような白い肌が全身くまなく――それこそ普段は下着に隠れているようなところにまで――広がっているのだった。


「!」


「す、すまん!」


 夜彦は慌てて脱衣所のドアを閉じた。


 天使だ女神だと白羽のことを半ば神聖視していたから、同い年の女子高生の裸を見たというのに、いかがわしい気持ちは全く湧いてこなかった。ただ自分の行動を後悔するばかりである。


(やらかした……)


 今まで長い間ずっと弥宵との二人暮らしだった。だから、弥宵が居間にいるなら風呂には誰もいないと、そう思い込んでしまったのだ。


 しかし、それは自分の一方的な都合である。被害者の白羽には何の関係もない。


 そう考えて、脱衣所のドアが開いた瞬間、夜彦は再び彼女に謝るのだった。


「悪い、虹宮!」


 慌てていた先程とは違い、今度はしっかりと頭を下げて謝罪する。


 だが、いつまで経っても白羽の返事はなかった。


 彼女らしい反応として、「いいですよ」とすぐに許してくれるか、「気をつけてくださいね」と軽く注意してくるか、そのどちらかだろうと予想していた。それが何も言ってこないということは、怒りや恥ずかしさのあまり、口を利く気もなくなってしまったということだろうか。


「虹宮……?」


 白羽の様子を確かめる為、夜彦は恐る恐る顔を上げる。


 すると――


「変態!」


 ビンタが飛んできた。


 叩かれた頬がじんじんと痛む。というより、ひりついて熱いくらいだった。


「お前……」


 夜彦は呆気に取られていた。


 ビンタをされたからではない。


 ビンタをしたのが、白羽では(・・・・)なかったからである(・・・・・・・・・)


「お前、誰だ……?」


 つり上がった目じりに、激しい怒りを宿した瞳。ツインテールに結われた、燃え立つような色の髪。身長は同じくらいだが、胸は少女の方が控えめだった。顔も、髪も、体も、白羽とは全くの別人である。


 その少女が、次には頭を突き出してきた。


 ビンタからのヘッドバッド――ではなく、こちらに倒れかかってきたのだ。


「おっ、おい。アンタ、大丈夫か?」


 相手が一体誰なのか。白羽はどこに行ったのか。そんなことを気にしている場合ではない。夜彦は気を失ったらしい少女の体を慌てて支える。


 しかし、夜彦は再び呆気に取られてしまった。


 夜彦の抱きかかえた少女は、今度はどう見ても白羽本人(・・・・・・・・・)だったのである(・・・・・・・)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ